番外編④ 洗濯屋、隣国の依頼を受ける
「あーー……頭、痛い……」
目を覚ますと、
木組みの旅館の天井が視界いっぱいに広がっていた。
……あれ。
私の部屋だ。
これは……もしや、状態異常。
昨夜の記憶を辿ろうとするけれど――
だめだ。
途中から、すっぽり抜け落ちている。
(えっと……飲んで……乾杯して……?)
その先が、ない。
記憶がないなんて、
こんなの初めてだ……。
……あ。
そっか。
前世の身体と、この身体。
きっと、お酒の強さが違う。
この身体――
そんなに強くない……。
聖女なのに?
いやいや、聖女かどうかは関係ない。
洗面所へ向かい、鏡を見る。
髪はぼさぼさ。
顔色も、はっきり言って悪い。
しかも――
「おえ……」
吐き気まで来た。
うう。
こんなの、アルハラ全開の新入社員歓迎会以来。
さすがはブラック企業。
いやいや、感心してる場合じゃない。
このままじゃ朝の集合に間に合わないじゃん……。
……使うか。
魔力は、控えめに。
(女神様、こんな使い方でごめんなさい)
胸の内で唱えながら――
「きらきらりん☆」
身体が、ふわりと燐光を放つ。
次の瞬間。
髪はふわふわに整い、顔色も元に戻る。
吐き気も――ない。
うん、すっきり爽快。
よし。
ギフト「きらきら」は、状態異常にも効く、と。
……まあ、状態異常名は《二日酔い》だけどね。笑。
***
身支度を整え、朝食会場へ向かう。
顔ぶれは、昨日と同じ。
ただし昨日とは違って――
私は聖衣。
三人は剣を佩いている。
(切り替え早いなあ、この人たち)
「皆さん、おはようございます」
私が爽やかに挨拶すると、
三人は一瞬、目を見開いた。
「おはよう。大丈夫、みたいだね」
「洗濯屋殿、良い朝ですね」
「……お、おう。おはよう」
ふふーん。
二日酔いごとき、
きらりには敵ではないのだ。
……ん?
マイクさんが、目を逸らした。
不思議に思って一歩近づくと、
そのまま鼻を掻く。
……え?
周囲の視線が、妙にあたたかい。
いや、あたたかいというより――生あたたかい。
(え、なにこの空気)
「あの……昨日、何かありました?」
私の問いに、
騎士レオンは一瞬だけ視線を伏せてから答えた。
「……大したことではありません」
(”大したことはなかった”顔だけど、
”何もなかった”顔じゃない)
勇者――もとい殿下は、なぜかやけにご機嫌で、
口元がずっと緩んでいる。
マイクさんは、
相変わらず、目を合わせない。
……絶対、何かある。
そのとき、不意に――
『……私を、見て……』
一瞬。
自分の声が、脳裏をよぎった。
(……え?)
胸が、どくん、と鳴る。
(今の……私? 私が言ったの……?)
や、やばい。
どんな顔で、どんな距離で――?
続きを思い出す前に、
騎士が話を切り出した。
「それで――
昨日、この国の王宮から
洗濯屋殿への依頼を承りまして」
(助かった……いや、助かってない)
私は一度、深呼吸してから笑顔を作る。
「はい。どんなご用件でしょう?」
レオンは、表情を引き締めた。
「この国はご存知の通り、温泉が豊富です。
しかし近年――」
「温泉が、細っている?」
勇者と騎士が、目を見合わせる。
「さすがだな」
「すでにご存知とは」
(まあ、仲居さんから聞いてたしね)
「それで、私に何を?」
「はい。
源泉に巣くっている魔物を
どうにかしてほしい、と」
「……魔物?」
「スライムのようですが……」
私は、首を傾げた。
「私、洗濯屋ですよ?
スライムくらい、国で対処できるでしょう?」
「はい、通常は。
ただ……源泉には複数の穴があり、
一か所を倒しても、別の穴からすぐに増えるそうで……」
「なるほど……」
頭の中で、別の図が浮かぶ。
「それ、もぐらたたきですね。
退治じゃなくて――別の方法が必要かと」
「……別の方法?」
三人が、同時に瞬いた。
「……まあ、任せてください」
私は、にこりと笑う。
「それで――
”源泉の洗濯”の対価は?」
レオンが、待っていましたと言わんばかりに微笑んだ。
「洗濯屋きらりの支店を、
この国に出す許可が下りる予定です」
勇者アレンも、にこにこしている。
(……その顔。
たぶん、条件それだけじゃないよね)
でも、この場で深掘りはしない。
(てか私はただの洗濯屋。
国同士の話なんて、関わりたくないし)
「了解です。
じゃあ、この後すぐ行きましょう」
「そう言ってくれると思ってたよ!」
「ご一緒します!」
勇者と騎士が声を揃えると、
マイクさんも、ようやくこちらを見て頷いた。
一瞬、目が合う。
――そして、すぐ逸らされる。
ちょっと……やめて!
(私、ほんとに何したの……?
あとで絶対、問い詰めてやるんだから)
胸の奥が、まだ少しだけ落ち着かない。
こうして、次の洗濯物は――
温泉の源泉、丸ごと。
もう洗濯屋の仕事じゃない気もするけど、
まあ、洗うことには変わりない。
洗濯屋きらりの旅は、
どうやら――温泉郷でも、まだまだ落ち着きそうにありません。
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番外編⑤に続きます。




