反逆者と監視者は、鉱石と獲物を求めてより下層へと足を向けて行く
サタニシスに手を引かれる形で地下都市の中核となっていた『安全地帯』を抜けたシェイドは、彼女と共に第二階層を奥へと目指して進んで行く。
下の階層へと至る階段を探しての行動であり、かつ間近に拠点たる地下都市が存在している事もあり、第一階層とは打って変わって人気に溢れた状態となっており、ある場所では冒険者同士で魔物の取り合いが、とある場所では止めを刺したのがどちらかなのかでいさかいが起き、またある場所では新たな宝箱を前にして歓喜に浸るあまり、背後から近付きつつあった魔物に気が付く事が出来ずにいたりもした。
そんな、彼ら彼女らの悲喜交々な冒険と日々の糧を得る為の活動を横目に、ひたすらに奥へと目指して足を進めて行く二人。
出会う魔物は鎧袖一触に葬り去り、罠は耐久力と回復力にモノを言わせて踏みにじり、強襲してくる冒険者は得物の機能の確認の為に(手加減込みとは言え)叩き伏せられる事となる。
雰囲気からして周辺の冒険者達とは一線を画す、もしかしなくても異質極まりない存在である彼らへと接触を図ろうとする者は、良い意味でも悪い意味でも絶えた頃、二人は目的としていた下りの階層へと到着する事に成功する。
…………そこには、工匠国であり、かつドワーフ族が主な人口の大半を占めるであろう国に相応しく(?)、全身を岩で構築された、文字通りに『生きている岩石塊』である『ゴーレム』の姿が階層主として存在していた。
通常、頭のイカれた魔術師が土属性の高位魔術にて創造するか、もしくは天然の魔力溜まりに浸っていた岩石塊が自然と魔力を帯びて組合わさる事で発生する『ゴーレム』は、いずれの道程を辿ったとしても、生まれる過程で必ず強い魔力を帯びた状態となる。
その為、元々高硬度な岩石によって形作られている身体が、魔力を帯びる事で更なる硬度と強度を獲得すしており、剣や槍と言った斬撃や突きに対して高い耐性を得る事となっているので、通常の打倒方法としては高出力の魔術にて打破するか、もしくはハンマー等を使った打撃にて身体の岩ごと破砕する、と言うモノが攻略手段として確立されている。
とは言え、ソレを実行するのはそこまで容易いモノとは言えない。
確かに、基本的には見上げる程の巨体となる場合が多いし、身体を構成しているモノがモノだけに動きも必然的に鈍いモノになり易い。
…………が、ソレを補って余り在る程に強大なパワーと疲れ知らずな体力を誇り(そもそも魔物に分類されてはいるものの根本的には『無生物』であるが故に体力の概念が存在していない)、その上で長大なリーチと頑強極まる身体にて大概の物理攻撃を弾き返してしまう為に、結局は遠距離から魔術によって削りきるのが常套手段となっているのだ。
そんな中、階段前の広間に到達するよりも先にその巨体を目の当たりにしていたにも関わらず、抜き身の刃を手にした状態にて、ゆっくりとゴーレム目掛けて足を進めて行くシェイド。
一切の気負いや緊張が感じられないその背中には、不思議と見る者に対して安心感を抱かせる『何か』が在るらしく、本来ならばその様な愚行を止めて然るべき立場に在るハズのサタニシスも、不安や恐怖と言ったモノを微塵も抱いている様子を見せずに、ただただ彼の背中を見送る事になっていた。
「…………どう?やれそう?
君の事だから、どうせどうにでもしようと思えば出来るのだろうからそこまで口煩く言うつもりは無いけど、危なくなったら直ぐに対処するのよ?
でないと、お姉さん泣いちゃうからね?」
「……あぁ、流石に、俺も痛い目には進んで遇いたくは無いからな。例えそれが、放置しておけば勝手に治る類いのモノであったとしても、わざわざ負傷しなきゃならない理由は無いんだから、ヤバくなったら直ぐにでも、魔術を使うなり何なりと上手いことやるさ」
そう言い残し、サタニシスと肩越しに交わらせていた視線を解くと、抜き身のままで携えていた刃を緩く構えてゴーレムへと突っ込んで行くシェイド。
まるで、瞬間移動でもしたかの様なその踏み込みに、基本的に『壊れない』と言われている『迷宮』の石畳が、彼の踏み込みに合わせて割れ砕け、一歩踏み出す毎にまるで爆発しているかの様に周辺へと飛び散って行く。
その光景を、『迷宮』攻略のマナーとして、先に階層主と戦闘を始めているパーティーが居た場合は救援を求められる迄は手出しせずに待機する、と言うモノが在り、ソレを律儀に守って遠目に観戦していた冒険者達が己の目を疑い始めたその矢先。
彼がそうして急速に移動した事により、周辺へと飛び散った破片の一つが直撃した為に彼の事を『排除すべき敵』であると認識したらしいゴーレムが、どうにか頭部に見えなくもない、と言う部分に嵌まる単眼を赤く煌めかせながら、それまで脱力していた様にも見えた体勢を整えると、彼がいるのであろうと予測された場所へと、その巨大な拳を振り下ろして叩き付けて行く。
………………すると…………
ゴバギャバァアンッ!!!
