第十話 使者の来訪、そしてポチ出動
空を飛び交う、飛竜たち。
「はいはい、王都便はこっちー!」
「麻袋、落とすなよ!」
広場では、
王都から戻った飛竜が麻袋を降ろし、
村人たちが手際よく仕分けを始めていた。
「これは仕立屋通りだな」
「こっちは宿屋街!」
きらゴブたちは、
小さな体でせっせと荷を運び、
馬車の横に荷を積み上げていく。
今では、すっかり“当たり前”になった光景だが。
――そう。これは、ひと月前のことだ。
森からやってきた、
痩せ細ったきらゴブたちは、
黄色い目をきらきらと輝かせていた。
「……ねえ、マイクさん」
私は、その様子を眺めながら、そっと聞いた。
「きらゴブたち、
あれ……仕事したがってません?」
「だな」
マイクさんは、腕を組んで頷く。
「腹、減ってたんだろうな。
略奪しなくなった分、飯に困ってたんだ」
「……」
なるほど。
「え、それってつまり……」
私は、きらゴブたちを見つめる。
「私、生態系、
壊しちゃった可能性あります?」
「ははは」
マイクさんは、あっさり笑った。
「生態系ってのは、よくわからんがな。
そうかもしれんし、そうじゃねえかもしれん」
「雑すぎません?」
「だがな」
彼は、
荷運びを終えて満足そうなきらゴブを見やる。
「今は“仕事”がある。
それなら、悪くねえだろ」
……確かに。
最初、村人たちは怖がっていた。
「近付くな!」
「ゴブリンだぞ!」
でも――
「おい、きらゴブ!
こっちの馬車も頼む!」
「ギギッ!」
すっかり戦力扱いだ。
きら狼たちも、
いつの間にか馬車の前後を歩くようになっていた。
「……あの狼たち」
私が言うと、
「餌が出るって気付いたな。
護衛代、ゼロだ」
マイクさんが即答する。
「ばっちり、コスト削減だ」
(てか、異世界人、逞しすぎません?)
「……マイクさん。
みんな、順応力高すぎません?」
思わずツッコむと、
マイクさんは肩をすくめた。
「生きるのに必死だと、順応も早い」
今や――
きらゴブ、きら狼、村人の共同作業は、
カラル村の名物になっていた。
「見学ですか?」
「王都から?」
観光客まで来る始末だ。
高名だというテイマーが訪ねてきたこともある。
「狼のテイムには前例がありますが……
ゴブリンは、聞いたことがありません。
ましてや、竜をこの数……」
彼は、空を見上げて絶句した。
「……歴史上、前例がありません」
「え、そうなんですか?」
私は、首をかしげる。
「ただ洗濯してるだけなんですけど……」
「ぜひ、弟子入りを!」
即座に断った。
「無理です!」
「なぜ!?」
「だって、私……」
私は、干し場の方を指差す。
「洗濯屋ですし。
“きらきらりん☆”って言ってるだけですし。
教えられること、何もないです」
テイマーは、頭を抱えた。
「……世界は、広い……」
私は、今日も思う。
(異世界転生って、
こんなはずじゃなかったんだけどなあ……)
でも――
広場は賑やかで、
みんな、ちゃんと笑っている。
まあ、いっか。
*
そんな日常が、当たり前になりかけていた――
そのとき。
「……聖女きらり殿」
豪奢な馬車から降りた、王都からの使者が、
恭しく頭を下げた。
(王様の使者ね……)
私は、はっきり言い放つ。
「いえ、洗濯屋きらりです」
「……」
「洗濯屋きらりです」
「……では、洗濯屋きらり殿」
――よし、勝った。
心の中で、ガッツポーズを決める。
「王より、正式な呼び出しが」
……来た。
これだけ目立てば、
そりゃ、そうだよね。
私は、ポチの首を、ぽん、と叩いた。
「……行こうか」
用意された馬車を、ちらっと見る。
「こちらへ」
使者が促す。
私は、にっこり笑った。
「結構です。
王様の世話にはなりません」
がはは、とマイクさんが笑う。
「きらりちゃん、俺も行っていいかな?
ちょっと、王様には因縁があってな」
私は、目を丸くした。
……やっぱり、
マイクさん、ただの村長じゃない。
「もちろんです。
マイクさんも、ご一緒に」
二人で、ポチにまたがる。
背後のマイクさんの体温が、
ちょっと近くて、むずむずする。
「あら、案外お似合いじゃない?」
マルタさんが、にやりと笑った。
(や、やめて……)
洗濯屋きらりの右腕がマイクさんなら、
左腕は、マルタさん。
「ちょっ、マルタさん!」
マイクさんは、豪快に笑う。
「ははは!
きらりちゃんは、
こんなおっさん相手にしないよ!」
(お願い! ふたりとも、やめて~~~!)
私は、余計に真っ赤になった。
そうだ、出発出発。
「ポチ。行くよ!」
翼が広がり、空へと舞い上がる。
手を振るマルタさんと総出の村人たちに、
マイクさんと一緒に手を振り返す。
「王都か……。
俺たちが出会った時のこと、思い出すな」
振り返れば、白い歯を見せてにっと笑うマイクさん。
そうだ。
今度は追放された聖女じゃなくて――
招待された洗濯屋として。
だって、異世界の洗濯屋は――
空も飛んじゃうんだから!




