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第十一話 王都凱旋、洗濯屋は首を振る

王都は、相変わらずきらびやかだった。


高い城壁。

整えられた石畳。

人、人、人。


――ただし。


私はポチの背中で王都の空を進みながら、乾いた笑いを浮かべた。


「……視線、すごい」


「おうおう、こりゃすげーな!」


マイクさんがガハハと笑う。


下から指をさされる。

口を押さえて呆然とする人。

ひれ伏しかける人までいる。


「飛竜……?」

「聖女様だ……!」

「後ろにいるのは誰だ……聖女様の守り手?」


うん。まあ、そうなるよね。


私はポチに一声かけ、城の尖塔をぐるりと回った。


どこに降りようか――と考えた、その時。


「聖女殿! こちらへ!」


聞き覚えのある声。


騎士レオンだ。


真っ直ぐな声。

勇者も騎士も、いい人なんだよね。

……やっぱり嫌いにはなれない。



城の中庭に降り立つと、そこには見覚えのある顔ぶれが揃っていた。


王様。

勇者アレン。

騎士レオン。

大神官。


……全員、気まずそうだ。


「――久しいな、聖女よ」


最初に口を開いたのは王様だった。


私は翼を畳んだポチから降り、一礼する。


「お久しぶりです」


それだけ。


礼として頭は下げた。

でも、心までは下げていない。


勇者アレンが居心地悪そうに咳払いをした。


「あ、あの……その……」


騎士レオンは、私をまっすぐ見て静かに言った。


「……ご無事で、何よりです」


その言葉に、ほんの少しだけ胸が緩む。


「よお。久しぶりだな」


(……久しぶり?)


私は眉を寄せて振り向く。

ポチの背からマイクさんが降り立った。


――その瞬間。


中庭がざわついた。


「な、なんと!

 これは前騎士団長――マイク様ではありませんか!」


(――っ!)


驚きすぎて、私の思考が完全に止まった。


マイクさんは私を見ると、片目をつむる。


(ちょ、ちょっと。聞いてないんですけど!?)


騎士レオンは膝をついた。


「マイク様――

 このレオン、団長の代わりに騎士団をお守りしていました。

 お戻り頂けるのでしょうか?」


「そいつは――王様次第だな」


私の隣で、マイクさんがギロリと王を睨む。


(え……ええ? どういうこと?)


「マイク、息災で何よりだ……」


マイクさんは返事もしない。


「ご、ごほん……それでだ」


王様はマイクさんから目を逸らし、咳払いをひとつ。

話を切り出した。


「聖女殿。そなたの力、王都にも届いておる。

 空を駆け、魔物を鎮め、民の暮らしを支える力――」


私は黙って聞く。


「今こそ、聖女殿の力が必要なのだ」


王様は両手を広げた。


「勇者パーティに加わり、魔王討伐に力を貸してほしい」


――来た。


私は少し考える素振りをしてから、首をかしげた。


「……その前に、一つよろしいでしょうか?」


「うむ? 申してみよ」


王様が頷く。


私は、視線で王の目を射抜いた。


「……謝罪は、ないんですか?」


中庭が、静まり返った。


王様は一瞬だけ目を細め――

すぐに、何事もなかったかのように言った。


「過去の判断について、今ここで論じる必要はあるまい」


……あ、そう。


私は、ふう、と小さく息を吐く。


「わかりました」


「おお、わかってくれたか――」


私はにっこり笑い、王の言葉を遮った。


「じゃあ、お断りします」


「――な……に?」


王様の声が低くなる。


勇者アレンが目を見開き、

騎士レオンは一歩踏み出しかけて、止まった。


マイクさんは両手を広げ、肩をすくめる。


「私」


はっきりと言う。


「聖女じゃなくて、洗濯屋なんで」


「……洗濯屋、だと?」


「はい」


胸を張る。


「洗濯して、掃除して、修理して。

 生活を回すのが仕事です」


「魔王討伐は?」


「専門外です」


即答だった。


「それに」


私は少しだけ視線を落とす。


「私は追放されたとき、

 もう聖女の義務から解放されたんです」


王様の眉が、ぴくりと動いた。


「私を解放したのは王様なのに――

 今さら必要だと言われても……ね?

 洗濯なら、謹んで受けさせて頂きますけど」


勇者が吹き出しかけ、慌てて口を押さえる。

騎士は、口元をわずかに緩めた。


「王城のカーテン、だいぶくすんでましたよ?」


「……」


「玉座の裏も、埃溜まってました」


「……」


沈黙。


やがて、王様が低く言った。


「……聖女よ」


「洗濯屋です」


ぴしっと訂正する。


「そなたは、本当に……変わったな」


「ええ。おかげさまで」


私はポチの方へ目を向けた。


「でも、今のほうが、楽しいです」


すると騎士レオンが焦ったように口を開く。


「マイク様、何かお口添えを!」


「ああ? 俺?

 口添えなんかするもんかよ」


マイクさんが吐き捨てるように言った。


「俺も王様から追放された身だからな。

 異世界人の召喚に反対してクビにされたんだ」


思わず彼を見上げる。


(え? マイクさんが……私の召喚に反対を……?)


「そもそも可哀想じゃねぇか。

 何の関係もねえ世界に、わけもわからず連れて来られて、魔王を斃せ?

 そんなの無理筋だろ?」


彼は、王を睨んだまま続ける。


「俺は今の生活が気に入ってんだ。

 誰かの都合で出てけ、帰れ?

 そんなのに耳を貸す必要は毛ほどもないね」


「マ、マイクさん……!?」


「さあ、きらりちゃん。帰ろう」


私を“聖女”じゃなく、ただ名前で呼ぶ、その声。


胸が熱くなる。


私は呆然とする王様へ、もう一度だけ頭を下げた。


「ご用件がそれだけでしたら、私はこれで失礼します」


踵を返す。


背後から、勇者の声が飛んだ。


「……すまなかった!

 僕たちで、なんとかしてみせるから――

 見ていてくれ!」


勇者様、悪い人じゃない。

でも――私は決めた。


洗濯屋として、生きるって。


私はマイクさんと一緒にポチの背へ乗る。


「帰ろう」


翼が広がる。

王都の空が、遠ざかっていく。


「きらりちゃん、やるじゃねえか!」


私は振り向いて、マイクさんをちょっとだけ睨む。


「お、おう」


「それよりも……。

 後で、詳し~く聞かせて頂きますからね?」


「おおう……すまねえ。

 隠すつもりはなかったんだ。

 ちゃんと話すからよ、そう怒るなよ」


彼はまた、鼻をぽりぽりと掻き、

私は、ふんっと前を向く。


けれど――心はぽかぽかしていて、

きっと耳まで赤くなってる。


心臓の音も、バレてしまわないか心配だった。


けれど――

今日、私の中ではっきりしたこと。


それは。

洗濯屋は――

もう、誰かの都合では生きないってこと。

 

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