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第五話 小さな村。最初の居場所

荷馬車が止まったのは、日が傾き始めたころだった。


「着いたぞ。ここがカラル村だ」


マイクさんが顎で示した先に、

小さな村が見えた。


石と木で作られた家が点々と並び、

煙突からは、夕飯の匂いを含んだ煙が立ち上っている。


「……思ったより、普通」


城下町のような賑やかさはないけれど、

荒れた感じもしない。


「そりゃそうだ」


マイクさんは、豪快に笑った。


「普通に暮らしてる村だからな」


馬車が村に入ると、

何人かの村人がこちらを見て、足を止めた。


視線が集まる。


――まあ、そうだよね。


見知らぬ金髪碧眼の少女が、

汚れた白い服で荷馬車から降りてきたら――


「村長、誰だい、その子」


(え……? 村長?)


マイクさん――モブじゃなかった!

うぅ……なんかごめんなさい。


「王都からの帰りに拾ったんだ」


……まあ、確かに。

拾われたようなものだ。


「ちょっと事情があってな。

 しばらく置いてやれねえか?」


村人たちは私をじっと見て――

それから、顔を見合わせた。


「……腹、減ってるんじゃない?」


最初に声をかけてくれたのは、

ふくよかな体型のおばさんだった。


その一言で。


……ぐぅ。


……お腹が鳴った。


思わず、お腹を押さえる。


静まり返る、村の広場。


「……あ」


恥ずかしすぎる。


次の瞬間――


「ははは!」

「正直だねえ」

「まあまあ、まずは食べな」


笑いが起きた。


その場の空気が、

一気に、やわらいだ。


気づけば私は、村の集会所で、

温かいスープを飲んでいた。


「……おいしい」


野菜と、少しの肉。

豪華じゃないけど、ちゃんとしたご飯だ。


「で、嬢ちゃん。名前は?」


「……きらり、です」


この世界で生きるなら、

たぶん、これで十分。


「きらりちゃんね。

 あたしはマルタよ」


おばさん――マルタさんが、にこりと笑う。


「しばらくは、空き小屋があるから使いな」


「え、そんな……」


「いいのいいの。

 誰だって、最初は助け合いさ」


胸の奥が、じんわりと温かくなった。


――城では、あっという間に切り捨てられたのに。


ここでは、名前を呼んでもらえる。

ここにいていいと、言ってもらえる。


その日のうちに、

私は村の端にある小さな小屋を案内された。


ベッドは硬い。

机も椅子も古い。


でも、屋根があって、扉がある。


「……これだけで、十分かも」


そう思った、そのとき。


外から、慌てた声が聞こえた。


「大変だよ!」

「井戸が――!」


村人たちが集まっている。


覗いてみると、

井戸の滑車が壊れて、桶が底に落ちたらしい。


「これじゃ、水が汲めないねえ……」


マルタさんが困った顔をする。

駆け付けたマイクさんも、頭を掻いた。


「参ったな。

 鍛冶屋のドノバンは、明日まで隣村だ……」


……どうしよう。


私は、少しだけ迷ってから、前に出た。


「あの……」


「ん?」


「……試しても、いいですか?」


皆が首をかしげる中、

私は井戸に向かって、そっと手を伸ばす。


――どうせ、もう失うものなんてない。


「……きらきらりん☆」


小さく、そう言った。

ちゃんと、☆きゅいん、もつけて。


一瞬、淡い光が揺れた。


(あ……。光った……?)


きい、と音を立てて、

滑車が、元通りに動き出した。


桶が、ゆっくりと引き上げられる。


「……あ」


「直った……?」


桶から、水があふれた。

透明で、澄んだ水。


やった!


「すごいじゃないか!」

「今の、なんだい!?」

「……嬢ちゃん、魔法使いかい?」


ざわめく村人たち。


でも――最後の言葉には、

ほんの少しだけ、怯えた色が混じっていた。


(もしかして……

 ギフトとか魔法とか、

 バレたらまずいやつかな……)


すると――


「きらりちゃん、すげーじゃねーか。

 生活に役立つ魔法か。

 なるほど、わけありなわけだ」


マイクさんが、白い歯を見せてにやりと笑う。


(あ……フォローしてくれた?)


「……そ、そうなんです……

 ほんのちょっとした魔法で。

 掃除とか、修理とか……

 そういうのしか出来ないみたいで……」


私は俯いて、地面を見る。


そっか……そうだったんだ。


てことは、魔王と戦えるようなギフトじゃない……?


……はあ……。

あの雑女神……。


誰かが、ぽつりと言った。


「……それは、すごく便利だよ」

「私たちには、そういう魔法こそ助かるのさ」

「歓迎するよ!」


マルタさんが、ぱっと明るく言う。


「ずっといてくれてもいいんだからねっ!」


ふと、マイクさんを見上げると、

にっこりと笑って、頷いてくれた。


「あ、あの……ありがとうございます」



その夜。


小屋のベッドに横になり、

私は天井を見上げていた。


聖女でもない。

勇者の仲間でもない。


それでも――


「……ここになら、

 私、いていいのかも」


そう思えたのは、

この世界に来て、初めてだった。

 

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