第21話 いとしのアマンダ
学校で映画研究部の部員――六花さんと渡辺にアマンダからの言葉を伝え、俺とアマンダは放課後一足先にレンタルビデオショップを訪れていた。朝に雪乃先生から聞いたあの男子シンクロの映画を探しに行くのである。
霞の浦に長らく住んでいた俺だったがレンタルビデオショップにはあんまり縁が無かった。俺にとってはなんとなくあの辺りにある、という程度の存在感でしかなく、中に入ったのはこれが初めてである。アマンダは姉のエミリアさんと何度か足を運んだことがあるらしいから、この店に関しては俺はアマンダから教えてもらう側になりそうだ。
「ダーリン、こっちです」
「おお、やっぱり大きい店なんだな」
「大体どの辺りにあるかは分かりますが……私は日本語こまい所までよく分からないです。ダーリンが探して欲しいです」
「ん、分かった。それじゃ、行こうか」
二人でレンタルビデオショップの中に入った。いくつもの棚が並んでいる店内をアマンダの案内で進んで行き、日本の映画が集まっている辺りまでやって来た。その中からある程度辺りをつけながらアマンダと二人であの映画を探す。
「んんーっ」
何かアマンダが個人的に気になる映画を見つけたのか、ある場所でじっと立ち止まった。彼女の後ろに回り、その辺りに目当ての映画が無いかと目を凝らして見るが、いかんせんアマンダが前に立っているからよく分からない。かと言って彼女によけてと言うのも乱暴に思えた。
他の人が見たら変かもしれないけど、ちょっとアマンダの身体にくっつくのはやむを得ないと見て、少しだけ彼女の背中に胸元を触れさせながら彼女の横から覗き込むように棚を見てみる。
「ダーリン……?」
「あ、大丈夫だよ。その辺りちょっと見てるだけだから」
周りに人はいない、が、指摘されてみると少し恥ずかしい。
棚がよく見えないからという理由はあるが、彼女とくっついているのは変わらない。
「むむむ、ぴったりくっつかれると、ドキドキしちゃいます……」
「ああっ、ごめん、大丈夫?」
そう言って離れようと少し下がると、アマンダも後ろに下がってぴたりと俺の方にくっついて来てしまった。彼女の顔はぽんと赤くなっており、少しいじらしい目でやや振り返り様にこちらを見つめている。
「ダーリンのバカ、です……ちょっとだけ、ぎゅっとしてください……」
ああっ、そんな目で見つめられたら拒否することなんてできない。
一応周りに誰もいない事を確認して、俺は、アマンダを後ろからそっと抱きしめた。
「Ah……ダーリンの事が好きすぎて辛いです」
「アマンダ……」
「ダーリンも、同じ、ですか?」
俺の腕の中で彼女はちょっと抑えめの声で尋ねてくる。それでも、嬉しさと興奮で若干声が上ずっているのが分かった。
「そうだな。俺も、アマンダのことが、好き過ぎるみたいだ」
こんなことしちゃいけないのは分かってるつもりだ。レンタルビデオショップという誰が来るかも分からない場所でこのようにイチャイチャするのは決して推奨される行動ではないし、むしろ迷惑だとも言えるだろう。
だけど、そうだと分かっているのに、アマンダの事を抱きしめたくて仕方がない。彼女をぎゅっと抱きしめて、その身体の暖かさや柔らかさに溺れてしまいたい。
「いい匂いだな、アマンダ。前とは別の匂いだ」
「流石ダーリンです。シャンプー変えたんですよ……?」
「やっぱり」
「もっとぎゅっとしてください……」
言われた通り、もう少しだけ力を籠める。少しだけ彼女の身体に腕が沈み込んだ。ほんの少しだけ彼女との距離が縮まり、匂いもそれに従って強くなる。映画を探すという当初の目的も忘れて、アマンダの事しか考えられなくなってしまう。
「ダーリンの事で頭がいっぱいです……」
「俺も、アマンダの事で……」
そこまで言いかけた時、棚の陰から誰かがこちらを見ていることに気付く。
まずい、と思ってよく見ると、その人は……
「ア、バレちゃったね」
「エミリアさん……!?」
「ああああっ」
アマンダが泡を食ったようにわたわたと慌て始める。面白そうにそれを見ていたエミリアさんは後ろの方をちらと見るとこちらへ駆け寄って来て離れるように手で合図をした。それに従ってアマンダを離すと、少しして見知らぬ別のお客さんが近くの棚にやって来る。
「今度から気を付けるんだよ、大和」
「気を付けます……」
「うう、やってしまいました……」
このままではバカップル一直線だと反省する。アマンダと少し目が合った時、彼女の方から「ダーリンのせいです」という視線が飛んできた。その視線に無性にドキドキしてしまっていた自分を否定できなかった。
※
結局あれからまた少し時間かけて雪乃先生の言っていた映画を探し、何とか見つけた俺たちはそれを借りることが出来た。そして、丁度レンタルビデオショップに着いた六花さんと合流し、最後に渡辺と合流した後、いつものようにウォーカー家に向かう。
「今日は雪乃先生のおすすめ映画だって?」
「ありがとうございます。私たちの知らない所で頑張ってくださって……」
「ノープロブレムだよ、六花」
さっきの一幕をエミリアさんに見られていたせいか、俺もアマンダもちょっとだけしゅんとしてしまっていた。見られたのはエミリアさんだけとは言え、公共の場で我を忘れてアマンダに夢中になってしまったのである。
今度からああいう事は、あったとしても家の中で。そう心に決めつつも、やっぱりそういう雰囲気の時は流されてああなってしまうのかな、と考えながら歩いていると、右隣にエミリアさんが近づいてきた。
「大和、さっき私がいて良かったね」
「本当です……」
「あとで『お礼』して欲しいよ……?」
エミリアさんがアマンダに聞こえないように俺の耳元で囁いてくる。一応先輩であるエミリアさんに逆らうことが出来ず、俺はこくこくとロボットのように頷くしかなかった。そうして「お礼」の約束をすることになってしまい、またアマンダを怒らせちゃうんだろうな、とうなだれる。
「ダーリン、どうしたの?」
「あ……いや、なんでも……」
アマンダの言葉に半ば動揺しながらも俺たちはウォーカー家に辿り着く。前に来た時のように俺たちはソファに座り、エミリアさんが出してくれたコーラを飲みながら一息ついた。少ししてアマンダが大量のポップコーンと共に帰ってくる。ご丁寧なことに映画館のような円筒状のケースに入っているそれが、一人に一つ配られる。
「今日はみんなで『青春』しますよー!」
「青春? どういうことですか?」
「今回の映画はこれです!」
そうしてアマンダは先ほど借りてきた映画のパッケージを見せた。それを見て渡辺がおおっ、と反応する。
「ん、それか!」
「知ってるのか?」
「俺がまだ小学生くらいだったかな……それ見てめちゃくちゃ面白かったんだよ」
「……一応釘指しておくけど、ネタバレは駄目だぞ」
「わーかってるよ、それ位のマナーはある」
とりあえず楽しそうに話す渡辺の様子から外れの映画ではないのだろう。雪乃先生、非常にナイスな選択でした。後でしっかり映画の感想と共にお礼を述べておかなければ。
「楽しみになって来ました……早く見ましょう?」
「そーだね。ポップコーンとコーラの準備できたからオーケーだよ」
「それでは、映画研究部、活動開始です!」
今日はエミリアさんが借りて来たDVDをプレイヤーに挿入する。そして、大画面のテレビで映像が始まった。




