第二十話 洗濯屋は、仕上げまでが洗濯です!
――王城の玉座の間。
また、ここか。
玉座。
磨かれた床。
磨かれすぎて、転びそうな空気。
あの時と同じ空間。
でも、今回は転送陣はない。
けれど――
私の隣には、マイクさん。
それに勇者。騎士。
この並びでこの場所に立つ日が来るなんて。
あのときの私に言っても、きっと信じかっただろう。
「よくやった、聖女よ」
玉座の王が、偉そうに、満足げに言う。
私は、きっと王を睨んだ。
「いえ、洗濯屋です」
王の眉が、ぴくりと動く。
「聖女よ」
私は首を傾げた。
「洗濯屋ですが?」
「聖女――」
「洗濯屋です!」
「……聖女」
「洗・濯・屋・です!」
にらみ合い。
横でマイクさんが鼻を掻き、
勇者と騎士が肩を揺らして笑っている。
(やめて。
私、今めちゃくちゃ真剣なんだから)
「……まあよい」
王様が、こほんと咳払いをした。
「では、洗濯屋よ」
よっしゃ……いま王様、折れた。
(まずはアイロン掛け、完了!)
王様は、じろりと私を見下ろす。
「褒美を取らせよう。
これからも王国を守ってほしいのでな」
尊大に続ける。
「何がいい?
金か?
大神官の座か?
爵位か?
王子との婚姻か?
……おお、騎士団長とでも構わんぞ」
大神官、口を開けたまま硬直。
騎士は盛大に咳払い。
マイクさんは「は?」という顔。
てか、王子って誰よ?
ふと隣を見れば――
勇者アレンが、なぜか頬を染めている。
「……ん?」
あれ?
「え、待って。勇者って……王子?」
「……っ」
アレンが肩を跳ねた。
騎士レオンが即座に目を逸らし、無駄に真面目な声で言う。
「恐れながら……はい。黙っていて申し訳ありません」
(え……別に謝ることないけど……。
でも、今まで、だいぶ失礼だったかも……。
今更だし、気にしない気にしない!)
まあ、それはさておき。
私は、王様に向かってにっこり笑った。
――全力で、意地の悪い笑みで。
「では、二つだけ」
「おお、二つか。申せ」
王は満足げに頷く。
「王子と騎士団長の両方か?
さすがは魔王を斃した娘じゃ。
なかなかに豪胆じゃな。よいよい」
(何言ってんの、このじいさん。
逆ハーとか興味ないんですけど!?)
……まあ、全く興味ないわけではない。
王子も騎士もイケメンではあるし……。
でも――
私の理想は、たった一人の素敵な旦那様――
そっとマイクさんを見上げる。
「ん? なんだ?」
思わず拳をぎゅっと握る。
この鈍感男。
正直――今すぐ殴りたい。
いやいや、そうじゃなくて。
私は深呼吸し、王を見る。
「はい。一つ目」
微笑んで、指を一本、立てた。
「王様の――土下座」
空気が凍る。
家臣の動きが止まり、マイクさんは苦笑い。
けれど。
勇者の頬の赤みが増し、騎士の目が見開かれる。
おいおい。
何その「惚れた」みたいな顔?
王様は、立ち上がり――唇を引き結ぶ。
指先が、わずかに震えていた。
(……怖いの?
謝ったら、“王”でいられなくなるとでも?)
「洗濯屋は、汚れを落とします」
私は静かに言う。
「でも、落としただけじゃ“仕上げ”じゃない」
一歩、玉座に近づく。
「乾かして、整えて、畳んで――
“気持ちよく使える形”にする」
「あなたの誤りは、まだ残ってる。
その汚れは、魔王が消えたからって勝手に落ちません」
「だから――土下座してください。
それが“仕上げ”です」
沈黙。
王様の目が泳ぐ。
「……や、やだ」
「は?」
「やだもん。
絶対、謝らないもん」
子供か!!
次の瞬間。
「陛下!!」
「お覚悟!!」
――連携は完璧だった。
勇者が前に回り込み、逃げ道を塞ぐ。
無駄に王子然とした、完璧な立ち姿。
「父上、王としてあるなら、今こそ、です!」
騎士が背後から両腕を取る。
礼節担当、無駄に真面目。
「礼節は形からです!」
そして。
「ほら、床が冷める前にやれ」
マイクさんが、王様の膝を容赦なく床へ。
「やめんかい! わしは王だぞ!!」
「王でも汚れは汚れ、洗い落としましょう!!」
勇者、無駄に熱血。
「王よ、潔くなさい!!」
騎士、無駄に正論。
「覚悟決めろ、この意地っ張り」
マイクさん……ちょっとかっこいい。
「ひいいい!!」
私は、にっこり笑った。
「では、まとめて洗濯しますね」
「待っ――」
「……きらきらりん☆!!」
今回は、リミッターの☆きゅいんもしっかりつける。
光が弾けた。
「おおっ!」
神官長が、廷臣が声を上げる。
王の衣が、ぴしりと整い、
玉座の間の空気がふわりと軽くなる。
埃が落ち、
言葉が畳まれ、
誇りだけが残る。
「……すまなかった」
王様は、床に額をつけたまま――
ちゃんと、言った。
よきよき。
私は頷く。
「はい。これでおしまい。
いまので、ちゃんと“乾きました”。
次は“同じ汚れを付けない”でくださいね!」
「……うむ。てか……持病の腰痛も治ったようだ。
本当にありがとう、洗濯屋殿」
そう言う王の目はうるうると輝いていた。
(……腰痛の治療はおまけです。
よし、これで畳みも完了。折り目も完璧)
「洗濯屋きらり、洗濯完了です!」
広間が笑いに包まれると同時に――
空間にきらきらの☆が舞い、黄金の輝きに満たされた。
「……女神の祝福だ……」
大神官の声に、皆が跪く。
王様も、みんなも、頬を黄金に染めて顔を上げる。
私も舞う☆空を見上げながら、あの雑女神を思い出した。
『……大丈夫。なんとかなるなる☆』
はあ。
深くため息をつく。
でも――
うん……なんとかなったよ。
雑女神様、なんだかんだと――さんきゅ。




