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第十四話 洗濯屋、勇者と騎士を洗濯する

そんなある日のことだった。


「……失礼します」


控えめで、少し掠れた声。


聞き覚えがありすぎて、私は思わず苦笑した。


振り向くと――


「……勇者さんに、騎士さん」


扉の前に、二人揃って立っていた。


勇者アレン。

騎士レオン。


……うん。


これは。


(完全に、限界の顔だ)


鎧は磨かれている。

剣も、欠け一つない。


なのに――

どこか、色が死んでいる。


背筋は伸びているのに、芯が抜けている。

目の奥が、ずっと遠い。


目の下には、くっきりと刻まれた隈。


いわゆる――


「心が擦り切れた男の顔」だった。


「……あの」

「その……」


二人とも、なぜか視線を逸らす。


あれだけ王城では堂々としていた人たちが、

洗濯屋の前では、やたらと居心地悪そうだ。


私は、にっこり笑った。


「洗濯、ですか?」


「……はい」


「順番待ちになりますけど?」


「大丈夫です!」


二人同時に、即答。


……切実すぎる。



順番が来るまで、二人は無言で待っていた。


椅子に腰掛けながら、

背筋を崩すこともなく、

ただ、静かに。


……戦場で、

休み方を忘えてしまった人の座り方だ。


やがて、私は二人の前に立つ。


「じゃあ、動かないでくださいね」


勇者と騎士は、

なぜか同時に背筋を伸ばした。


イケメン二人の、

妙に申し訳なさそうな顔。


……もう。


戦場で何百回も死線を越えてきたくせに、

洗濯屋の前では、こんな顔をするんだから。


私は、ただ仕事をするだけだよ?

謝られる理由なんて、どこにもない。


私は、両手をかざす。


「……きらきらりん☆」


淡い光が、ふわりと広がる。


鎧の隙間に染み付いた汗と血と埃。

剣を握り続けた手の、見えない傷。

眠れなかった夜の重さ。


それだけじゃない。


「――責任」

「――後悔」

「――選んでしまった役割」


“逃げられない”と思い込んでいたもの。

“背負うしかない”と信じていたもの。


目に見えない重さまで、

光が、そっとほどいていく。


「……っ」


勇者が、思わず息を呑んだ。


騎士の肩から、

ゆっくりと力が抜けていく。


きらきら。


鎧は、本来の色を取り戻し、

金属が、静かに息をする。


そして――


二人の表情が、

ほんの少しずつ、変わっていく。


「……あ」


勇者が、ぽつりと呟いた。


「……視界が、明るい……」


霧が晴れた、というより――

ずっと背負っていた重りを、

ようやく下ろせた顔だった。


「……聖女様」


「洗濯屋です」


即、訂正。


「……あ、洗濯屋様」


騎士レオンは、

深く、静かに頭を下げた。


「……ありがとうございます」


その声には、

剣を振るう騎士の強さではなく、

ただの“人”としての安堵が滲んでいた。


「どういたしまして」


私は、あっさり言う。


「美顔と、簡単な回復は、おまけにしておきますね」


「……え?」


「洗濯のお代は、銀貨三枚で」


(ちゃんと、商売ですから)


勇者が、完全に固まった。


「……あの、魂を救われたのですが……?」


私は、にっこり笑う。


「いいえ。ただの洗濯です」


即答。


騎士レオンは、

堪えきれず、肩を震わせた。


「……なるほど。確かに。

 これは……洗濯ですね」


二人は深々と礼をして、店を出ていった。


その背中は、

来たときより、ずっと軽い。


まだ戦う顔だ。

でも――もう、壊れそうな顔じゃない。


「がんばってね」


私は、小さく呟いた。



「……やるなあ」


店の奥から、

マイクさんが出てきて、苦笑した。


「あいつら、悪い奴じゃないんだ……。

 あんまり、いじめてやらんでくれ」


「あら?」


私は、首を傾げる。


「マイクさんは、どっちの味方なんですか?」


「あ、ああ……もちろん、きらりちゃんだけどな」


ふふ、と笑う。


……もう一押し。


ほんの、ちょっとだけ。


「じゃあ――」


私は、わざと距離を詰めて、

彼の顔を見上げる。


「私と、勇者と、騎士さん。

 誰が好きですか?」


にこり。


「それは――」


一瞬、言葉に詰まり。


「……いや、全員好きだが」


「……ふーん……へー……」


じっと見ると、

彼は宙を見上げて鼻を掻いた。


「いや、そういう意味じゃなくてだな……」


二人で、思わず笑ってしまった。



こんな、何でもない時間が、

どうしようもなく、愛おしい。


――そう。


私はもう、


追放される聖女でも、

都合のいい切り札でもない。


王都で堂々と商売して、

人を救うときも、救わないときも、自分で選んで、

好きな人たちと笑って、

無理をしない人生を選んだ――


洗濯屋きらりなんだから。 



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