得物を手にした反逆者は、試し切りも兼ねて『迷宮』へと挑む
刃物を手にしながら高笑いを放つシェイドの姿に、ギルレインとゾンタークが
『ヤバいヤツにヤバいブツ持たせちまったかなぁ……?』
と内心で少しばかり後悔し、唯一サタニシスだけが『ほっしていたオモチャを手にして喜びはしゃいでいる子供』を見る様な目で眺めつつ、何故か胸を抑えながら僅かに身悶えている最中、そう言えば、と言った様子にて棚に歩み寄ったギルレインが、未だに馬鹿笑いを続けていたシェイドへと向けて一声掛けてから、取り出したモノを投げ渡す。
半ば反射的な行動として、自らの近くに突然現れた物体を空いていた手で掴み取ると、反転して飛んで来た方向と現在の姿勢から、投げ付けて来た犯人と思われるギルレインへとジトリとした視線を送ると共に問い掛ける。
「…………で、何のつもりだ?
喧嘩売ってるつもりなら、もう少し投げる位置と投げるモノを考えてからヤれよ?」
「んな訳在るか、このボケナスが!!
そいつを渡すのを忘れてたってだけだっつうの!!わざわざサービスで造っておいてやったんだから、感謝しやがれってんだ!!」
「………………あん?」
そう言われて、無造作に掴んでいたソレに対して視線を向けるシェイド。
するとそこには、落ち着いた色合いに染められた一振りの『鞘』と、ソレに合わせた様な拵えの剣帯であった。
コレ何ぞ?と言う視線に対し、若干の呆れを伴った視線にて応えるギルレインだったが、それじゃ分からないでしょうが!と言うゾンタークからの突っ込み(鍛冶場に置いてあった金槌によるダイレクトアタック)により、たん瘤を作りながらも言葉によって説明をして行く。
「………………さっきも言った通りに、お主に打ったその一振りは、普段は刃が剥き出しな状態となってる。そこまで鋭利で絶対的な刃を着けた訳じゃねぇが、それでもそれなりに鋭利な刃が着いてる。しかも、素材がオリハルコンだ。
下手な素材で作られたモノだと、常に魔力で覆われてる、みたいな細工でもされてねぇと、納めただけで鞘が真っ二つ、ってオチが有り得ちまうんだよ。
だから、ソイツを打った時に出た残りで作った合金で内部をコーティングした、特製の鞘をついでに造っておいてやった。ついでに、世界樹の素材の残りと、魔石を加工した時に出た比較的大粒の欠片と削りカスを使って装飾も兼ねた頑丈になる様に細工も施しておいてやったから、ソイツで殴り付けたとしてもそうそう壊れたりゃしねぇハズだ。これでも、まだ『余計な真似』だなんて言えるかよ?あ?」
「………………いや、そこら辺は完全に失念してた。感謝する」
若干ばつが悪そうに頭を掻きつつ、鞘に納めた一振りを剣帯で腰に吊るしながらそう応えたシェイド。
その表情は、若干の気まずさを含みながらも、何処か嬉しさが滲み出ている様でもあった。
…………それも、そのハズ。
何せ、彼にとっては初めて『自身の為に誰かが拵えてくれたモノ』であり、かつ『厚意から自分に対して用意してくれたモノ』なのであるのだから。
かつて、両親からも心無い扱いを受けて来た彼は、幼少から『自分のモノ』『自分だけのモノ』と言うモノを持っていなかった。
以前使っていた得物はあくまでも、対外的に稽古を着けている光景を見せないと不自然であったから与えられていただけの数打ち(量産品の事)でしか無かったし、衣服や生活の糧の類いも『与えないと外聞が悪いから』と言う事で与えられていた訳ではない。妹の様に、上手い事手懐けて誘導して、と言う意図によって与えられる様な優しさすら、彼には与えられる事は終ぞ無かった事であったのだ。
当然、それは幼馴染みの二人からも同じであった。
貴族家である二人にとって、与えた以上は与えられる、と言う価値観が在ったらしく、最初こそは何かしらのモノを受け取る事も在りはしたが、それでもそれは彼女らの侍従が選んで購入したモノであったし、何も持たない彼が返せないでいると、次第にソレも無くなって行く事となったのだ。
それ故に、こうして自ら得た金銭にて購入したモノでは無く、あくまでもその個人の好意や厚意によって用意され、必要不可欠故に仕方無く、と言う訳でも無く彼へと譲渡された初めてのモノであった為に、こうして僅かながらも表情に嬉しさが滲み出る事態となっていた、と言う訳なのだ。
とは言え、ソレを理解できているのは、この場ではあくまでもシェイド本人のみ。
突然の彼の反応に、訝しむ様な視線が集中する事となってしまったとしても、ある意味仕方の無い事だと言える状況だろう。
そんな、何とも言えない様な空気を打破する為に、軽く咳払いを一つしてから慌てて口を開くシェイド。
「…………ん、んんっ!
