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第九話 飛竜の群れと、空飛ぶ洗濯屋

森の奥は、ひんやりとしていた。


村の畑の匂いが消え、

土と葉と獣の気配が混じる。


「……いるよね」


私は、空を見上げる。


「ああ、いるな」


マイクさんは、静かに剣を構えた。


――いた。


枝の向こう。

岩場の影。

羽をたたみ、こちらを見下ろす影。


街道で見たのと、同じ――飛竜。


心臓が、どくんと鳴る。


正直、怖い。


私には、

攻撃魔法もない。

聖なる加護もない。

あるのは、雑女神から押し付けられた謎ギフトだけ。


「……でも」


私は、一歩前に出た。


「洗濯屋、舐めないでほしいんだよね」


自分でも意味のわからない強がりを口にして、

両手を広げる。


「……きらき――」


その瞬間。


飛竜は、

信じられない速度で迫ってきた。


「やばっ!」


巨大な口。

迫る牙。


反射的に、目をぎゅっと閉じる。


――次の瞬間。


「きらりっ!」


ぐい、と体が引き寄せられた。


「……マイクさん?」


抱き抱えられ、

思わず彼にしがみついてしまう。


体温。

硬い腕。


……心臓が、やばい。


はあ、はあと荒い息。

マイクさんの肩から、血が滲んでいた。


「……ご、ごめんなさい。私のせいで」


「いい。俺が抑える」


彼は前に出る。


「その間に、きらきらを頼む!」


「はいっ!」


――剣を構える。


使い込まれた刃。

迷いのない足運び。


(……あれ?)


マイクさんって、

ただの村長さんじゃ、ないよね?


「さあ、こっちだ!」


飛竜の瞳が、マイクさんを捉える。


鋭い一撃。


ギィン!


金属音が響いた。


――今だ。


「きらきらりん☆!!」


淡い光が、ふわりと広がる。


飛竜が、びくりと身じろぎした。


……威嚇の咆哮は、来ない。


代わりに。


「……?」


首を、かしげた。


ばさり――。


そのまま、私の前に舞い降りる。


巨大な体。

くすんだ鱗。

羽には、泥と血の跡。


「……ああ」


わかった。


「……あなた、結構ボロボロだね。

 それで、気が立ってたんだね」


私は、そっと近づく。


逃げない。


「……きらきらりん☆」


もう一度。


光が、鱗をなぞる。


泥が消え、

傷が塞がり、

破れた羽根がつながり、つやりと輝いた。


飛竜は、目を細める。


そして――


すりっ。


「……え?」


巨大な頭が、

私の肩に、すりっと。


「……懐いた?」


「クゥーン」


低い、甘えた鳴き声。


(首のあたり、鱗じゃなくて……柔らかい毛……)


もふ。


……もふもふ。


ああ。

私、ペット、飼いたかったんだよな……。


「上手くいったな」


剣を鞘に収めたマイクさんが言う。


「名前を付けてやるといい」


私は小さく頷き、少し考える。


飛竜は、じっと私を見る。


「……ポチ」


深い意味はない。けど。

前世でペットを飼ったら付けようと思っていた名前。


飛竜――ポチは、満足そうに鳴いた。


――その瞬間。


ごうっ!


上空から、別の影が降りてくる。


「……あ」


一体、二体、三体。

上空にはもっと、複数の影。


飛竜の群れ。


しかも。


一番大きな個体が、

明らかに“捕食対象”を見る目で、こちらを見ている。


マイクさんが、即座に剣を抜き、私の前に立った。


「……まずいな。

 さすがに、この数は……」


すると。


ポチが、私の前に出た。


羽を広げ、

守るように立ち、唸る。


「……ありがとう、ポチ」


「任せろ!」


マイクさんも、低く言った。


私は、深呼吸する。


――やるしかない。


「……きらきらりん☆!!」


今度は、全力。


光が、森全体を包み込んだ。


穢れ。

疲労。

怒り。


全部、洗い流されていく。


飛竜たちの目が、

次々と、きらきらに変わる。


威嚇が止まり、

咆哮が消え、

代わりに、穏やかな鳴き声。


群れの長らしい飛竜が、

ゆっくりと、頭を下げた。


「……うん」


私は、その場にへなへなと座り込む。


「……これで、空輸いけるね」


完全に、事業目線だった。


「まったく……」


マイクさんが苦笑する。


「きらりちゃんと来たら、

 驚かされてばかりだ」



マイクさんの怪我も「きらきら」にしてから、村へ戻った。


――村人たちは、沈黙していた。


いや、たぶん、絶句。


空を覆う、飛竜の影。


私とマイクさんを乗せたポチが先頭に立ち、

堂々と降りる。


「……だ、大丈夫ですから!」


私は慌てて手を振る。


「噛まないし、焼かないし、

 たぶん踏まない!」


「たぶん!?」



でも。


村人たちは、すぐに順応した。


「……まあ、聖女様だしな」

「今さらだよね」


異世界人、逞しい。


それからは、早かった。


空から洗濯物が届き、

空から、洗い上がった布が戻っていく。


もう、王都まで半日もかからない。


空飛ぶ洗濯屋は、

ひと月も経たぬうちに、

一大生活圏を形成していた。

 

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