反逆者は監視者と共に工匠国へと向けて出発する
依頼書に指定されていた日時と場所を頼りに移動した二人は、とある出発目前、と言った隊商の近くに辿り着く。
その隊商は、四肢の太く速度よりも頑強さを優先させている様な種類の馬を主に採用しており、積み荷を載せる馬車の類いも車輪や車軸が太く大きく頑丈なモノになっている様に見受けられた。
おまけに、作業している商人(推定)や人足達は皆揃って背が低く、丸太の様な手足と樽の様な体型をし、その上で長い髭を蓄えている典型的なドワーフ族の姿をしていた。
正直な話、工匠国を目指す隊商として、これ以上相応しいモノは無いのでは?と真顔で突っ込みを入れたくなるその面々を眺めていると、作業している内の一人であり、どちらかと言うと指示出しをしていた様にも見えた一際体格の良いドワーフが、二人が見ている事に気が付いたらしく近寄って来る。
「おう、あんたら!何か用か!?
俺達ゃ、こう見えて忙しいんだ!何か用事があるんならともかく、特に何もねぇんだったら別ん処でイチャ付いてくれや!
こちとら、見せ物って訳でもねぇんでな!」
「………あー、誤解が在るかもだから聞いておきたいんだが、この依頼を出したレオルクスまで行く隊商ってあんた達の処で合ってるか?」
「あ?確かに、俺達ゃ護衛依頼を出していたし、向かう先はレオルクスだが……?
悪いが、隊商に同行させてくれ、とか言うのはお断りだぞ?流石に、依頼も受けられねぇ様な低級冒険者を連れて行ってやる事に旨味なんてねぇし、俺達にもそんな余裕なんざ有りゃしねぇからよ!」
「残念ながら、正規ルートの方だよ。
そら、ギルドに貼り出されていた依頼書と、ギルドの受領書だ。あんた達が出した依頼なのか、一応確認しておいてくれ」
「あぁ?
……最低でも中級は必要だ、って設定しておいたハズだが、あんたが……?」
訝しむ様に眉を潜めつつ、シェイドの手によって差し出された依頼書と、ギルドが発行している『この人(冒険者)が依頼を受領していますよ』と言う事を証明する依頼受領書の二枚を受け取るドワーフ族。
暫しの間ソレに目を通していたが、一応はそれらが本物である、と言う事を信用したのか、多少バツが悪そうな顔をしながら頭を掻きつつ視線を上げる。
「…………あ~、済まねぇな!疑って悪かったよ!
最近、必ず役に立つから!とか抜かして隊商に押し掛けてはやれ、あぁでも無い、こうでも無い、そうするのは駄目だ、とか横から余計な口突っ込んでくれやがるゴミが増えてやがるみたいでな。俺の知り合いもソレで被害に遇っちまってて、警戒させて貰ってたんだよ」
「まぁ、そう言う事情なら仕方無い。
いきなり警戒された事は不愉快だったが、そう言う事なら流しておくとするよ」
「そう言って貰えると、こっちとしてもありがてぇよ!
改めて、俺が今回の依頼を出した隊商のリーダーでもある依頼人のガウォルクだ。シェイドとサタニシスだったか?あまりこの辺りじゃ聞かない名前だが、レオルクスまでよろしく頼むぜ!」
「よろしく。
名前はもう知ってるだろうが、シェイドだ。レオルクスまでよろしく頼むよ」
「サタニシスで~す!
そんなに長くは無いかも知れないけど、よろしくね?」
そうやって説明と挨拶とを交わしてから握手する三人。
最初こそ訝しむ視線を向けて来ていたガウォルクも、その様子を窺う様にしていた隊商のメンバー達も、彼らが件の人物では無いらしい、と言う事を悟ったのか途端に態度や視線を和らげて行く。
余程、噂となっていた存在に苦い思いが在るのか、積み荷を固定している隊商のメンバーの中には露骨に胸を撫で下ろしている者もおり、彼らの間ではかなり悪質な噂が蔓延している事が容易に見て取れた。
ソレを不思議に思ったからか、二人を連れて各所へと向けて説明を行う為に移動しているガウォルクの背中へと、サタニシスが軽い感じで問い掛けて行く。
「処で、その噂になってるヤツって何がそんなに厄介な訳なの?
外部から聞いている限りだと、アレコレと要らない口出しして来るだけ、って感じにしか思えないんだけど、ソレがそんなに厄介な事になるの?言っちゃ悪いけど、その程度でしょう?」
「………………あ゛ぁ゛?
…………いや、悪い。あんたが、こっちに関しては素人だった、って事を忘れてたわ。気にしねぇで貰えると、こっちとしては助かるよ」
「あははっ、大丈夫大丈夫!その程度の事で気を悪くしたりなんかしないって!
寧ろ、そう言う意味合いで言うと、こっちの彼との出会い頭の時の方が、もっと『凄いの』向けられる羽目になったから、大して気にもしてないよ!」
「…………いや、だったらなんであんたら組んでんだよ……?
普通、そう言う出会いをしていたら、組んでやって行こう、だなんて思いやしねぇだろうがよ……」
「…………まぁ、それなりに理由が在ったんだよ。
それで、さっきこいつが聞いてた事だが、俺からも聞いて構わないだろうか?
