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番外編② 洗濯屋、温泉で頬を染める

湯に身を任せながら、これまでのことを思い出す。


転生。

雑女神のギフト「きらきら」。

追放されて、マイクさんと出会って。

村のみんなと出会い、洗濯屋を始めて。

ゴブリンも、狼も、飛竜も洗って。

ポチと一緒に空を飛んで。

王都に進出して、ご婦人方も洗い、

勇者と騎士を洗って。

魔王も洗って。

一度は死んだけれど、女神様に生き返らせてもらって。

仕上げに――王様まで洗って。


はあ。


この世界に来て、一年。


……ほんと、いろいろあったな。


片足を水面まで持ち上げて、

お湯をちゃぷちゃぷと揺らす。

疲れが、音もなく溶けていく。


それにしても――

温泉まであるなんて。


異世界、最高かよ……。


でも――

次は、どんな“洗濯物”との出会いが待ってるのかな……。


そんなことを考えていた、そのとき。


――ぽちゃん。


小さな、水音。


「……?」


湯気の向こうで、

空気が、ほんのわずかに揺れた。


……誰か、いる?



湯気の向こうに、大きな人影。


……え。


「……マイクさん!?」


「……き、きらりちゃん!?」


二人同時に、ぴたりと固まった。


沈黙。


湯気。

夜景。

そして、どうしようもない気まずさ。


(……なんで、いるの!?)


「いや、その……」

「これは、その……」


視線が合わない。

正確には――合いそうになって、慌てて全力で逸らしている。


「……聞こえてました?」


「……ああ。その……“ふわああ……”ってやつな」


――終わった。


恥ずかしすぎる。


「……確かに、混浴って……言ってましたよね」


「……言ってたな……」


顔が、熱い。

温泉のせいだけじゃない。


ちらり、と彼を見る。


赤銅色の肌。

大きな肩。


どき。


引き締まった胸板。

あのとき――この胸に。


どきどき。


……やばい。


少しだけ、視線を上げると。


太い首。

強い意志を感じさせる顎。

引き結ばれた唇。

琥珀色の瞳。

刈り込まれた髪。


……あ。

鼻、掻いた。


(……うふふ)


なぜか、口元が緩む。


――はっ。


慌てて視線を引っ込めた。


何、微笑んでじっと見てるの、私。

しかも今……うふふって。


絶対、変なやつじゃん。


うう……。


……いや、その……でも――

さすがは元騎士団長。


しばしの沈黙の後、

私は気を取り直して口を開いた。


「……さっき、“落ち着いたらまた……”って言ってましたよね?」


「……ああ」


「これ、落ち着いてますかね?」


「……落ち着いてないな」


即答。


(ですよね……)


二人の間を、

温泉の湯気だけが、もくもくと流れていく。


夜景は相変わらず綺麗で、

湯は相変わらず気持ちよくて――

なのに、空気だけがやけに落ち着かない。


(……無理。今は無理)


私は、そっと肩まで湯に沈み直した。


「……じゃあ、その……」


「……うん」


また、同時に視線を逸らす。


言葉が続かない。

ここで続けたら――たぶん、だめなやつだ。


(よし。これは“なかったこと”にしよう)


「……あの」

「……ああ」


また被った。


思わず、ふっと息が漏れる。


「……今日は」

「……今日は」


……もう、だめだ。


「……その話は」

「……後にしよう」


今度は、ちゃんと噛み合った。


私は、小さく頷く。


「はい。ちゃんと、落ち着いてから」


「……ああ」


その返事は、

さっきよりほんの少しだけ、優しかった。


(相変わらず、マイクさんはずるい――)


湯気が、ふわりと二人の間を流れる。


温泉は、相変わらず極楽で。

夜は、静かで。



変な沈黙が続いた、その時――


ガラッ。


「マイクさん、王宮から依頼が――」

「洗濯屋殿に後ほどお話を……」


勇者アレンと騎士レオンが、

湯気の向こうからこちらを見る。

ふたりとも、タオルを巻いただけの姿だ。


目が合った。


「ん?」

「え?」

「……っ?」


そして。


「えええええ!?」


湯舟の隅で、

タオルに包まって固まる私。


「………………」


三秒。


私は、にっこり笑った。


「……あの。

 じっと見るの、やめて頂けます?」


次の瞬間。


「す、すみません!!」

「失礼しました!!」


全力で踵を返す二人。


(混浴でしょ、とか

 見守ってるだけです、

 なんて言い訳しないところ。

 慌てちゃって、ちょっと可愛いかも……)


ふう、と息をついて振り返ると――

……あれ?


マイクさんが、いない。


ぶくぶく……。


ん?

泡……?


ざぱーん!


「ぷは~っ!」


「ちょ、何やってるんですか、マイクさん?」


「いや、つい隠れちまった」


お湯から顔を出したマイクさん。

――顔まで全部、真っ赤だ。


「ぷっ、何やってるんですか?」


「ははは……」

「あはは……」


ひとしきり、二人で笑うと――

湯気が、ふたりの間を優しく流れた。


(もうっ、変な人……)


かぽーん。

街のどこかで、桶の音が響いた。


ふたりきりになった湯舟。


でも――


湯は温かくて。

夜は静かで。


私は、湯気の中で深くため息をつく。


(これ、“落ち着くまで”

 たぶん、相当かかるやつだ)


だって、こんなに癒されてるのに――

胸の奥だけは、落ち着かない。


――けれど、こんなのも悪くないな……。


洗濯屋きらりの旅は、

今日もまったく、落ち着きそうにありません。


『洗濯屋きらり』のその後お話、いかがでしたでしょうか?

少しでも楽しんでいただけましたら、

★評価やブクマをくださいますと、とても励みになります。

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