天秤の観察者は、反逆者に想いを馳せながら蒼穹へと視線を泳がせる
大分短いですが閑話だからシカタナイヨネ?
とある反逆者が同行者と共に工匠国の地を踏んでいるのと同じ頃。
彼と浅からぬ因縁の在った者達は、祖国にて着飾った状態にて集結する事となっていた。
場所は、彼らの内一名を除いた全員の生国である、アルカンシェル王国の王城。
そこにて、大々的では無いにしても、『式典』と呼ぶに相応しいだけの規模を以てして、現代に現れた希望の光、救世主となりうる『勇者』の公的な御披露目が行われようとしていたのだ。
…………だが、その場に参加している者達の顔は、『勇者』として祭り上げられている稀人只一人のみが明るく誇らしげなモノであり、ソレを除いた他全てのが一様に暗く沈んだモノとなっていた。
それは、豊満な肢体に角度によっては紫色にも見える髪色と合わせた淡い紫の豪奢なドレスを纏い、長く真っ直ぐな髪を様々なアクセサリーにてきらびやかに飾り立てながら、『勇者』の仲間の一人として参加者達に紹介され、本人の背後に控えているナタリアにしても同様であった。
所属場所が固定されている特級冒険者や、国土の防衛の為には不可欠な英雄級の将軍達は下手に動かす事が出来ない。そうしてしまえば、動かした場所に対して大きな戦力を動かされる事となってしまうから。
国内での防衛ならばともかく、『勇者』としての活動の主目的である魔族の国の中枢へと深く深く攻め込んで行く必要性を鑑みると、そう言った『既に名の通ってしまっている既存の戦力』と言うモノを動員する事は難しくなってしまう。
それ故に、『勇者』として召喚された者を中心として、まだ公には無名ながらも将来性が高いか、もしくは実力ならば既存の英雄級のそれらと比較しても遜色の無い域に在る者達を選出して編成し、独立部隊として魔族の領地へと秘密裏に潜入。
そして、魔族側の情報を探りつつ破壊工作を繰り返し、運良く『魔王』の所在や状態を確認出来た場合、ソレを少数にて奇襲し討ち取る。ソレが、『勇者』として祭り上げられた者と、ソレを取り巻く『勇者パーティー』に与えられた任務となる。
…………要は『国内を守るので手一杯だから、まだ名の知られていない若者達で敵国内部に潜入して精一杯掻き回し、運良く魔王の居場所が判明したらどんな手を使ってでも暗殺して来い』と言われていると言う事だ。
無茶振りが過ぎるし、何より送り込まれる者達の事を欠片も考慮に入れていない。
故に、こうして誉れ高くも『勇者パーティー』の一員として選出され、着飾らせられて壇上に並べられているナタリアも、そうして使い捨てにされる予定の人員でしか無い、と国から宣言されたに等しい為に、とてもでは無いが明るく朗らかに振る舞う事は出来ていなかった、と言う訳なのだ。
…………そもそもの話、そうして刺客染みた戦力を送り込んで戦況を引っくり返す、と言う戦略も、パーティーの中核となる『勇者』が伝説に語られる建国王の様な圧倒的強者である場合にのみ、成立する可能性がある、と言うモノだ。
だが、既に頼みの綱であるハズの『勇者』は、かの大会にて相対した魔族に対し、たった一体のみであったにも関わらず敗北を喫してしまっている。
仲間のパーティーメンバーにしても、幾ら疲弊した状態であったとは言え、幾ら相手が幹部級の階級に在ったモノであったとは言え、複数人にて囲んでおきながら、同じ様に鎧袖一触に蹴散らされてしまった、と言う負の実績が残されてしまっているのだ。
しかも、それらは衆目の元に行われた醜態であり、アルカンシェル王国がどう動こうが、彼ら彼女らの実力に対する人民からの不安も、その後魔族を撃退した『とある青年』に対する勝手な期待と失望も、人の口に戸を立てる事が出来ない以上、いずれは方々に広まって行く事になる『事実』であるのだから、どうする事も出来はしないのだろうが。
そんな事実を理解し、その上で自らが体の良い『捨て石』である事も理解した上で、逃走ではなく要請を受諾する事を選んだナタリア。
彼女は、貴族家として、ビスタリア家の者として産まれた責務によってこの場に立ってはいたが、国の為に魔王を討つ事も、捨て石としてゲリラ戦の末に物資を無駄に消耗させての名誉の戦死を遂げるつもりも、毛頭有りはしなかった。当然、国王が『勇者』たるシモニワに対して勝手に口にしていた
『魔王を討ち果たしたその暁には、想いを通じ合わせた仲間達との婚姻を、このアルカンシェル王国国王の名の元に認めよう』
と言う言葉に従うつもりも、微塵も有りはしなかった。
何故なら、彼女には心に決めた相手が、既に想いを捧げている相手が居るからだ。
相手に、彼に色好い返答を貰った訳では無い。寧ろ、これまでの関係を鑑みれば挽回する事も難しいだろう。
だが、だからと言って、彼の事を、長い間想い続けた相手の事を諦めなくてはならない理由にはならない。
だからと言って、このまま国に命じられるがままに、目の前でだらしなく顔を弛めながら、式典に参加している貴族家の子女へと粉を掛けようとしている勇者様に、その身を捧げるつもりは無いし、予定も無い。
それは、同じく仲間として付けられ、かつ先程の報酬として提示されてしまった他三名に関しても同じであろうが、だからと言って彼女が彼の事を譲ってやろう、と言った気になる事は無く、寧ろ彼をどうやって独占するか、どうやってもう一人の幼馴染みに彼の事を諦めさせるのか、を形だけの笑顔を顔面に貼り付けて参加者達に対応しながら考えて行く。
今は、心も身体も離れ離れになってしまっているが、現時点で最も彼に異性として意識されているのは、今後に関しての可能性があるのは自分のハズなのだから、次に顔を合わせる事が出来た時こそが勝負を決めるタイミングだ。
……そう、言葉には出さずに覚悟を決め直したナタリアは、不意に視線を窓へと向けてると、何も無い蒼穹へと想いを馳せると同時に、誰にも聞き取れない声量にて、胸中に溢れる切なさと愛しさと寂しさが込められた呟きをこぼすのであった……。
「…………シェイド君。君は今、何処で、何をしているのでしょうか?
…………会いたい……。私達のせいでこうなったとは理解していますが、それでもやはり……貴方に会いたいです……」
………………なお、ソレと時を同じくして、とある隊商に護衛として参加していた青年がくしゃみをしたり、その青年の隣に座ってソレを目にした美女が、何らかの予感を抱いたのかより一層彼へのアプローチを強めたりしたのだが、それはまた別のお話……。
…………そして、彼女が想いを寄せるその相手が、既に固く閉ざしていた胸襟を別の相手に僅ながらに開いてしまっており、徐々にではあるがその心もそちらに寄りつつある事も、未だ彼女が知るよしも無い事なのであった……。
一応次から新章に入る予定ですm(_ _)m




