第七話 襲来。そしてきらゴブ誕生
洗濯屋を始めて、数か月が経った。
私の小屋の前には、
いつの間にか、人が並ぶようになっていた。
「きらりちゃん、これもお願い!」
「今度は子供服だからね」
「ほら、これ昨日の分のお礼」
布袋、籠、風呂敷。
中身はだいたい、洗濯物。
「……完全にキャパオーバーでは?」
小屋の中。
洗濯物の山を前に、私は遠い目をした。
おまけに、時々は出張して掃除代行も入る。
まあ、「きらきらりん☆」と唱えるだけなんだけど……。
それでも、一日に何度もギフトを使うと、
へたり込みそうになるほど疲れる。
どうやら、私の魔力では、
そう何度も使えるわけじゃないみたい。
けれど、たった数か月でも、
村が活気づいているのは、はっきりわかった。
洗濯が一瞬で終わる分、
みんな畑に出たり、内職を増やしたりできる。
確実に、村は豊かになっていた。
「ありがたいよ、本当に」
「時間が増えたわ」
そう言われると、悪い気はしない。
(でも……異世界スローライフ、順調……かな)
そんなふうに思っていた、ある日の夜。
がんっ。
鈍い音が、小屋の扉に響いた。
「……?」
もう一度。
がんっ、がんっ。
「……誰?」
返事は、ない。
代わりに聞こえてきたのは、
がさがさ、という嫌な音。
木を引っ掻くような――。
「……まさか」
ばきっ、と音を立てて、扉が歪んだ。
隙間から覗いた、緑色の顔。
黄色い目。
涎まみれの口。
「……これ、いわゆるゴブリンってやつ!?」
心臓が、跳ね上がる。
――逃げなきゃ。
でも、足が動かない。
ゴブリンって雑魚代表じゃなかったっけ?
なのに――怖い。
握られた短剣が振り上げられ、
月明かりに、ぎらりと光った。
(嘘……でしょ?
私のスローライフ、もう終わりなの?)
その瞬間。
「きらりちゃん!」
扉が、外から勢いよく開いた。
「下がって!」
(……マイクさん!?)
手には、年季の入った槍。
「……マイクさん!」
「ゴブリンに背を向けるな。
目を見たまま、ゆっくり下がれ!」
マイクさんが槍を突き出し、
ゴブリンを牽制する。
ギャンッ!
槍の穂先と短剣がぶつかり、
火花が散った。
私は言われた通り、
濁った黄色い目を見つめたまま、
壁際へ下がる。
外では、怒号と金属音。
「自警団が来た!」
「囲め!」
村の男たちが集まっている。
「まずい――数が多い!」
「群れ全体で襲ってきてるぞ!」
剣戟の音。
男たちの怒号。
女性の悲鳴。
「……このままじゃ」
私は、ぎゅっと拳を握った。
私は聖女のはず――。
でも、女神様のギフトは生活特化だった。
戦えない。
剣も、攻撃魔法も、知らない。
つまり、戦闘では役立たず。
けれど――。
――きらきらは?
洗濯。
掃除。
修理。
穢れを、取り除く。
「……もし」
もし、ゴブリンの“穢れ”も、
落とせるとしたら?
私は、一歩前に出た。
「きらりちゃん、危ない!」
マイクさんの声を背に受けながら、
私は叫ぶ。
「……きらきらりん☆」
光が、弾けた。
夜の闇を裂く、
やわらかな光。
ゴブリンの体を、包み込む。
(――効いて!!)
「――ギギ?」
次の瞬間。
ゴブリンの淀んだ目が、
黄色く、きらきらと輝いた。
牙は引っ込み、
荒い息が、次第に落ち着く。
「……効いた……の?」
ゴブリンは、きょろきょろと辺りを見回し――
そして。
ぺこり、と頭を下げ、くるりと背を向けた。
「なっ……ゴブリンが、頭を下げた!?」
マイクさんが、槍を構えたまま叫ぶ。
「……しかも、帰った!?」
「マイクさん!」
彼は、強く頷いた。
私は小屋を飛び出し、広場へ向かう。
「洗濯屋さん!」
「危ない!」
自警団のみんなが、同時に叫んだ。
「私に、任せて!」
「ギギギッ!」
私に気づいたゴブリンたちが、
聖女の衣に引き寄せられるように――
一斉に、武器を振り上げて駆けてくる。
……二十匹は、いる!?
怖い。
けれど――きっと、大丈夫。
「きらきらりん☆!!」
ありったけの力を込めて叫んだ。
次の瞬間、
広場全体が、眩い光に包まれ――。
*
ゴブリンたちは。
きらきらした瞳で一列に並び、深々とお辞儀をすると――
森の方へ、ぞろぞろと引き返していった。
攻撃も。
叫び声もなく。
ただ、静かに。整然と。
呆気に取られた村人たち。
マイクさんもあんぐり。
沈黙。
やがて――。
「……助かった?」
「今の……何だ?」
「あれ? さっき斬られたところも治ってるぞ」
村人たちが、ざわつく。
私は、へたりとその場に座り込んだ。
たぶん、魔力を使い切ったのだと思う。
「……よかった……」
マイクさんが、肩を叩いた。
「……やるじゃねえか」
村の広場に、
次々と人が集まってくる。
「聖女様だ!」
「間違いない、ゴブリンを追い払った!」
「本物の聖女様だ!」
「俺も……怪我が治ってる……」
――やめてほしい。
でも、否定する気力も、なかった。
私は、苦笑いする。
「……ゴブリンも、傷も、
洗っちゃっただけなんですけど……」
マイクさんが、ぽつりと言った。
「……きらきらのゴブリン――
略してきらゴブ、だな」
どっと笑いが起きる。
さっきまでの恐怖は、
村人たちからいつの間にか、消えていた。
こうして、広場が笑いに包まれる中。
洗濯屋きらりは――
村の聖女様に、なってしまったのです。




