反逆者は監視者と共に『迷宮』を下り、そこで意外なモノを目にする事となる
サタニシスと共に『ラビュリンテ』の近郊に在る(と言うよりも『迷宮』が在った為に出来た街が『ラビュリンテ』なのだが)『迷宮』へと赴いたシェイドは、彼女と共に二人で第一階層を奥へ奥へと進んで行く。
当然、『迷宮』である以上は魔物も出てくれば罠も仕掛けられているモノと相場が決まっているのだが、その尽くを新たに拵えた得物で切り散らしたり、わざと踏み抜いて作動させたりとセオリーからかけ離れた方法にてそれらを片手間に無効化しながら進んで行き、その最奥にて下りの階段を発見する。
まだ第一階層だからなのか、それとも特定の階層でしか現れない様に出来ているのかは定かでは無いが、階段を守護して内部へと侵入して来た者を下の階層へと近付けない様にしている所謂『階層主』と呼ばれる魔物は存在してはいなかったので、そのまま目の前の階段を素直に下って行く。
それまでと同じ様に、等間隔にて設置されている、何故か燃え尽きない松明の明かりに照らされた階段を下って行く最中、不意に手持ち無沙汰な暇を潰す為か、シェイドが彼女に向かって口を開く。
「…………そう言えば、なんだか、さっきも聞いたけど本当に魔族って、魔物を支配していたりする訳じゃないんだな?」
「ん?そうよ?
さっきも言ったけど、わた…………ま、魔王陛下の持つ強大な魔力に充てられて、多少普段よりも狂暴になったりだとか、発生する時の変異が起きやすくなって変異種やら上位種やらが発生しやすくなってはいるみたいだけど、別段私達魔族が全ての魔物を支配下に置いて統率している~、だなんて訳じゃないからね?
そんな事出来ていたら、さっさと総動員させて手近な国から落としてたんじゃないかしら?」
「じゃあ、食べたり倒したりなんかは、さっきも聞いたけどやっぱり抵抗感とかは特には無い、と?」
「まぁ、殆どは?
人間も、家畜として動物を飼育して自分達の使い勝手の良い様に手懐けていたりするけど、それらを食べたり野生の獣を倒したりもするでしょう?
それと一緒なんじゃない?多分だけど」
「だが、確か覚えている限りだと、魔族の伝承に『魔物を従えて~』って下りが在った気がするんだが、その辺はどうなっているんだ?
ただ単に、魔族との争いの途中で魔王の魔力に充てられた魔物が乱入して来たから、って事だったりするのか?」
「う~ん、ソレについては…………多分だけど『魔物使い』の人達の事じゃないのかな?多分だけど」
「…………『魔物使い』……?なんぞ、ソレ?」
初めて耳にする単語により、思わず階段を下る足を止めてまでサタニシスへと問い返すシェイド。
そんな彼の反応を意外に思ったのか、僅かに首を傾げながら言葉を続けて行くサタニシス。
「……え?知らないの?『魔物使い』。名前の通りに、魔物を使役する人達の事だけど?
特殊な才能が必要で、その上で魔物に懐かれる必要は在るけど、昔はそれなりに数が居たハズだし、人間側にも幾らかは居たハズなんだけど?」
「…………いや、ソレは無い。
現代には『魔物は人と相容れない存在であり、決して人には懐かない』と伝わっているし、ソレが常識として広く浸透している。
だから、そう言った類いの『寄り添って心を通わせる』みたいな状況には早々なり得ないし、なったとしたら周囲の連中が黙って無いハズだ。少なくとも、俺が知ってる限りでは、魔王に纏わるお伽噺の中でもそんな存在には触れられてはいなかったからな」
「…………ふぅん?じゃあ、私が君に嘘を言っている、と?」
「いや、多分合ってるのはそっちなんだろうな。きっと」
「…………へぇ?じゃあ、認めるんだ?
自分達の先達が、自分達の良い様に史実を書き換えていた事を、団結するのに都合の悪い情報を意図的に掻き消した可能性が高い、って事を、認めちゃうんだ?」
珍しく、『悪意』と表現出来る感情を乗せた微笑みを浮かべるサタニシス。
普段の明るい振る舞いとの差と、美貌に浮かべられた黒い表情がそこはかと無く妖艶な色気を醸し出している様な気もするが、ソレはあくまでも気のせいだ、と言い聞かせ、階段を下る足を止めてまで彼の言葉を待っている彼女へと向けて再び口を開く。
「認めざるをえんだろうよ。
そも、当時を知る本人からの証言が在る以上、そちらを信用するのが当然だろう?その人柄をある程度把握していて、致命的な嘘を吐く様な相手じゃない、と分かっていれば尚の事な」
「………………ふぅん?続けて?」
「……何様だ?と突っ込み入れたいが、我慢してやるよ。
で、俺から確証として挙げるとするのなら、大方その『魔物使い』の連中によって手酷い被害を被ったから、当時の支配者階層の連中は、その後の世の中を纏めるのに『魔物は悪!』って認識を利用したかったんじゃないのか?
