反逆者は、監視者と共に第一の目的地へと辿り着く
…………シェイドとサタニシスの二人が隊商の護衛依頼を受けてから、早くも十日程が過ぎ去ろうとしていた。
初日に、最近隊商を組む商人達の間で噂となっている『隊商荒らし』(サタニシス命名)と思われる存在によって襲撃を受け、一行の旅路は苦い立ち上げとなってしまっていたが、その後は特に大きな波風が立つ事も無く、平穏無事に続いて行っていた。
…………そう、続いて行ってしまっていたのだ。
現在地である、クロスロードとレオルクスとの国境まで、例の『隊商荒らし』に遭遇する以外の大きな出来事は起きず、精々が小規模な盗賊に襲われたりだとか、散発的に低位の魔物に襲撃を受けたりだとか言った程度のモノしか受けていなかった。
それ故に、リーダーのガウォルクにしても、隊商のメンバー達にしても、護衛として雇われているハズの冒険者達にしても、未だに目的地に到着した訳でも無く、レオルクスに到着すらもしていないと言うにも関わらず、何処か警戒心が弛んでしまっている様にも二人からは見えていたのだ。
…………本来、人間は当然として、生物は常に警戒を続けられる様には身体が出来ていない。
なので、こうして大きなトラブルに見舞われ続けた、と言う訳でも無い以上、彼らの態度を『怠惰』と切り捨てる事も、只の『惰弱』だと叱咤する事も、出来はしないだろう。
…………だが、そう言う警戒が解かれ、一行の気が弛んだタイミングを狙って強襲を仕掛けて来るのであろう相手に心当たりが在ってしまう二人にとってしては、出来れば普通に警戒心を持って行動をして欲しい、と願わざるを得ない状況に在る、と言えてしまうのだ。
「…………しかし、意外だったな」
「……え?何が?
お姉ちゃんの胸のサイズが、予想外に大きかったって事?」
「…………何時、誰が、そんな事を、言ったよ?
俺が言ってるのは、まだ襲撃が無い、って事が意外だったって言ってるんだよ……」
「そうなの?お姉ちゃん、残念……。
でも、そうと言えばそうね。途中の、街道が狭くなっていた場所だとか、崖沿いの部分の真ん中とか、仕掛けようと思えば幾らでも仕掛けられる絶好の場所は在ったよね?」
「……あぁ。俺としても、その辺で何かしら仕掛けて来るだろう、と予想していたから常に警戒していた訳だが……結局何も仕掛けられる事も無く、普通に何事も無く通り抜けられて拍子抜けしたからな」
「もう一層の事、他の皆みたいに『もう襲撃は無いから大丈夫だ』って楽観視して警戒を解ければ良いんだけどねぇ~……」
「流石に、そこまで行って強襲!なんて事になれらたら、目も当てられんからなぁ……マジで、あの野郎取り逃がすんじゃ無かったよ……」
一度、サタニシスが意図的におどけて見せた事で若干空気を持ち直しはしたものの、やはり話題が話題故に、徐々に口を開く前と同じく緊張感の高い状態へと戻ってしまって行く二人。
最後に溢されたシェイドの呟きが、彼らの心労と懸念を、何よりも色濃く説明してくれていた。
…………そう、彼らが気を張り詰めたままで警戒を続け、常に周囲に気を配っているのは他でもない。
以前彼らを襲撃した、例の『隊商荒らし』が去り際に吐き捨てて行って言葉に込められた恨み、憎しみが、必ず再び襲撃を仕掛けて来るだろう、と二人に確信を抱かせていたからだ。
確実に、あの手の人種は自らに恥を掻かせた相手を、自らのモノを奪い取った相手の事を許す事は無い。
以前、理不尽にも力を封じられた状態にて様々な種類の人間によって虐げられて来た経験を持つシェイドは、自らの経験としてソレを半ば本能的に理解していた。
その手の人種は、実際に恥を掻かされたかどうか、何かしら自らの所有物であったモノが実際に奪われたかどうか、ソレにより何かしらの不利益が発生したのかどうかは、実はあまり関係が無い。
あくまでも、ソイツが『恥を掻かされた』『モノを奪われた』と感じたかどうかが重要であり、ソイツにとっての判断基準はあくまでも『ソコ』なのだ。
