『迷宮』を下る反逆者は、監視者と共に鉱脈への道筋を得る
第二階層の階層主を単騎で降して見せたシェイドは、その後も攻略の速度を落とす事無くサタニシスと二人で『迷宮』内部を突き進んで行く。
第三階層、第四階層と下って行くに従い、出現する魔物も強大なモノへと変化し、こちらは第一階層とは別の意味合いで人気が徐々に無くなりつつあったが、ある意味では既に試し切りを終えてしまっているシェイドや、ついて行くだけではつまらない、と言い出したサタニシスが魔術の使用を解禁した事により、特に苦戦する様な事態になる事も無く、サクサクと歩を進めて行く。
そして、第五階層の階層主であったガーゴイル(動く石像。ゴーレムよりも機敏に動き、空を飛ぶ上に低位の攻性魔術まで行使して来る厄介な魔物)の首を落とし、非生物系の魔物に共通して存在する弱点である核(通常は胸部に存在する。魔石と同じモノである事が多い)を得物で貫いて崩壊させた後、またしても松明の灯りに刃を翳し、刃零れや刀身の歪みが出ていないのかを確認して行くシェイド。
そんな彼へと、それまで活躍出来ていなかった不満を発露させ、第三・第四階層の階層主達を彼から譲り受け、その悉くを自らの強大な魔術によって文字通り『粉砕』して見せたサタニシスが声を掛けて来る。
「…………確か、今片付けたガーゴイルって、冒険者ギルドに貼り出されていた魔物の格付けによると、上級上位のランクになって無かったっけ?
ソレを、碌に反撃させ無かった処か、まず飛び立たせる事すらせずにバラバラに解体しちゃうだなんて、流石にやり過ぎじゃないかしら?ねぇ、シェイド君?」
「………………そう言うサタニシスさんこそ、対魔術用の耐性術式が刻まれた盾を持っていたリビングアーマーの上位種を魔術で粉砕したり、同じく魔術に耐性が在るから物理で削るしか無いハズのゴーレムの変異種であるミスリルゴーレムを無理矢理魔術で灰にしたりしてたじゃ無いですか。
まさか、魔族ならこの程度出来て当然、とか言わないですよねぇ……?」
「………………は、はははははっ、ナンノコトカナァ?
そ、ソレよりも!さっきからソレの刃の部分を見回しているみたいだけど、どうかしたの?もしかして、早速欠けちゃった?
まだ、料金の支払いもして無いのに?」
「いや、流石にソレは無い。
流石は『名工』作の一振り、って処だね。アレだけ硬くて、普通は刃が通らない様な相手に対して、そう言うモノを斬る様に斬った訳じゃ無いにも関わらず、一切の刃零れも無ければ刀身の歪みも曇りも出ていない。
幾らか逸品と呼ばれるモノを目にする機会が在った俺だから断言するけど、コレは中々に『ヤバいブツ』だぞ?」
「…………ふぅん?私、基本的に武器なんて使わないからよく分からないのだけど、ソレってどのくらい『ヤバいブツ』な訳?
比較的分かりやすい例えで言ってくれると、お姉さんとしては嬉しいんだけどなぁ?」
「…………そう、だなぁ……。
コレのヤバさは、下手な素人が雑に扱ったとしても、絶対に刃がへたらないでいつまでも切れ味が持続する上に、確実に使い潰される事も無いだろう点に在る。
だから、下手をしなくても、そこら辺の剣術に対して何の見識も無い様な素人が持って適当に振るっていたとしても、自分が自力で剣聖に至った!と勘違いするだろうレベルのモノだ、と保証は出来るだろうね」
「………………ねぇ?ソレって、もしかしなくても『魔剣』だとか『妖刀』だとかって呼ばれる類いのモノなんじゃ……」
「まぁ、素材的にも、ここまで変質的に『折れず曲がらずへたらず欠けず、その結果長く良く切れる』って方向に注力せずに、何らかの能力を付ける方向で製作していたら、間違いなく『魔剣』って呼ばれたであろう類いのモノであるのは間違いないだろうけど。
妖刀ってヤツに関してはそこまで詳しく無いからアレだけど…………でも、美術品として飾って置いたりだとか、他人に見せびらかして自慢したい、って気持ちになるのは理解出来んでも無い、かな?」
「でも、そうはしないつもりなんでしょう?」
「そりゃあ、まぁ、ねぇ?
