第十九話 洗濯屋、再び目覚める
「ん……」
瞼を開く。
――まばゆい光、白い空間。
あれ?
もしかして――
私、また死んだ?
「きらりちゃん、魔王退治、お疲れ様~☆」
軽い。軽過ぎる声。
目の前には、全身きらきらの雑女神。
ああ……てことは。
「……あの……私、死にました?」
女神は一瞬だけ、目を瞬く。
「……うん☆」
即答だった。
やっぱり……。
「二回目で魔力がマイナスになっちゃったから~☆
だって☆きゅいん、付けなかったでしょ?
あれ、リミッターなんだよ?」
「……聞いてないんですけど……」
「ごめんごめん☆
あれ、仕様だから☆」
おいっ!
仕様なら取説に書いとけよなっ!
ああ……。
私は肩を落とす。
洗濯屋人生。気に入ってたんだけどな……。
「じゃあ、頑張ったきらりちゃんは、
ご褒美に元の世界に返してあげます☆」
私は目を上げた。
「元の世界?」
は? なら最初からそうしてくれれば……。
「そう。三轍明けにそっと戻せます☆
いろいろご褒美つけちゃいますよ。
美少女はそのままに……お金にギフト。
あとはイケメンの彼氏かな? てへ☆
他には何か欲しそうなものは――」
女神は宙を見ながら指折り数え始める。
――違う。
脳裏に浮かぶ言葉。
『戦いが終わったら、話したいことがある』
彼の、”死亡フラグ一直線”の台詞。
ははは……。
私が死んでりゃ世話無いよね。
でも――。
彼の話、聞かずじまいは嫌だ。
(彼に、もう一度会いたい。
そして、ちゃんと話を聞きたい)
素直に心に浮かんだ言葉。
だから、私は――。
「女神様。
生き返らせることができるなら、
もう一度あの世界に戻ることは?」
ごくり。
女神は、頬に指を当てて考え込む。
「……もちろん、できるよ☆
きらりちゃんが望むなら。
でも……あの世界、まだ”穢れ”は残ってるから、大変かも?
——だって☆
しつこい汚れは、一度洗っただけじゃ落ちないでしょ?」
それでも、私の目の前がぱあっと明るくなる。
「それでいいです。
洗濯屋は、たぶん私の天職です。それに――」
私は女神のきらきらの瞳を見つめ、はっきりと言った。
「――もう一度会って、話したい人がいるんです」
女神はにっこりと微笑む。
「……そっかそっか☆
うんうん。イケメンの彼氏、余計だったか~☆」
(いや、そこじゃないんですけど……)
「じゃあ、世界の洗濯、
仕上げまでよろしくね☆」
「はい! とことん洗ってきます!」
「うん☆ じゃ、いってらっしゃ~い☆」
最後まで軽い……。
でも、私ははっきりと頷いた。
女神の輝く笑顔が滲み――
光に包まれ――。
***
「きらりちゃん……どうして。
無理はするなとあれほど……」
ぽたりぽたりと頬に水滴。
ん?涙?
——涙と一緒に、洗い上がりの匂いがした。
それになんだか、あったかい。
ゆっくり瞼を開けると。
私はマイクさんにぎゅっと抱き締められていた。
ああ、嬉しい。
温かい。
ずっとこのまま――。
いやいや、そうじゃなくて――
「――マイクさん?」
「……きらり……ちゃん?」
マイクさんは一瞬目を丸くすると、
顔をくしゃくしゃにして笑った。
「……生きてる……」
そして、もう一度、ぎゅーっ。
「く、苦しい~~~」
「すまん。死んでしまったのかと……」
(てか、ホントは死んだんですけどね……)
腕の力が緩む。
痛みと、胸の熱さと、照れくささとがないまぜになった――
不思議な心地よさに包まれる。
「ははは……。大丈夫です。
ちゃんと女神と交渉してきましたから」
「え? 交渉?」
きょとん、としたマイクさんの顔。
思わず笑みが零れた。
「はい。交渉です。
洗濯屋きらりには、まだやることが沢山残ってますし」
「やること……」
「はいっ!」
私は口を開けたままの彼の腕の中からそっと立ち上がる。
勇者も騎士も、涙を流して笑ってる。
王都には、静寂が戻っていた。
――ほんの一拍遅れて。
歓声が、街を揺らした。
ポチが頭を押し付けて来る。
彼の毛並みをもふっとしながら――
「……ぽち、ありがと」
見上げると、洗濯屋の建物は――無事だった。
窓からマルタさん、それに従業員のみんなも手を振ってる。
(よかった。守れたんだ……)
私の身体は、
再転生のせいか、まだ光を纏っていた。
「……聖女様――!」
瓦礫だらけの王都に、兵士たちの歓声が響き渡る。
私は聖衣の裾を払い、高らかに宣言する。
「いえ、ただの光る洗濯屋です」
一瞬の静寂。
そして――
「……洗濯屋様――!」
これでよし。
私は三人の男たちに、
ポチの首を撫でながら、付け足した。
「でも、まだです。
洗い上がりは“仕上げ”で変わりますから」
「仕上げ……? 魔王は斃した……のに?」
勇者がぽかん、と顔を上げる。
私はにこり、と笑うと言った。
「はい、仕上げです。
だから皆さん。
ちょっとだけ、協力してくださいね」
仕上げまでが洗濯なので。
まだ洗濯屋きらりの洗濯は終わってません!




