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第十七話 洗濯屋、選択する

――そして、気づいた。


マイクさんの立ち方が、違う。


いつもの“村長”の立ち方じゃない。

椅子に腰を落とす前の、

戦う前の――


騎士団長の立ち方だ。


「な……んで?」


声が、自分のものじゃないみたいに掠れた。


マイクさんは、鼻を掻く。

いつもの癖。

いつもの、間。


けど、その目は――決まっていた。


「すまんな、きらりちゃん」


その声は穏やかで、

だから余計に怖かった。


「一応、あいつらも俺の可愛い後輩でな。

 放っておくわけにはいかない」


「……マイクさん」


言葉が、喉に引っかかる。


“行くな”って言いたい。

“死ぬな”って言いたい。


でも言ったら。

私はきっと、泣いてしまう。


マルタさんが、背中をばんっと叩いた。


「いい男っぷりじゃないか、マイク。

 きらりちゃんのことは私たちに任せて、

 思いっきりやってきな」


「……やるだけやってみるさ」


マイクさんは軽く笑う。


その笑い方が、

戦場の笑い方だと、私は知ってしまった。


それから――

彼を見つめたまま動けない私に、少しだけ微笑んだ。


「きらりちゃん」


「……なに」


「戦いが終わったら、話したいことがある」


どきっ。


心臓が、一つ打つ。


え、それって……。


もしかして。


言えなかったけど、君が好きだった、とか――


「ちょっと待ったぁ~!」


私の中の”前世の私”が叫んだ。


「それ、完全に死亡フラグじゃん!?

 戦場に行く人が“あとで話がある”って言ったら、

 九割方帰ってこないやつ!!」


マイクさんは、ふっと笑って鼻を掻いた。


そして。


私の“死亡フラグ認定”を、真っ向から折りに来た。


「だから、先に言っとく」


「え?」


マイクさんが、私の目をまっすぐ見た。


「俺は、戻る」


断言だった。


祈りじゃなく、願いでもなく。

命令でもなく。


ただの、決定。


「戻って――話す」


私の喉が、ひくっと鳴る。


……ずるい。

そんな言い方されたら。


私、逃げるって言えなくなるじゃん。


マイクさんは、私の頭に手を置いた。

くしゃ、と軽く撫でる。

一瞬だけ、温かい。


「怖いなら、逃げろ。

 お前は洗濯屋だ。逃げていい」


胸が、ぎゅっとなる。


でも――


空が、また一段暗くなる。

影が、ゆっくりと王都の中心に“沈んで”いく。


鐘が、さらに激しく鳴る。

悲鳴が、近づく。

足音が、増える。


そして私は、見た。


踏まれた果物。

倒れた人。

泣く子ども。

逃げ場を失って固まる老人。

誰かの腕に縋って叫ぶ女。


布みたいに、

人がくしゃくしゃにされていく光景を。


私は、唇を噛んだ。


(……洗濯屋って)


汚れに気づく仕事だ。


汚れを落とす仕事だ。


布が悲鳴を上げる前に、

手を差し伸べる仕事だ。


「……マイクさん」


私は、顔を上げた。


「私、戦わないよ?」


「……ああ」


マイクさんが頷く。


「逃げるんだな」


私は、首を横に振った。


「ううん……違うの」


息を吸う。


そして。


笑った。


怖くて、手が震えて、

それでも笑った。


「洗濯屋の仕事は――洗うことです」


マイクさんの目が、わずかに見開かれる。


マルタさんが、口角を上げる。


「……あら、やる気だね」


私はポチの首に手を添える。


「ポチ。行くよ」


ポチが、低く鳴いた。

翼が、広がる。


空を覆う影へ向けて。


私は、震える声で――でも、はっきり言った。


「洗濯屋きらり。

 この世界の“穢れ”を、洗いに行きます」

 

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