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第十二話 洗濯屋、王都に進出する

王都に――戻ってきてしまった。


しかも今回は、王様の呼び出しではなく。


「……洗濯屋として」


ポチの背から降りながら、私は小さく呟いた。


城は出た。

王様の要請も断った。


でも――。


そう。これは――王都に再び来ると決めた、一月前の話だ。



カラル村の集会場は、夕方になると少しだけ騒がしい。


飛竜便から降ろされた麻袋が積み上がり、

村人たちが慣れた手つきで仕分けをしている。


「王都便、これで四回目だよ」

「もう倉庫も限界だねえ」


……見ていて、正直、少し引いた。


「……ねえ、これ」


私は山のような麻袋を指さす。


「完全に、キャパ超えてません?」


マルタさんが苦笑いを浮かべた。


「うん。正直に言うとね……もう、無理」


即答だった。


「飛竜も疲れてるし、村の倉庫も限界。

 これ以上増やすと、どこかが壊れる」


マイクさんも腕を組む。


「王都の洗濯物は、量も質も桁違いだな。

 ドレスなんて、飛竜で運ぶ前提じゃねえ」


……だよね。


レース。刺繍。フリル。

何重にも重なった布。


あれを洗濯板で洗っている王都の侍女さんたちの姿が、

勝手に頭に浮かんでしまった。


(……地獄では?)


「断る、って選択肢は?」


マイクさんが、念のためという口調で言う。


私は、首を振った。


「無理です」


これも即答。


「もう、予約は三か月先まで埋まってますし。

 今さら断ったら、逆に恨まれます」


「だよねえ」


マルタさんが深く頷く。


「洗濯って、生活の根っこだもの」


……そう。


生活。


そこで、ふと気づく。


(あれ?)


これって――

魔王とか、聖女とか、関係なくない?


「……あ」


私は、ぱんっと手を打った。


「拠点、移しましょう」


集会場が、しん、と静まり返る。


「……王都に?」


マルタさんが目を丸くした。


「はい。地産地消みたいなやつです。

 王都で生まれた洗濯物は、王都で洗うのが一番じゃないですか?」


「でもよ、きらりちゃん」


マイクさんが、少しだけ声を落とす。


「王様のお膝元だぞ」


「承知してます」


私は、ちゃんと頷いた。


「でも、洗濯屋きらりはお客様第一。

 ホワイト企業を目指します。

 だから、飛竜も、村人も、侍女さんも――絶対に過労死させません」


……一瞬、沈黙。


マイクさんが、苦笑いする。


その顔を見つめていると――

ふと、ちょっぴり甘い記憶がよぎった。


あの日。王都から帰った夜。

火を囲んで、私たちが夜通し話したときのこと。


私が三徹残業の末に過労で倒れて、

そのまま死んで、この世界に来たこと。

女神から「きらきら」ギフトをもらったこと。


「……無茶、するなよ」


叱るみたいで、でも――

どこか心配してくれているみたいな声。


あの夜、私たちはずっと話した。


私の前世の話。

働いて、働いて、眠れなくなって、

それでも「まだ大丈夫」って言い聞かせていたこと。


私は、ポチの頭をなでながら

――本当は”癒し”が欲しかった話もした。


そして、彼の過去の話。

騎士団長として剣を握っていた頃のこと。

守れなかったもののこと。

聖女の異世界召喚に真っ向反対して、王様に追放されたときのこと。


「――つい、その場で騎士団長の地位も返上しちまってな。

 そのままカラル村に帰って、オヤジの後を継いだってわけよ」


「ふふふ……マイクさんも、そんなふうに怒るんですね?」


私がいたずらっぽく微笑むと、彼は鼻を掻いた。


「いや、だってよ。

 俺たちの世界の問題は、俺たちで解決すべきだろ?」


「……うん。まあ、そうかも知れないけど。

 私ももう、カラル村の一員ですよ?」


「違いねえ!」


ふたりで笑い合う。


「あの……初めて会ったときのこと、覚えてますか?」


「……ああ。忘れたことはねぇよ」


「……もしかして、私のこと、気付いてました?」


「……なんとなくな。

 聖女の衣でとぼとぼ歩いてる別嬪さんがいりゃあ、そりゃあな」


「そっか。そなんだ」


胸が熱くなって、私は炎をじっと見つめた。


私――最初から、この人に出会う運命だったのかも……。


気づけば、夜が白み始めていた。


こんなに長い時間、男の人と二人きりで話したのは初めてだった。


私はと言えば、胸の奥が落ち着かなくて、

鼓動が少し早かったけれど――


彼は終始、一定の距離を崩さなかった。


近づきすぎず、でも遠くもない。


私が寒そうにすると、何も言わずに毛布をかけてくれて。

私が言葉に詰まると、急かさず待ってくれて。


――それが、妙に心地よかった。


距離は、確実に縮んだと思う。


でも――

当たり前みたいに、何も起きなかった。


触れることも、

甘い言葉も。


……でも、でもだよ。


こんな美少女が隣にいて、

一晩中一緒に過ごして、

何も起きないって――


(乙女小説なら、ここで何か起きるよね?)


……起きなかった。


マイクさんは、そういう人なんだ。

テンプレみたいなことは、しない。


でも、あの仕草。

あの眼差し。


大切にしてくれてるのは、ちゃんと伝わってくる。


今は、それでいい。


そう思って、私はこっそり頬を熱くしていた。

そんな、ちょっぴり甘い記憶――。


「ははは!」


マルタさんの豪快な笑い声で、現実に引き戻される。


……やばい。

私、ずっと彼のこと見つめてた。


きょとん、としたマイクさんから慌てて目を逸らす。


絶対、変な子だと思われてるよぉ……。


「いいじゃない! 聖女様らしい決断だよ!」


マルタさんが笑いながら言う。


「よしっ。そうと決まれば準備だよ!」


村のみんなの拳が上がり、さっと動き出した。


「よし、こっちの準備は任せろ」

「おう、倉庫の整理はきらゴブと俺たちでやる!」

「王都の物件、誰か知り合いいないか?」


……早い。


決断から行動までが、早すぎる。


……いや、ほんとに。


異世界人は、逞しい。

 

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