…………あ~、その、なんだ……取り敢えず、コイツの性能やら何やらを試してみたいんだが、この近辺でコイツの試し切りに良さそうな魔物か、もしくはそう言うのが出てきそうな場所の心当たりとか無いか?」
「…………野郎の照れ顔なんざ、誰得だ?さっさと引っ込めとけ!
……そんで、試し切りの相手、だったか?そんなもん、適当に辻切りでもしとけ!と言いてぇ処だが、そうも行かねぇんだろう?
なら、丁度良い処が在るぜ?魔物がわんさか居て、しかもソイツらを倒せば倒す程感謝される、そんな有難い場所が、よぉ?」
「………………何だか、凄く聞きたくない気がして来たんだが、一応聞いておく。それって、何処の話だ?」
「……なに、そう遠くも無ければ、特に資格が必要な場所でもねぇよ。情報の対価にゃ、そこの奥の方で取れる鉱石の類いで良いぜ?
…………で、だ。お主、『迷宮』には興味在るだろう?」
確定形にてそう言いきったギルレインの顔は、とてもでは無いが他人には見せられない様な、とてもとても悪い顔をしていたのであった……。
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ギルレインに薦められる(唆される?)ままにマーレフスミスを出立したシェイドとサタニシスの二人は、来る時とは逆の方向へと暫くの間移動を続けて行く。
二人の足で約二時間程掛けて、通常ならば馬車を使っても最低半日は掛かる距離を走破すると、目的地の程近くに在る『ラビュリンテ』へと到着する。
彼らが目的地としている『迷宮』は、多大な危険を内包するが、それと同時に常に様々な資源を吐き出しもする宝の山だ。
内部に様々な魔物と罠を抱え、人を呼び込んで喰らい、ソレによって更に規模を大きく成長して行き、魔物が増えすぎれば外部へと放出して破戒をばら蒔く『災厄』でも在る。が、それと同時に、呼び餌として仕込まれている宝物や人の手では再現出来ない貴重な魔道具、魔物を倒すとその場に残される魔石や素材、内部にて採取される各種資源は、人々の生活を支え、商人達の懐を潤す源ともなっている。
そんな、危険がいっぱいな代わりに一発当てた時の見返りが大きな『迷宮』に挑もうとする者は多く、それだけ管理が面倒な事態となってしまう。なので、ソレをする為に冒険者ギルドから、その日に『迷宮』に挑む為に必要な手続きと登録を行う為の派出所が設けられているのだ。
シェイドとサタニシスも、日々『迷宮』から産出される様々な資源により成り立っているラビュリンテの街に到着すると同時にそこを訪れて登録を済ませ、元々買い揃えていた物資を頼りに早速『迷宮』へと突撃を仕掛けて行く。
荒野の岸壁にポツンと現れる石造りの入り口を潜って中へと入って行くと、暗くヒンヤリとした空気が彼らを出迎える。
それと同時に、何故か等間隔に仕込まれている松明が淡い光にて、レンガ造りとなっている周囲の壁をボンヤリと照らし出して行く。
複数の階層を伴っている、との話であったこの『迷宮』は、未だに全階層が踏破された訳では無いらしい。
その為、魔物の発生を加速させる『迷宮』の『核』は未だに健全であり、高価で希少な魔道具や素材が採れる代わりに魔物が多くいたりそもそもが強力な魔物が多い等、危険度が高くなっている『生きている迷宮』と言うモノである事が予想出来た。
とは言え、上層であれば大体の地形は既に把握されているらしく、大した魔物は出現しないし罠の類いも仕掛けられてはいない、が代わりに大したモノも得られはしない、と言う傾向が強く出ているのだそうだ。
なので、時折遭遇する魔物をサクサクと討伐して行く二人。
倒されると、速攻で身体が消滅し、その後には魔石と運が良ければ何かしらの道具や素材が置かれる事となっている。
ソレを初めて目の当たりにした二人だったが、その程度の不思議な光景にそれぞれで内心の感想を漏らすと、奥へ奥へと彼の得物で魔物を蹴散らしながら進んで行く。
そうして移動して行く途中、彼はふと気になって、サタニシスに対してこう問い掛ける。
「…………なぁ、魔族的に、魔物ってそうやって狩っても食べても大丈夫な訳なのか?」
「…………え?いや、別に?大丈夫じゃない?
魔王陛下の復活によって触発されて活動が激しくなったり、変異種の類いが多く見られたりはするかも知れないけど、特に思う処は無い、と思うかなぁ~」
「…………随分と、アバウトな証言だな。てっきり、魔族が魔物を支配して操っている、とばかり思ってたんだけど?」
「ナイナイ!そんな事出来たら、今みたいな状況になる前に、さっさと集めて決戦仕向けてあるからね?」
「……まぁ、それもそうか」
そうして、軽口にも見えるやり取りを挟んだ二人は、周囲の雑魚を適当に手にした得物にて試し切りを兼ねて蹴散らし、『迷宮』の奥へと目指して足を進めて行くのであった………。




