第62話 黒狼さまとダンジョン③警告
『地下52階か。ここは海フィールドと言ったな? 次はどんなフィールドなのだ?』
「誰でも手こずると思います!」
『手こずる?』
黒狼は目をパチクリさせてから豪快に笑った。
『我が手こずる? それは楽しみだ』
舌で口の周りを舐める。ものすごく楽しそうに。
『我の強さ、とくと見るが良い』
鼻歌を歌っている。
「絶対苦労すると思いますよ」
わたしは忠告した。
『えらい自信だな?』
「はい、誰にとっても、ものすごく苦労することになるはずです」
わたしは念を押した。
『警告、だと?』
52階にショートカットすると、目の前にステータスボードよりこじんまりしたものが現われ、〝警告〟を促してきた。
もし敵わないと思ったなら「降参」と言うこと、と。
降参と言ったなら、27階に落とされる。つまり、死ぬ前に回避できる魔法の言葉だ。
「わかりました? ダメだと思ったら、そうなる前に降参と言ってくださいね?」
『見くびられたものだ。我が誰に負けると……』
前からのそのそとやってくる。その後ろには……鏡で映したようなわたしと健ちゃんもいた。布団叩きを持つ手が逆だ。
『あれは、我か?』
「当たりです。ここの敵は鏡に映った自分自身です」
自分自身との勝負だ。
「何度でも挑戦できますから、死ぬ前に例の言葉を言ってくださいね。死んだらおしまいです。健ちゃんもだからね」
「わかってるって。ちょっと、ワクワクするな。自分が相手って」
強風が吹いた。黒狼の魔法だろう。
《敵は鏡に映った自分か……。すげーアリスとクマもふたりずつ。そっくりだ》
《利き手が反対だからわかりやすいって言えばわかりやすいですけど》
《話すのかな?》
《どうですかね?》
《お、黒狼のバトルだ》
《早すぎて見えない》
《首に噛みついたのか?》
《いや、回避して。蹴りあった》
《今上なの本物? 敵?》
《わ、わかんねー》
人の戦いを見ているような余裕はなかった。
わたしが切り込んできた。
早い!
すんでのところでよけたけど。
……わたし、なかなかやるじゃん。
それに布団叩きの切れ味良すぎ。袖のところが軽く破けた。皮膚まではいってないけど。
わたしはギュッと布団叩きを握りしめる。
ミラーってどこまでを映し出すんだろう?
力、素早さ、それから思考なんかも同じだろうね。
後ろに飛び退いて息を整えている。持久力がないのも同じだ。
飛びかかって勢いままに切りつけると、避けられた。
やるなー、わたし。
右に避けて、布団叩きを叩きつける。払われる。
すかさず足に向けて攻撃したけど、それも払われる。
今度は向こうから攻撃された。
左からの攻撃は払いやすい。
払う時に一歩下がって、そのまま今度は斬りつけるのではなく突く。
相手がやはり一歩下がったところに、もう一度足を払った。
尻餅をついている。
わたし、一歩下がった時に思いきりがら空きになるんだ。
それから逆手の攻撃が弱い。肘が上がりすぎて視界が狭まっている。
3回以上の打ち合いでもう疲れる。
攻められたかと思った次のターンでは追い込まれる。
これが力が拮抗しているってことなのね。
ちょっと、やばいかも……。
と息をついた時、布団叩きが急に光った。軽くなる。
あ、プペが。
と思った瞬間、左利きのわたしが叫び声をあげる。
獣のような声。そっか、見かけはわたしだけど、魔物だものね。
わたしは布団叩きを撫でる。ありがとう、プペ。
プペがいなかったら勝てなかった。
ちょっと、いや、かなりズルだけど。
健ちゃんは、左手健ちゃんと死闘を繰り広げている。
剣筋見えない。
健ちゃん、強くなったね。
お互い飛び退いて息を整える。
布団叩きが動いた。
わたしは飛び退いた。
わたしが今までいたところに短剣が突き刺さる。
「プペ、ありがと」
「「優梨、大丈夫か?」」
ふたりの健ちゃんに尋ねられる。
「だ、大丈夫」
ふたりは同時に安堵する。
ミラーに映った自分しか、戦いを挑んでこない。
だからってぼーっと見ていた。
ミラーのわたしはわたしがのしたわけだけど、ミラーの健ちゃんは、ミラーのわたしでも、本来のわたし自身でも、関係ないみたいだ。ミラーの健ちゃんには、ミラーのわたしも、わたし自身も、同じ幼なじみの〝優梨〟なようだった。
「「優梨は下がってろ」」
同じタイミングだ。
わたしは3歩下がる。
ミラー健ちゃんも短剣を捨て、体術でのぶつかり合いとなった。
同時に同じ技を繰り出して、阻まれる。それを繰り返す。
ミラー健ちゃんが押したかと思えば、次にはこっちの健ちゃんが押すという具合だ。
ウォーーーーーーーーー!
お腹に響く恐ろしい音。思わず耳を塞いだ。
黒狼だ。お互い向き合って、毛を逆立てた。その毛がピュンと相手に飛んでいく。もしかして、針で刺す的な?
「「優梨!」」
黒狼が弾いた針がわたしに降りかかる。
それをふたりの健ちゃんが、わたしの布団叩きと腰に刺しておいたレイピアを奪って弾いていく。
『大丈夫か?』
心配してくれたのは本物の方。ミラーの黒狼はまたまた吠えた。
ふたりの健ちゃんに助けてもらったわたしを見て、黒狼は呟く。
『そういうことか』
どういうこと?
『ケン、ユーリを連れて走れ、我の魔法が届かぬところまで』
え?
ふたりの健ちゃんに手を取られる。そして全力疾走だ。
な、何が起こってるの?
え、黒狼が膨らんでいる?
象サイズが軽トラサイズになり、トラックになり、三階建ての建物ぐらいに。
ひとりの健ちゃんが手を離した。
「走れ!」
健ちゃんとわたしに言って、自分は黒狼に向かって左手を突き出す。右手はその手首を支える。
「風の防御!」
息を吸い込んだ黒狼が火を吹き出した。
健ちゃんが土魔法で地面に穴を開け、わたしを抱きかかえ穴に飛び込んだ。




