番外編③ 洗濯屋、異世界で酒をたしなむ
宴会場は、思っていたよりも落ち着いた雰囲気だった。
畳敷きの広間に、低めの卓。
行燈から零れる柔らかな灯りが、
湯上がりの身体にじんわりと染み込んでくる。
卓を挟んで正面には、
勇者――もとい王子アレンと騎士レオン。
そして、私の隣にはマイクさん。
四人卓。
全員、浴衣姿。
(……なんか、不思議な光景)
昼間まで空を飛んで、
夜は温泉。
そして今は、宴会。
人生、何が起きるかわからない。
「では、まずは食事を」
仲居さんが料理を並べていくのを見て、
私は思わず瞬きをした。
ご飯。
味噌汁。
……え?
(ナニコレ)
恐る恐る箸を取る。
謎魚の刺身――
一切れ、口に入れた瞬間。
(……サーモンじゃん)
完全に、サーモン。
ご飯はふっくら。
味噌汁は、ちゃんと出汁の味がする。
(日本食じゃん……)
ちらりと周りを見ると、
三人は箸を前に、微妙に困った顔をしていた。
「……これは、どう持つのだ?」
「殿下、こう……指で……」
ぎこちない手つき。
私が何の迷いもなく箸を使っているのを見て、
三人が一斉にこちらを見る。
「器用だな」
「洗濯屋殿、慣れておられるのですね」
「まあ……なんとなく」
なんとなくで済む話じゃない気もするけど、
今はスルーだ。
料理を堪能していると、
次に運ばれてきたのは――
徳利と、おちょこ。
「酒も用意してある」
マイクさんが言って、徳利を持ち上げる。
とく、とく、とく。
アレンとレオンのおちょこに注がれた酒が、
ふわりと香る。
……やばい。
透明で、澄んだ色。
吟醸酒みたいな、いい香り。
……ごくり。
思わず、喉が鳴る。
飲みたい……。
勇者アレンが、ふと思い出したようにこちらを見る。
「そういえば、洗濯屋殿はいくつなんだ?」
「殿下……それを女性に聞いては……」
レオンが慌てて止める。
マイクさんが、ほんの一瞬だけ肩を跳ねた。
……そういえば。
前世の年齢、言ってなかったかも。
一瞬の間。
(……どうしよう)
今の見た目に合わせるなら――。
「……十八です」
「そっか。じゃあ、お酒飲めるね?」
「……え? いいんですか?」
「立派な成人じゃないか」
(……セーフ……)
この世界では、十八で成人らしい。
おちょこを差し出すと、
再び酒が注がれる。
「いただきます」
一口。
(……おいしい)
ちゃんと、お米のお酒だ。
一年ぶりのお酒。
やばい。
すごく、おいしい。
「ささ、どうぞどうぞ」
「殿下……あまり勧めては……」
「いやいや、洗濯屋殿は最強だ。大丈夫だろう」
……ん?
酒も最強という理屈は成り立たない。
でも、お酒、強い方だし。
たぶん。
気がつくと、
杯が空くたびに、自然と酒が注がれていた。
「きらりちゃん、顔が赤いが……大丈夫か?」
「らいじょうぶ、らいじょうぶ」
声が、ちょっとおかしい。
……あれれ?
「……きらり殿?」
「洗濯屋殿、舌が……」
なんだろう。
私の周りに仲間がいる。
なんか――
すごく、幸せだ……。
私はえへへ、と笑いながら座敷を這いずると、
アレンとレオンの間に収まった。
「はい、れおんさん、アレンさん。ささ」
二人のおちょこに注ぎ、
ちゃっかり自分のおちょこにも注ぎ――
ぐい、と飲み干す。
「ぷはぁ~~」
「洗濯屋殿、その辺にしましょう」
身を乗り出し、
じろりと騎士を睨む。
「……れおんさんはねー、
まじめすぎなんれすよー」
レオンの袖を、くいっと引っ張る。
黒の長髪が揺れ、端正な顔が近づく。
「もっと、こう……
肩の力、ぬきましょう?」
「ち、近いです! 洗濯屋殿!」
「お、おほん」
振り向くと、
そこには勇者アレンが、真正面。
私はふわりと笑って、
じーっと彼の顔を覗き込む。
「ふーん。
勇者って、みんなこんなんなんれすか?」
「……こんなんって?」
「……イケメン」
「……え?」
勇者の頬が、みるみる染まる。
「……しかも王子」
「……ああ……」
「……おまけに優しい」
「…………」
アレンは、あんぐりと口を開けたまま固まっていた。
「ほんと、なんでそんなに優しいんれすか?
私にだけ? 誰にでも? どっちなんれすか?」
「いや、それは……」
ぐい。
「え、ええっ!?
ち、近い近い!」
王子、耳まで真っ赤。
「きらりちゃん……その辺で……」
マイクさんが止めに入る。
私は、ぎろりと彼を睨んだ。
「なんれすかー、
マイクさんだけずるいれす」
今度は、マイクさんの袖を掴む。
「いつも隣で、
見守るとか言って、
しゃんと話さないくせに」
ぐいっ。
距離、ゼロ。
「きらりちゃん……完全に酔ってるな」
「えー?
酔ってませんよー?」
「……いや、近いって」
困った顔。
でも、逃げ腰。
……かわいい。
顔を覗き込む。
「ほら、私、いつもどおりれすよ?
ちゃんと、マイクしゃんを見てますよ?」
にっこり。
マイクさん、完全に固まった。
「……きらりちゃん、酔い過ぎだよ」
「そうれすか?」
さらに一歩、近づく。
マイクさんが、後ずさる。
「……なんでいつも、
そうやって逃げるんれすか?」
「……きらりちゃん」
「んー?」
「それ以上来ると……」
「来るとー?」
ごくり。
アレンとレオンが、息を呑む。
「……っ」
マイクさんが、顔を背けた。
――耳、真っ赤。
「あれ?」
私は、にやっと笑う。
「マイクさん、
もしかして照れてます?」
「……してない」
「してるー」
「してない」
「してるー」
子供か。
「洗濯屋殿、
完全に酔っておられます!」
「うるさいれす、
今日は宴会れすー」
「洗濯屋殿、その辺で……」
「何れすか、レオンさん。
洗濯屋だって、酒ぐらい飲むんれすからね」
再び杯を掲げる。
「かんぱーい!」
「……はいはい」
「……乾杯」
四つのおちょこが、軽く触れ合った。
――ちん。
湯上がりの夜。
やさしい灯り。
少し甘い酒。
そして――
距離の近すぎる、四人。
(……あれ?)
私、ほんとにお酒、強かったっけ。
ま、いっか。
私いま――
すっごく、異世界ライフ楽しんでる気がする。
『洗濯屋きらり』のその後お話、いかがでしたでしょうか?
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番外編その④に続きます。