俺個人としては、その手のモノはただ飾ってあるよりも、本来の使い方をしてやった方がソレにとっても幸せだろう、って腹だし、何よりまだまだ使う予定だからな。
倉庫で埃を被らせるのも、人目に晒す様な事になるのも、まだまだ先の予定に過ぎないでしょうよ」
そう言って、指で軽く刀身をなぞり、刃に付着していた鉱石の粉や岩石の欠片を払い落とすと、腰に差している鞘へと煌めく刃を納めて行くシェイド。
その姿は一幅の絵画の様でも在り、静謐な立ち振舞いの中に確かに命を殺める力を秘めた存在感は、彼自身が一振りの刃であるかの様にも錯覚させる程に『様』になっていた。
この場に於ける唯一の傍観者であり、かつ彼に対して憎からぬ感情を抱いているサタニシスは、そんな彼の姿を見てほぅっ、と熱い吐息を無意識的に溢して行く。
その熱は自然と彼女の視線にも込められるだけでなく、彼女の振る舞いにも『艶』と言う形で現れており、彼程に強固な理性を持つ者(朴念仁とも言う)でなければ、堪らずに抱きすくめる事となっていてもおかしくは無い程のモノとなっていた。
…………とは言え、そんな彼女の様子を知ってか知らずか、それまでと同じ様に階層主を倒した事で出現した宝箱を破壊する事で仕掛けられている罠を回避し、中身を魔石と共に回収してから一声掛けて階段へと向かって行ってしまうシェイド。
流石にちょっとやり過ぎた!?と慌ててその背中を追い掛けるサタニシスであったが、特別その辺りを気にしていた訳でも無かった彼には階段を降りきるよりも先に追い付く事が出来た為に、共に第六階層へと足を踏み入れる事となったのだが、ソコで二人はこの『迷宮』に挑んでから何度目になるは分からない『予想外の光景』を目の当たりにする事となってしまう。
「…………なぁ、サタニシスさんや?」
「…………なんだい?シェイド君?」
「…………俺の記憶が正しければ、俺達って確か石畳にレンガ造りの壁風味な内装をした『迷宮』に潜ってたハズだったよな?」
「…………うん、そうだね?
私も、そう記憶していたハズだよ」
「………………じゃあ、俺達が今居るのは?」
「………………天然の岩肌と下土が剥き出しになった、むくつけき漢達が集う鉱山、かなぁ……?」
「………………ですよねぇ……」
…………そう、彼らが階段を降りきった先に広がっていた『予想外の光景』とは、突然彼らの目の前に現れた『鉱山内部』としか思えない光景その物であったのだ。
シェイドが述べていた通りに、彼らはつい先程まで何故か人工感がバリバリに感じられる、まるで定規で測って拵えた様に寸法の違わぬ通路と部屋にて構築され、石畳とレンガにて内装を施された『迷宮』を歩いていたハズなのだ。
実際に彼らが背後を振り返れば、そこには上階である第五階層へと続く登りの階段が変わらずに存在する事となっているのだから、間違いや勘違いの類いでは確実に無いハズだ。
しかし、彼らが視線を一度前方へと戻した時に広がっているソレは、天然の岩肌が剥き出しとなった洞窟と下土が剥き出しになった地面。
更にソコに敷かれたレールとその上に乗るトロッコの様なモノに加え、それらを操作していたり、ソコに鉱石やら何やらを積み込んでいるタンクトップにツルハシとヘルメットと言った、むくつけき鉱夫たる漢達の姿であったのだから、驚くな、と言う方がどうかしていると言えるだろう。
呆然としながら前方と後方とを見比べていた二人に対し、偶々通り掛かったらしいツルハシを肩に担いだ厳ついオッサンが、豪快に笑い声を挙げながら二人に声を掛けて来る。
「ガッハッハッハッ!
