第十三話 洗濯屋、王都のご婦人方を魅了する
というわけで。
カラル村の拠点はマルタさんに任せ、
私は王都の一角――
貴族街と商業区の境目という、絶妙に目立つ場所に新しい拠点を構えた。
看板は、村の頃と同じ。
洗濯屋きらり
☆いつも、きらきら☆
控えめ?
いいえ、これは――覚悟の宣言だ。
*
最初の客は、予想通りだった。
「……評判の洗濯屋と聞きましたの」
扉を開けて現れたのは、
香水と絹と誇りをまとった、三人の貴族夫人。
その後ろで、侍女が三名。
無言で麻袋を三つ下ろす。
――ずしん。
「こちらのドレス……」
「もう何度も洗わせているのですけれど」
「どうしても、くすみが取れませんの」
差し出されたのは、王都製の高級ドレス。
上質なのは一目でわかる。
けれど――疲れている。
(あー……これは)
私は、心の中で頷いた。
(“洗われすぎて死にかけ”の布だ)
「即洗濯メニューになりますね」
「……即、洗濯……ですの?」
私は軽く頷き、淡々と告げる。
「一着につき、銀貨三枚です」
「……高くありません?」
侍女が、思わず声を漏らし、ご婦人方が目を見合わせる。
当然だ。
王都の洗濯代の、倍以上。
私は、にこりと笑った。
「ええ。
でも――“布の疲れ”まで洗い流せるのは、うちだけですよ?」
ご婦人の目が、細くなる。
「……やってみなさい」
(はい、賭け成立)
私は、布に手をかざす。
いつもの洗濯と違う。
この一着に魔力を込める。
「……きらきらりん☆」
一瞬。
本当に、一瞬。
*
「…………」
沈黙。
次の瞬間。
「……嘘」
「……ちょっと、あなた」
「……この色……!」
くすんでいた布が、深く、艶やかに息を吹き返す。
レースは空気を含み、
刺繍は光を拾い、
縫い目一本一本が、誇らしげに浮かび上がる。
――新品?
違う。
新品以上だ。
「……ねえ」
ご婦人が、震える声で言った。
「このドレス……
こんなに美しかったかしら?
あなた……何をしたの?」
私は首をかしげる。
「洗濯ですけど?」
「洗濯で、これはおかしいわよ!!」
――はい、来ました。
***
こうして、午前中は洗濯。
午後は、なぜか相談会になった。
「洗濯屋様……最近、顔色が……」
「夜、眠れなくて……」
「疲れが取れませんの……」
(あー……)
私は、前から思っていたことを実行することにした。
(そう。布が洗えるなら――
人も、いけるよね?)
「……お顔も、洗いましょうか?」
一瞬の沈黙。
「……え?」
「試します?」
「え、ええ。お願いしますわ」
ご婦人は、目を閉じて顔を突き出す。
睫毛は小さく震えているけど――覚悟を決めた表情。
そう。
女は美のためなら、どんな困難も乗り越えられるのだ。
私は、軽く手をかざす。
「……きらきらりん☆」
淡い光。
数秒後。
「…………」
「………………」
「………………あら?」
そして――
「きゃああああああ!!」
悲鳴ではない。
勝利の雄叫びだ。
「肌が!!」
「張りが!!」
「くすみが!!」
――こうして。
洗濯屋きらりの副業、
《美顔洗濯》が爆誕した。
◆
そして始まった、
《美顔洗濯》――初回限定、銀貨一枚。
結果は、言うまでもない。
午前:洗濯
午後:美顔
夜:紹介状の山
ほんの一週間。
口コミは王都最速で回った。
「奥様が十歳若返りまして」
「娘が突然、三件縁談を……」
「夫が、やたら優しくなりまして……」
――そう。
女を制す者は、社交界を制す。
社交界を制す者は――
政治も、金も、噂も、自然と転がり込んでくる。
「洗濯屋様……ぜひ我が家と」
「後援を……」
「今後とも、懇意に……」
街を歩けば、
「洗濯屋様!」
「洗濯屋様だ!」
馬車の窓が開き、
貴族が身を乗り出す。
私は、ふと空を見上げた。
――数か月前。
城の前で、泥水をかぶった私がいた。
今は?
王都は、私を追放しない。
むしろ、頭を下げる。
……ねえ、これ。
完全に、立場――
逆転してない?




