第一話 転生聖女と、雑女神の謎ギフト
その日は、三徹目だった。
正確に言うと、
一徹目で「まあ、いける」
二徹目で「まだ大丈夫」
三徹目で「……あ、これ死ぬやつだ」と悟った――その瞬間だった。
キーボードの上に、こつん、と額をぶつけた感触までは覚えている。
それから先は――真っ白だ。
――いや、白すぎる。
「おめでと~! あなた、転生聖女よ!」
ぱちぱち、と、やたら軽い拍手の音。
目を開けると、そこは雲の上……というより、
とにかく、キラキラした空間だった。
床も、壁も、空気まできらきらしている。
目が痛い。
そして、正面には――
「えっと……どちらさまですか?」
「女神で~す☆」
ドレスの胸を張って答えたのは、
全身がやたら派手に光っている女性だった。
ドレスは金。髪も金。背景も金。
笑顔は満点。でも軽い。とにかく軽い。
「……女神?」
「そ! あなた、過労でポックリいっちゃったから~。異世界転生、決定~☆」
「いや、ちょっと待ってください」
思わず、手を上げる。
「……え、私、死んだんですか?」
「うん☆」
即答だった。
しかも悪びれもせず、
「やっちゃったね☆」と言わんばかりの顔である。
いちいち語尾に☆がつくのが、地味にうざい。
(……えっと、うわ、会議の資料どうしよう……。
あ、もうそんなの気にしなくていいってこと?)
どうやら、私は社畜、独身、彼氏なしのまま、
本当に死んでしまったらしい。
ああ、可哀想な私。
週末の乙女小説と猫カフェぐらいしか楽しみの無い人生だった……。
さよなら、ポチ。
あ、実際にはポチを飼ってはない。
もしペットを飼ったら、犬でも猫でもポチと名付けるつもりだったから。
私は覚悟を決めて、問いかけた。
「……これって、転生……ってやつですか?
でも一応、人としての寿命とか、あるんじゃ……」
「大丈夫大丈夫!
前世の残りの寿命分、エクストラクション済みだから☆」
「えくすとら……?」
――つまり、本来生きるはずだった分は、
ちゃんと転生後に回してあるってこと?
「それに――徳ポイント☆
いっぱい溜まってたよ~?」
え? 人生ってポイント制だったの?
普通に怖いんですけど……。
確かに、たまの休みにデパートへ行けば迷子の子の親を探し、
駅の階段ではお年寄りをおぶり、
道端では女性が落としたコンタクトレンズを探し、
アパートを出た瞬間には少年と犬を探す羽目になり、
この間なんて、外国人に道を聞かれて浅草寺まで一緒に行った。
……確かに徳を積んでいたといえば、積んでいた。
ただ、トラブル引き寄せ体質だっただけの気もするけど。
「で! あなたは転生聖女☆
世界を救う役割がありま~す!」
一瞬、思考が止まった。
「世界を……救う……?」
――待って。
さっきまで、三徹でキーボードに顔を打ち付けてた社畜ですが?
「そ。だから、ちゃんとギフトもあげるからね☆」
ギフト――
ゲームでいうチートスキルみたいなもの?
それなら……何とか。
ほんの少し、ほっとする。
私の表情を眺めながら、
女神は人差し指を、ぴん、と立てた。
「あなたに授けるギフトは――
私のとっておき!
☆☆『きらきら』☆☆、だよ?」
(は?)
「とっておき? きらきら? 正式名称?」
「うん☆」
満面の笑み。
(いや、ちょっと待って。
どうなってんの、女神のネーミングセンス。
何一つ想像できないんですけど?)
「……え、それってスキルみたいなものですか?
どういう効果が……」
「えーっとねえ……」
女神は少しだけ視線を泳がせてから、
ぱっと笑顔に戻る。
「『きらきらりん☆』って言えば使えるから☆」
(いや、その『☆きゅいん』も私には難しいんですけど……)
「……その☆、外せないんですか?」
「え? 仕様だけど?」
「……。で、効果は!?」
「たぶん、使えばわかるよ☆」
いやいや、ツール渡されて説明書なしって何!?
使えばわかるって、OJTもなし!?
「それに、制約とか!
対象とか!
クールタイムとかは!?」
「うーん……大丈夫。
なんとかなるなる☆ たぶん!」
(た、たぶん?)
――この女神、だいぶ雑だ。
絶対に、雑だ。
「ちょっと待ってください!
世界を救うなら、せめてもう少し説明を――」
「あ、いっけない☆
もう召喚の儀式始まっちゃってるから~。
じゃあ、行ってらっしゃ~い☆」
次の瞬間。
私の体は、再びまばゆい光に包まれた。
「ちょっ! まだ話――!」
問答無用だった。
最後に見えたのは、
ぱたぱたと手を振りながら、最高の笑顔を浮かべて、
☆きゅいん、とする女神の姿。
――不安しかない。
でもきっと、なんとかなる――たぶん。
こうして転生聖女として召喚された私――
白星きらりは。
不安と希望を胸に、謎のギフト「きらきら」と共に、
とっても雑に、説明不足のまま――
異世界へと投げ出されたのだった。