外部者からすれば、そんな輩は途中で放り出してしまうか、もしくはその手の戯れ言なんて無視してしまうか、そもそもその手の輩の同行なんて最初から断ってしまえば良い様な気がするのだが……?」
「…………あぁ、まぁ、その通りっちゃその通りなんだが……」
そこで苦虫を噛み潰した様な顔をしながら一旦言葉を切って黙り込んでしまうガウォルクであったが、からかう訳でもなく、馬鹿にするつもりで聞いている訳でもなく、純粋に不思議に思って聞いて来ている二人の様子に溜め息を一つ溢して見せると、再び二人に向かって言葉を放って行く。
「…………俺も、たまたま知り合いが『そいつ』と思わしきガキに絡まれたから多少知ってる、ってだけでしかねぇんだが、何でもそのガキの同行は断れないらしい」
「「………………はぁ?」」
「…………あぁ、そう言いたくなるのは理解できる。現に、俺もソレを聞いた時にゃ、あんたらと同じ反応を返したからな。
……だが、その知り合いからの話によれば、そのガキからの頼み事を断ったとしても、いつの間にか荷物に紛れ込んで来ていて、結局同行する羽目になったんだとさ。流れてる噂でも、そいつと遭遇したが最後、そいつの言葉に味方するヤツが現れたり、俺の知り合いみたいに密航されて、結局同行する羽目になっちまうんたとよ」
「…………じゃあ、分かった時点で放り出しちゃえば良いじゃない!そんな身勝手なガキ、そうするのが当然なんじゃないの?」
「それも、何故か出来ないらしいんだよ。
放り出そう、とする度に、盗賊やら魔物やら災害やらに襲われて、それらに対処している間にそいつの事を放り出してやろう!だなんて事は頭から抜けちまうんだそうだ」
「…………ならば、そいつの言葉に耳を傾けなければ良いのでは?
最悪、同行は許してもその他の行動は一切許さず、縛り上げた上で猿轡でも噛ましておけば、それで十分なんじゃないのか?」
「わりぃが、ソレを試したヤツがいないと本当に思ってたか?
ソレをしたとしても、まるで魔法でも使った様にいつの間にか抜け出して、隊商の中にテメェの味方を作っちまうんだと。
そんで、リーダーの言葉じゃなく、そいつの言葉の方に重きを置いて行動方針を取り始めるんだとさ。諸々の文句を周囲にぶちまきながらな」
「それが、さっき言っていた『あぁでも無い、こうでも無い』ってヤツか?」
「そう言うこった。
こちとら、ある程度積み上げたノウハウの上で事回してるっつうのに、何の責任も負うつもりもねぇヤツが横合いからグチャグチャと口出ししてきやがるんだとよ。
しかも、ソレを聞き届けようとしねぇでいると、自分の側に引き込んだ奴らを使って好き勝手し始めるんだと。
まったく、隊商を纏める立場に在る俺としちゃ、頭が痛い存在だよ、そのガキは!」
そう吐き捨てたガウォルクの顔には忌々しい色が濃く滲み出ており、心底からどうにかしてやりたい、と思っている事が窺えた。
話を聞いていた二人としても、そんな仲間内の和を乱し、故意的に不和を招いてまで自らの意見を無理矢理通そうとするその姿勢と、方々にてソレを行っているらしい存在に対して薄ら寒い様な違和感を覚え始めていたのだが、それは一旦心の隅の方へと追いやってから口を開く。
「…………取り敢えず、そっちの事情は把握した。
なら、そう言う輩が出てきた時には、俺達はどうした方が良い?護衛として、この隊商を守る為にそいつを排除すれば良いのか、それとも『魔物や盗賊の類いではない』から見過ごせば良いのか、予め意見を聞かせて貰えないか?」
「…………お、おいおい!あんまり、人目の在る場所で殺伐とした事言ってくれるなよ!?
幾ら不愉快極まりないヤツだからって、そんな大っぴらに言えるハズがねぇだろうがよ!?こちとら、一応は信用第一な商人だぞ!?」
「…………ふぅん?じゃあ、誰も見ていなくて、それでいて噂が広まる余地の無い様なシチュエーションだった場合、サクッと殺っちゃった方が良い、って事なんじゃ無いのかなぁ?ん?んん??」
「………………なぁ、あんちゃん?あんた、良くこのねぇちゃんと組んでられるな?
俺なら、幾らこんなに美人なねぇちゃん相手だったとしても、おっかなくて速攻で離脱する自信が在るんだが?」
「………………俺も、今になって組んだ事をちょっとだけ後悔し始めているんだから、ソコは言わんでくれよ……」
そう言って項垂れるシェイドに対し、ガウォルクは慰める様にその肩に手を置き、サタニシスは
『ちょっと!?お姉さんソレ聞いてないんだけど!?』
と頬を膨らませてその場で騒いで行くが、ソレにより相互理解が深まり、結果的に忌憚の無い意見を言い合える関係性へと至る事に成功するのであった……。
…………おや?なにやら、不穏なフラグが……?




