第十一話 王都凱旋、洗濯屋は首を振る
王都は、相変わらずきらびやかだった。
高い城壁。
整えられた石畳。
人、人、人。
――ただし。
私はポチの背中で王都の空を進みながら、乾いた笑いを浮かべた。
「……視線、すごい」
「おうおう、こりゃすげーな!」
マイクさんがガハハと笑う。
下から指をさされる。
口を押さえて呆然とする人。
ひれ伏しかける人までいる。
「飛竜……?」
「聖女様だ……!」
「後ろにいるのは誰だ……聖女様の守り手?」
うん。まあ、そうなるよね。
私はポチに一声かけ、城の尖塔をぐるりと回った。
どこに降りようか――と考えた、その時。
「聖女殿! こちらへ!」
聞き覚えのある声。
騎士レオンだ。
真っ直ぐな声。
勇者も騎士も、いい人なんだよね。
……やっぱり嫌いにはなれない。
*
城の中庭に降り立つと、そこには見覚えのある顔ぶれが揃っていた。
王様。
勇者アレン。
騎士レオン。
大神官。
……全員、気まずそうだ。
「――久しいな、聖女よ」
最初に口を開いたのは王様だった。
私は翼を畳んだポチから降り、一礼する。
「お久しぶりです」
それだけ。
礼として頭は下げた。
でも、心までは下げていない。
勇者アレンが居心地悪そうに咳払いをした。
「あ、あの……その……」
騎士レオンは、私をまっすぐ見て静かに言った。
「……ご無事で、何よりです」
その言葉に、ほんの少しだけ胸が緩む。
「よお。久しぶりだな」
(……久しぶり?)
私は眉を寄せて振り向く。
ポチの背からマイクさんが降り立った。
――その瞬間。
中庭がざわついた。
「な、なんと!
これは前騎士団長――マイク様ではありませんか!」
(――っ!)
驚きすぎて、私の思考が完全に止まった。
マイクさんは私を見ると、片目をつむる。
(ちょ、ちょっと。聞いてないんですけど!?)
騎士レオンは膝をついた。
「マイク様――
このレオン、団長の代わりに騎士団をお守りしていました。
お戻り頂けるのでしょうか?」
「そいつは――王様次第だな」
私の隣で、マイクさんがギロリと王を睨む。
(え……ええ? どういうこと?)
「マイク、息災で何よりだ……」
マイクさんは返事もしない。
「ご、ごほん……それでだ」
王様はマイクさんから目を逸らし、咳払いをひとつ。
話を切り出した。
「聖女殿。そなたの力、王都にも届いておる。
空を駆け、魔物を鎮め、民の暮らしを支える力――」
私は黙って聞く。
「今こそ、聖女殿の力が必要なのだ」
王様は両手を広げた。
「勇者パーティに加わり、魔王討伐に力を貸してほしい」
――来た。
私は少し考える素振りをしてから、首をかしげた。
「……その前に、一つよろしいでしょうか?」
「うむ? 申してみよ」
王様が頷く。
私は、視線で王の目を射抜いた。
「……謝罪は、ないんですか?」
中庭が、静まり返った。
王様は一瞬だけ目を細め――
すぐに、何事もなかったかのように言った。
「過去の判断について、今ここで論じる必要はあるまい」
……あ、そう。
私は、ふう、と小さく息を吐く。
「わかりました」
「おお、わかってくれたか――」
私はにっこり笑い、王の言葉を遮った。
「じゃあ、お断りします」
「――な……に?」
王様の声が低くなる。
勇者アレンが目を見開き、
騎士レオンは一歩踏み出しかけて、止まった。
マイクさんは両手を広げ、肩をすくめる。
「私」
はっきりと言う。
「聖女じゃなくて、洗濯屋なんで」
「……洗濯屋、だと?」
「はい」
胸を張る。
「洗濯して、掃除して、修理して。
生活を回すのが仕事です」
「魔王討伐は?」
「専門外です」
即答だった。
「それに」
私は少しだけ視線を落とす。
「私は追放されたとき、
もう聖女の義務から解放されたんです」
王様の眉が、ぴくりと動いた。
「私を解放したのは王様なのに――
今さら必要だと言われても……ね?
洗濯なら、謹んで受けさせて頂きますけど」
勇者が吹き出しかけ、慌てて口を押さえる。
騎士は、口元をわずかに緩めた。
「王城のカーテン、だいぶくすんでましたよ?」
「……」
「玉座の裏も、埃溜まってました」
「……」
沈黙。
やがて、王様が低く言った。
「……聖女よ」
「洗濯屋です」
ぴしっと訂正する。
「そなたは、本当に……変わったな」
「ええ。おかげさまで」
私はポチの方へ目を向けた。
「でも、今のほうが、楽しいです」
すると騎士レオンが焦ったように口を開く。
「マイク様、何かお口添えを!」
「ああ? 俺?
口添えなんかするもんかよ」
マイクさんが吐き捨てるように言った。
「俺も王様から追放された身だからな。
異世界人の召喚に反対してクビにされたんだ」
思わず彼を見上げる。
(え? マイクさんが……私の召喚に反対を……?)
「そもそも可哀想じゃねぇか。
何の関係もねえ世界に、わけもわからず連れて来られて、魔王を斃せ?
そんなの無理筋だろ?」
彼は、王を睨んだまま続ける。
「俺は今の生活が気に入ってんだ。
誰かの都合で出てけ、帰れ?
そんなのに耳を貸す必要は毛ほどもないね」
「マ、マイクさん……!?」
「さあ、きらりちゃん。帰ろう」
私を“聖女”じゃなく、ただ名前で呼ぶ、その声。
胸が熱くなる。
私は呆然とする王様へ、もう一度だけ頭を下げた。
「ご用件がそれだけでしたら、私はこれで失礼します」
踵を返す。
背後から、勇者の声が飛んだ。
「……すまなかった!
僕たちで、なんとかしてみせるから――
見ていてくれ!」
勇者様、悪い人じゃない。
でも――私は決めた。
洗濯屋として、生きるって。
私はマイクさんと一緒にポチの背へ乗る。
「帰ろう」
翼が広がる。
王都の空が、遠ざかっていく。
「きらりちゃん、やるじゃねえか!」
私は振り向いて、マイクさんをちょっとだけ睨む。
「お、おう」
「それよりも……。
後で、詳し~く聞かせて頂きますからね?」
「おおう……すまねえ。
隠すつもりはなかったんだ。
ちゃんと話すからよ、そう怒るなよ」
彼はまた、鼻をぽりぽりと掻き、
私は、ふんっと前を向く。
けれど――心はぽかぽかしていて、
きっと耳まで赤くなってる。
心臓の音も、バレてしまわないか心配だった。
けれど――
今日、私の中ではっきりしたこと。
それは。
洗濯屋は――
もう、誰かの都合では生きないってこと。