で、その魔物と共に在る人間側の『魔物使い』も、敵側の連中と同じ様な存在が居られると纏め上げるのが面倒になるから、そう言った事が出来た人々もついでに歴史の闇に葬り去られる事となってしまったから、ってところなんじゃないのか?
大分、俺の妄想が入っている予想になるが、そこまで大きく外している、って訳じゃないと思うぞ?」
「………………そう、ね。大体正解、って感じかな。
まぁ、流石に、魔族側の存在である私が、当時の対魔族連合の頭の中身がどうだった、とか言う事までは把握出来てはいなかったから、幾らかは後々考えてみたら……?って感じのアレが混ざってるのは否定しないけどね?」
「あ、やっぱり?
今の状況を鑑みると、そうなんだろうなぁ、とね?と言うか、そうとしか言えんと言うか…………って、そう言ってる間に、着いたみたいだな。
…………でも、これは一体……?」
彼の予想を肯定すると同時に、それまで浮かべていた黒い表情を引っ込めて、普段のソレと変わらぬ明るい微笑みを浮かべて見せるサタニシス。
その口調は若干おどけた様な感じでもあり、先の雰囲気を払拭する様な明るさが含まれている様でもあった。
多少予想外の返し方をされながらも、自身の予想が大体合っていた、と言う若干の安堵を込められた言葉を彼が発したその直後、彼の視界の先で遂に階段が途切れて広間の様になっている様が見てとれる様になってきた。
…………が、それと同時に、第一階層では終ぞ感じる事の無かった『他人の気配』と言うモノが感じられ始めた為に、思わず首を傾げる事となってしまう。
彼と同時にその気配に気が付いたらしいサタニシスも、彼と同じ様にして不思議そうにしながら首を傾げている処を見るからに、コレは世間一般的に普通の出来事である、と言う訳では無いのだろう、と言う事を把握したシェイドは、それまで特にする事も必要も感じていなかった警戒を顕にした状態で、ゆっくりと残り少ない階段を下って行く。
そして、段差が途切れて広間の様になっている場所が良く見える状態となった段階で、気配の多く感じられる広間の奥の方へと視線を投げ掛けた彼の視界に、衝撃的な光景が飛び込んで来る事となる。
…………そう、それは、まるで地上に開かれた市場の如く、様々な人々の行き交う地下都市の様な光景であったのだ。
地面に敷き布を広げ、そこに商品を並べて露天売りをする者。
簡素とは言え、屋台の様なモノを使って道行く人々に呼び掛ける者。
携帯食料や乾物の様な、長期的な保存が簡単な食品を売り付けようとしている者。
冒険者が採ってきたのであろう素材を、直接現地で買い付けようとしている者。
そんな、地上の市場とは確実に客層や目玉の商品が異なりはしているものの、それでも地上のソレよりもある種の熱気の凄まじさを呈している謎の光景を目の当たりにしたシェイドは、その衝撃によって僅かな時間とは言え固まってしまう。
ソレを訝しんだからか、彼の背後で待機していたハズのサタニシスが彼の肩越しに同じ方向を覗き込むと、一瞬だけ驚いた様な表情を浮かべながらも、何やら納得した様子にて頷いて見せる。
「…………あぁ、コレが噂に聞く『迷宮街』って訳ね。でも、こんな浅い層に在るだなんて、珍しいわね?」
「………………『迷宮街』?なんぞ、それ?」
「あれ?聞いたこと無い?
『迷宮』内部には、必ず何ヵ所か魔物が出現しなければ、罠が仕掛けられる訳でもない空白地帯、通称『安全地帯』が発生するのよ。何でかは知らないけどね?
それで、そう言う安全地帯には、それなりに『迷宮』の攻略が進んでいると、中継地点や補給用の前線基地の機能を求めて人やら物やらが自然と集まって来て、その結果出口の処だけじゃなくて内部にも街が出来る、って訳」
「…………ふぅん?随分と詳しいんだな?
まぁ、長く潜る事を考えると、こう言うのが在るのと無いのとじゃ、大分違いそうだけど」
「言っておくけど、割りとコレ常識だからね?お姉さんが詳しい訳じゃないんだからね?そこの処、勘違いしない様に!良いね?」
「へいへい、了解了解。
じゃあ、取り敢えず覗くだけ覗いてみるか?」
「え!?良いの!?
こう言う場所って、需要なら幾らでも在る上に、輸送に手間が掛かってるからかなり割高になってるけど、本当に良いの!?」
「…………別に、金貨で何枚もする様なモノを買い漁らなきゃ、別に良いよ。
今回は、俺の都合に付き合わせる形になってる訳だから、な」
「~~~っ!!やった~!
じゃあ、早く!早く行こう!!」
そう言って、少し前までの雰囲気を消し飛ばし、普段のソレよりもテンションを高くしながら彼の手を引いたサタニシスは、残る階段を数段飛ばして駆け降りて雑踏の支配する広間を目指して突き進んで行くのであった。




