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番外編① 洗濯屋、異世界温泉を堪能する

夕方――日が沈みかけた頃。

隣国の王都が、眼下に広がってきた。


上空から見下ろす街は、ところどころ茜色の靄に煙り、

まるで絵本の挿絵みたいに幻想的だ。


人々を驚かせないよう、

街から少し離れた木陰に降りる。


翼を畳んだポチに

「いい子で待っててね」と声をかけてから、

私たちは王都の門へと向かった。


門衛は、徒歩で現れた勇者の

夕陽に輝く黄金の鎧に目を見張り、

差し出された親書を受け取ると――

一瞬で表情を引き締め、はっと息を呑む。


「ゆ、勇者殿……?」

「ということは、こちらの女性は……」

「……かの洗濯屋様の御一行か……!」


(勇者様御一行じゃないんだ……)


てへへ……。

どうやら私、ちょっとした有名人になったらしい。


なのに、なぜか勇者と騎士は誇らしげに胸を張り、

マイクさんは、いつものように困った顔で苦笑い。


そして衛兵たちは、

背筋をぴんと伸ばしてびしりと敬礼し、

私たちを城内へと通してくれた。



隣国の王都は、静かだった。


白い石畳。

美しく整えられた街路樹。

行き交う人々。

等間隔に並ぶ屋台。


――観光産業が盛ん、というのも頷ける。


けれど、行き交う人はまばらだ。

素敵な国なのに、観光客はそれほど多くない……?

なんでだろう。


「では、我々は王宮へ」

「外交ですから」


勇者――もとい王子アレンと、騎士レオンは、

きっちりとした表情でそう言い、

石畳を規則正しく歩き出した。


……うん。

さっきまで一緒に空を飛んでいたのが不思議なくらい、

すっかり“外交使節”の顔だ。さすが。


「じゃあ、宿でお待ちしてますね」


「はい!」

「もちろんです!」


即答。


(……ほんと、元気だなあ)


その背中を見送り、

残されたのは――私と、マイクさん。


少し高地にあるせいか、

夕方になると空気がひんやりしてくる。


「寒くないか?」


「うん、大丈夫」


マイクさんは、相変わらず優しい。


「宿、取ってある。ついて来い」


「はーい」


そうして案内された宿屋は、

古いけれどよく手入れされていて、

扉をくぐった瞬間、木の香りがふわりと鼻をくすぐった。



受付で、それぞれ部屋の鍵を受け取る。


「じゃあ、きらりちゃん。

 夕食は宴会場で集合な」


「はい、マイクさん。後ほど」


そう言って別れ、

私は渡り廊下をくぐって、女性向けの建物へ向かった。


(男女で分かれてるんだ……ちゃんとしてる)


仲居さんに案内されて廊下を歩いていると――


「うちは温泉が売りでして」


何気ない調子で、仲居さんが言った。


「……え?」


温泉?


「この宿は、夜景の見える露天が自慢なんです」


ろ、露天!?


「この国は地下水が豊富なんです。

 でも最近は、湧く水の量が減ってまして……

 廃業する宿屋も多いんですよ。

 うちは何とかやってますけどねぇ」


へえ……。

それで観光客が少なかったのか……と、納得する。


でも――

ま・さ・か・の。


(……温泉!)


思わず、目がきらりと輝いた。


「温泉……!」


「ええ。左手奥が浴場です。

 混浴ですが、今夜は空いてますよ」


――混浴。


(なぜに風呂だけ混浴!?)


一瞬、思考が止まる。


(でも……異世界で……温泉……!?)


「……誰も、いないんですよね?」


「ええ。今日は宿泊客も少なくて」


……よし。


部屋に通された後、

用意されていた浴衣に目を落とす。


いやいや、これ……

浴衣そのものじゃん。

刺繍も「#」だし……。


それに、そういえば仲居さんの衣装も着物っぽかった。


(私以外にも、日本から来た転生者がいたのかも)


……けど、そんなことを考えている場合じゃない。


だって、異世界なのに――


「温泉! 温泉!」


私はさっさと浴衣に着替えると、

跳ねるようにして浴場へ向かった。


***


脱衣所のカーテンを開け、

鏡を見ながら身体に巻いたタオルを念入りに確認する。


誰もいないはずだけど……念には念を。


金糸の髪をきゅっとアップにまとめ、

真っ青な湖みたいな瞳。

まだ幼さの残る蕾のような唇に、ほどよい高さの小鼻。

真っ白なうなじに細い首。

そして――すらりと伸びた手足。


……うん。

我ながら、いつ見ても完璧美少女。


女神のセンスには感謝してる。

してるけど――


(未だに、自分の身体って感じしないんだよね……)


ぼんやりしかけて、はっとする。


おっと、そうじゃなくて。

チェック、チェック。


(大丈夫。ちゃんと隠れてる)


浴場に出ると、

幻想的に湯気に煙る湯舟が目に入った。


ああ……。

上空から見えていた靄って、これか。


ひんやりとした岩の感触を素足に感じながら進み、

そっと片足の指先だけ湯に浸す。


――あ。


じわり。


――これだ……やばい。


そのまま、すうっと肩まで沈む。


「……ふわああ……」


声が、勝手に漏れた。


身体の芯まで、じんわり温かい。

石の縁に身を預けて、夜景を見上げる。


王都の灯りが、

湯気越しにきらきら揺れている。


(極楽……)


湯に包まれながら、思考がゆっくりほどけていく。


『洗濯屋きらり』のその後お話、いかがでしたでしょうか?

少しでも楽しんでいただけましたら、

★評価やブクマをくださいますと、とても励みになります。

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