おう、あんちゃんねぇちゃん。さては、あんたらこの辺り初めてだな?
まぁ、いきなりこうも様子が変われば誰でもビビるか!ガッハッハッハッ!!」
「………………おう、逆三角形過ぎて、人族のオッサンなのか大柄なドワーフなのか、それともゴリラの類いなのか様として知れない推定オッサンよ。
この辺りって、大体こんな感じなのか?上と変わりすぎてないか?」
「おう!大体こんなモンだぞ~。
なんでこんな風になってやがるのかは知らねぇが、ここから下は大体こんな感じだな」
「…………へぇ~。
丸っきり鉱山みたいだけど、なんでこんな処でこんなに大規模な採掘なんてやってるの?
危なくない?」
「そりゃあ、こんな見た目してても『迷宮』の中だからな!普通に魔物も出て来やがるし、暫くしたら罠の類いも復活しやがるから、危ねぇっちゃ危ねぇな?
でも、ここみたいに金属の類いが多く含まれていて、その上で比較的『迷宮』として『壁や床が再生する』って特性を生かす事で幾らでも採れるし崩落の心配が無い、夢みたいな鉱山なんて他にねぇからよ!ここで堀りに掘ってるって訳さ!」
「…………じゃあ、魔物に罠なんかは……?」
「おう!俺達が見付け次第、さっさと片付けちまってるぞ!
そもそも、ここまで来れる連中なんざ、大なり小なり戦えたりソレに準ずる手段を持ってる様な連中ばかりだからな!よっぽどのヤツでも現れねぇ限りは、大体どうにかなっちまうのさ!」
「……へぇ?じゃあ、この辺で採掘しようと思ったら、何処かに許可の申請でもしなくちゃならない、って事だったりするのか?」
「いや?ソイツは無用だな!
俺達は、国の方針で必要な分の採掘をこなすために居るってだけだからな!
自力で降って来た冒険者達の邪魔するつもりはねぇし、する必要もねぇよ!まぁ、手出しされなきゃ、の話だけどな!」
「ふぅん?じゃあ、コレがどの辺で採れるのか、とか知ってたら教えてくれない?アンテライト鉱石、って言うらしいんだけど?」
「……アンテライトぉ……?
おいおい、お前さんら、随分と大層な処から依頼されたらしいな?アンテライトなんて、こんな『浅い』階層じゃ滅多に採れやしねぇぞ?」
「あ、そうなの?
まぁ、依頼人のお爺ちゃんからも、割りと深い場所にしか無いけど~みたいな事を聞いてたけど、そんなに?」
「おう!
アンテライトなんざ、精製してアダマンタイトにする位しか使い途がねぇブツだが、それでもレアなブツに代わりはねぇからな。
ここから更に幾つか降った先に在る、第九階層でなら採れるハズだぞ?だが、行くつもりか?第九階層っつったら、ここの『迷宮』の最先端攻略階層だぞ?」
「まぁ、そこまでは攻略出来た、って事なんだろう?
なら、やってやれない事は無いハズだ。違うか?」
「………………はっ!違いねぇ!
面白れぇあんちゃんとねぇちゃんだ!無事に帰って来られたら、上で一杯奢ってやるよ!
……だから、無茶しねぇで無事に戻って来い。良いな?」
「あいあい、了解~!」
「…………分かったよ、オッサン。
あんたも、無茶すんなよ?」
そう言い残して別れ、それぞれ階層の奥と手前側へと別れて行く三人。
日々の糧の為にツルハシを振るう彼と、目的の為に更に下の階層を目指す二人とが再び出会い、そして約束を果たす事が出来るのかどうか。
それはまだ、もう少し先のお話し、である……。