…………と言う、どうにも言語化するのに苦労しそうな、岩の塊と強固な金属を強烈に衝突し合わせた様な騒音が、閉鎖空間である『迷宮』内部へと激烈に響き渡って行く。
剰りにも大きく、かつ耳をつんざく騒音であった為に、彼の戦いを覗き見しようとしていた冒険者だけでなく、その近辺にて活動に勤しんでいた冒険者達もが等しく耳を覆ってその場に膝を突く羽目になったのだが、そんな中でただ一人、顔をしかめるだけで耳を覆う事すらせずに彼の戦いを見届けようとしていたサタニシスの視界の中にて、振り下ろされていたゴーレムの拳が不自然に上がって行く光景が映り込んで来た。
…………そう、ゴーレムが振り下ろした拳を、手にしていた得物の側面にて受け止めて見せたシェイドが、自らの身体能力を以てして、大質量超重量を誇るゴーレムの拳を受け止めて見せただけでなく、あまつさえ押し返して見せていたのだ。
自らが押されている、と言う事を理解したらしいゴーレムが、身体の各所を軋ませながら更に出力を上げて彼の事を押し潰そうとしてくる。
が、ソレを察知したシェイドが、それまで寝かせていた刃を反してゴーレムの拳に対して突き立て、擦れ違う様にして銀色に煌めく刃を走らせる。
すると、まるで熱したナイフでバターを切り分けようとしているかの様に、特に抵抗感を見せる事無く拳に刃が滑り込んで行き、完全に位置を入れ換える形で擦れ違って肘の処から再びその姿を現すまで、あたかも刃が消滅したのでは無いか?との感想を抱かせる程の自然さにてゴーレムの身体を切り裂いてしまう。
流石に、刃渡りの関係で真っ二つ、とは行かなかったものの、それでも腕に大きな損傷を受けてしまうゴーレム。
その左腕は、縦に切り裂かれてしまっている為に、分断されたパーツが地面へと落下する事は辛うじて起きてはいなかったが、それでもなんの修復も無しに再度使用する事は叶わないであろう事は、容易に予想する事が出来ていた。
急に身体の重心が狂ってしまっただけでなく、自らの攻撃手段を一つ失ってしまったゴーレムは、元より余り鋭くない動作を更に鈍いモノへと変化させてしまい、自らの左側へと抜けて行ったシェイドへと対してノロノロと右の腕を伸ばして捕まえようと試みて来る。
だが、当然の様に彼もソレを素直に受け入れて掴まれてやるハズも無く、逆に背面へと回り込んで膝裏から刃を突き込み、横方向に振り抜きながら上下に動かして確実に膝関節を破壊して行く。
ソレを原因として、今度は右膝を失ったゴーレムが、またしても周囲に対して轟音を立てながら地面へと膝を突き、元々鈍重であった動作を更に鈍らせる事となってしまう。
流石に、そこまでやってしまえば後に躊躇う要素は残されておらず、特に警戒する素振りも見せずに手にした刃を縦横無尽に振り回し、あっと言う間に見上げる程の巨体を誇っていたゴーレムを文字通りに『解体』してしまう。
そうして倒されたゴーレムの身体は、他の魔物と同様に溶ける様にして『迷宮』へと吸収されて行ってしまっているが、それまでに遭遇した魔物のソレとは異なる大粒の魔石を落とすと同時に、比較的装飾の少ない宝箱をその場に残して完全に消滅してしまう。
ソレを見届けてから、松明の灯りに得物を翳して確認している彼の元へと、サタニシスが近付いて行く。
「はい、お疲れ様。
ソレで?どうだった?試し切りには、アレで足りたのかな?」
「………………う~ん、まぁ、一応?
最低限、魔力が込められたモノに対抗する為にこっちも魔力を流し込んだりはしたけど、ソレを加味しないで考えれば、一応の合格ラインの検証は出来てる、と思う。
まぁ、ぶっちゃけた話をしちゃえば、ゴーレムバラバラに出来ちゃってる時点でヤバい切れ味してるのは確定だからね。ある程度抵抗は在ったけど、でもコレ程度が切れ味の限界、って訳でも無さそうだからまだ試してみたくはあるけどね」
「…………まぁ、どのみち、あのお爺ちゃんから頼まれてる鉱石ももっと下まで行かないと手に入らないモノなんだから、まだまだ潜らないとならないけどね?
さて、じゃあささっと宝箱開けて、次の階層に進んじゃいましょう!何が入っているのかなぁ~♪」
今回の『迷宮』探索に於いて初めて出現した宝箱であったからか、何故か嬉しそうな様子を隠そうともせずに宝箱の前へとしゃがみこむサタニシス。
そんな彼女の様子に肩を一つ竦めると、未だに抜き身のままで手にしていた刃を一度振るってから、腰に差していた鞘へと戻して行く。
そして、得物の鯉口が鞘へと収まる甲高い金属音と共に、錠前と蝶番のみが切り裂かれた状態にて宝箱の蓋がズレ始め、いざ開かん!としていたサタニシスの目の前で地面へとずり落ちて中身を衆目の元に晒す事となってしまう。
自身の目の前で行われたハズなのにも関わらず、その剣閃を察知する事が出来ずに事を行われてしまった事への恐怖から来る冷や汗と、絶技、と呼んでも差し支えは無いであろう芸当を目の当たりにした興奮に加え、それらとは別の胸の高鳴りを確かに感じていたサタニシスは、無遠慮に宝箱の中身を回収して手振りで『行くぞ』と示しながらも一人で階段へと向かって行ってしまった彼の背中を、妙に興奮した心持ちのままで慌てて追い掛けて行くのであった……。
憐れゴーレム
登場して一話も持たずに逝くとは……南無(合掌)