…………故に、例の『隊商荒らし』が狙っていた、この隊商に紛れ込んで何かする、と言うモノを挫いてしまった事で『恥を掻かせた』事になった上に、どうやらヤツの中では自分の差し出した手を取って共に行く事が当たり前で確定事項であったらしいサタニシスを連れている事で、ヤツから彼女を『奪った』事にもなっている為に、何かしら仕掛けて来るのは最早当然を通り越した『必然』と言えるモノとなってしまっている、と言えるだろう。
そして、ソレを共に行った(とカウントされているの可能性が高い)隊商のメンバー達にも何かしらの報復行為(恐らくはそうして正当化を図ってくると思われる)を仕掛けて来ると思われる為に、こうして強襲を警戒する羽目になっている、と言う訳なのだ。
…………別段、そこまでする必要性は存在していない、と言えばしていない。
何せ、一応はガウォルクの方にも、去り際のセリフから例の『隊商荒らし』が稀人であり、その上で意図的に隊商を荒らしていたであろう事、恐らくは今回撃退した自分達の事を恨んで再度襲い掛かって来るであろう事は伝えて在る。
その為に、ここまで彼らだけで警戒を密にする必要も無ければ、この状態で強襲されて隊商に被害が出たとしても、ソレは彼らの方にて警戒を緩めてしまっていた事が大きな原因であるとも言える為に、彼らに責任を問われなくてはならない義理は無いと言えば無い。故に、今必死に気を張り詰めていなければならない、と言う理由にはならないだろう。
…………だが、そうだとしても例の『隊商荒らし』を挑発してこの隊商をターゲットにさせた可能性を産んでしまったのは自分である、と言う意識が彼に在る以上、やはり気になるモノは気になる、と言う事なのだろう。
ソレが、余計な気遣いであったとしても、止めるのを躊躇う程度には彼は善人のままであり、見知った相手を見捨てる事を良しとはしないお人好しであった、と言う事なのだ。
とは言え、既に通って来た街道の険しい部分は彼らの背後に過ぎ去り、現在は見晴らしの良い平野を進んでいるだけでなく、既にレオルクスとの国境に築かれている関所を目前とする場所まで進んでしまっている。
幾らなんでも、機を窺って、と言う事だったとしても、こんな場所で仕掛けて来る事は流石に無いハズだ。
地図の上では他国の事であったとしても、関所に詰める兵士達の仕事の一つには、関所付近の平和を維持する、と言う事も含まれている。
それ故に、もし近辺にて争い事や魔物の群れが発生する様な事になれば、職務として加勢無いし手出しして来る事が必然的に発生する事になる。流石に、それはアレも望んではいないハズだ。
…………もっとも、そこまで冷静に計算が出来るのであれば、途中幾つか在った絶好の強襲ポイントで仕掛けて来ていたハズなので、寧ろそう言った計算が壊滅的に苦手なタイプで、長期的なプランでは無く短期的な行き当たりばったりな行動理論でアレコレやらかしていやがったんじゃ……と言った風に、一人思考が空回りして延々と同じ場所を行ったり来たりし始める。
そんな彼の様子を、心配そうに見詰めながらも、彼に付き合って周囲の気配を探りつつ、視線を周囲へと巡らせて行くサタニシス。
そうして、彼らとしては確信していた『再度の強襲』を警戒し続けていたものの、結局それは彼らがレオルクスへと入国を果たすまでは行われる事にはならず、更に言えば隊商の目的地であり彼の様に装備を求める者からすれば、ある種の『聖地』とも呼べるレオルクスの首都へと何事も無く辿り着く事に成功してしまう。
平穏無事に目的地へと到着した事を喜ぶ一方で、それまで無駄に警戒をさせられた事で余計に神経を磨り減らす事となってしまったシェイドは、一人心の内にモヤモヤとしたなんとも言い難い感情を抱える羽目になってしまうのであった……。
「…………クソッ!あいつら、今頃もうレオルクスに入ってる頃合いかな……?
待っていても、何時までも飛び級の打診が来ないから、格好悪いのを我慢して仕方無く自分で申請する羽目になるだなんて、本当にツイて無いや……全く、お約束を理解しようとしないクズ共を相手にするのは面倒に過ぎるよ。
ボクが主人公である物語なのに、なんでボクの邪魔しかしない奴らが出てくるのかねぇ……」




