昇格を果たした反逆者は、監視者と共に工匠国を目指す
支部長室を後にしたシェイドは、同じく退室したサタニシスに彼女の分のカードを渡すと、軽く振って音で革袋の中身を確認して『道具袋』の中へと投げ入れてしまう。
ソレを見たサタニシスが、少し前までの緩んだ表情から一変させて、シェイドへと問い掛ける。
「……今しまったソレ、中身を改めなくて良かったの?
幾ら入っていたのか、だとか、ちゃんと使える通貨なのか、だとか、確認しておいた方が良かったんじゃないの?」
「……まぁ、確かにその辺は重要だが、今回に限っては必要ないよ。多分だが、大丈夫なハズだ」
が、そうして返された答えに、イマイチ納得が行っていないのか、不思議そうな顔をしながら首を傾げて見せる。
そんな彼女の様子に、説明が足りなかったか、と思い直し、ギルドのエントランスにまで戻りながら続きを口にするシェイド。
「理由としては幾つか挙げられるが、まず一つはあの支部長が俺達と敵対する事を望んでいない、と言う事が挙げられるな。
自分達の懐に入れたい、と望んだ相手が、渡された額が少なすぎたり偽金を掴まされたりして望まぬ陣営の方に着かれたりしたら、堪ったモノじゃ無いだろう?」
「まぁ、それもそうね。
じゃあ、ソレ以外は?他にも、在るんでしょう?」
「そうだな。
他に挙げられるとすれば、先に挙げたヤツと被るけど、そうする利益が存在しない、って処かね?
まず、渡された通貨は多分この国のモノだ。交易国家と言うだけあって、他国でも多分普通に使えるとは思うけど、基本的にここで消費しきってしまった方が具合が良い。
で、その時に偽金でした、なんてなったらどうなると思う?」
「あぁ、そう言う事?
わざわざ、地元で自分達の悪評を広められる様な事は、したくないものね?」
「大正解。
基本的に、ここウィアオドスが一番品揃えが良い立地をしているんだから、ここで買い物をして物資を揃える事になる。
で、ここで支払いに使おうとして『偽金なので使えません』なんてなった日には、大袈裟なまでに騒がれるだろうな?
『ギルドでの報酬に、偽金が支払われた!』ってさ」
「成る程ね。そうなっちゃうと、ギルドとしてのこれまで築き上げて来た信頼も、全部が全部一気に、とは行かなくてもある程度は失われる事になっちゃうからねぇ~。
流石に、信用取引が基本のギルドじゃ、それはやりたくないでしょうね」
「他にも、どうせ溜め込まずにここで使い切るだろう、って狙いだとか、ここのギルドはちゃんと約束通りに報酬を支払いますよ、って言う宣言と宣伝を兼ねての行動だった、だとかも考えられるけど、そこまで言い出したら何でもかんでもそうなって来るんでここまでにしておくぞ。
流石に面倒臭いからな」
「は~い、了解~」
会話しながらも歩きを止めずに進み続けた二人は、ギルドから程近い市場へと到着していた。
先の会話で出てきた通りに、これから行う旅路で必要となる物資の補給を行う為だ。
とは言え、そこはやはり半分は建前。本音としては、半ば餞別としての意味合いも込められているのであろう報酬を、何時までもあからさまな形の借りとして手元に置いておきたくない、と言う心理的なモノも多大に含まれている。
同様に、先に手にしたクロスロード国の通貨を使いきってしまいたい、と言う事情も在る(他国の通貨を使う際には割りと面倒な手続きが必要となる事も多いから。なおアルカンシェル王国貨は主導国家の通貨である為に普通に使える)為に、使える内にさっさと使ってしまおう、と言う目論みも在るのだが。
そんな訳で、市場として開かれている通りを揃って歩いて行くシェイドとサタニシス。
交易国家と言うだけあり、様々な人や品が集まるこの国は、決められた場所であれば露天を開く事を許されている為に、こうして纏まった場所には市場が出ている事が多く在る。
当然、多種多様な種族と所属する国家の異なる人々が一所に集えば、必然として争いが絶えない事となるのだが、その辺は商人達が身元の保証や各地でのモノの情報等を交換する事を目的として作られた『商人ギルド』のウィアオドス支部が取り仕切っているらしく、多少のいさかい(場所の取り合いや喧嘩等々)は起きたとしても、大規模な争い(商会同士の抗争や広範囲の場所確保等々)にまでは発展する事は殆んど無いらしい。(皆無だとは言っていない)
寧ろ、こう言った露天通りの市場の方が、安定性は無いながらも掘り出し物の逸品が眠っている可能性は高く在る為に、こう言う場所に足しげく通う者も少なくは無いのだとか。
とは言え、それは普通のお客であれば、のお話。
彼らの様に、多少高くても近くに在った処で一刻も早く用事を済ませたかった、と言う類いの者であればその辺に関わり合っているつもりも予定も在りはしないので、普通にその手の骨董や素材系統の露天はスルーして食料品や日用消耗品を売り出している店を巡り、それぞれで使っていた分を補給して行く。
時折、シェイドが露天で広げられていたナイフ(見た目が格好良かった)や包丁(少し刃先がヘタって来ていた)に視線を取られて暫しその場から動かなくなったり、サタニシスがアクセサリーの類いが売られている露天を覗き込んではチラチラと彼へと向けて視線を飛ばして来たり(結局買ってプレゼントする事になった)した為に、多少の時間を余計に使う羽目になってしまったが、それら以外はそこまで大きなトラブルも無く買い物を終えると、二人の姿は再び冒険者ギルドの中へと戻ってきていた。
「…………ねぇねぇ、シェイド君?
何で、わざわざ一回は出たギルドにまた戻ってきたのか、お姉さんにも分かりやすい様に説明してくれないかな?
そうでないと、お姉さんわざわざ二度手間した事に納得出来なさそうなんだけど?んん??」
「…………はいはい、今説明してやるから、そうやって目だけ笑って無い笑顔で迫って来るな。怖いから」
「あーっ!今、女の子に向かって、怖いって言った!
か弱い女の子に、怖い、だなんて言っちゃダメなんだからね!?」
「怖いモノは怖い。それは、男女関係無い。違うか?」
「違わないかも知れないけど、そこだけは違うの!
…………っと、取り敢えず今はソコは置いておくとして、先ずは説明して貰えない?今は、君だけじゃなくて、私も旅に同行する事になるんだから、ね?」
「…………分かった、分かった。分かったよ。
取り敢えず、こうやって戻ってきた理由は、依頼を受ける為だ。先に買い物に行った理由は…………そら、あっちを見れば分かるハズだぞ」
「…………?アッチって…………掲示板と、職員さん?」
シェイドが指差す方向へと視線を向けたサタニシスの目の前に、どのギルドにも共通して存在している依頼を貼り出す掲示板と、ソコに向けて移動する依頼書を山程抱えたギルド職員の姿が写り込んで行く。
そして、掲示板へと辿り着いた職員が、時に脚立や梯子の類いを使い、設置されている巨大な掲示板へと手にしていた依頼書を貼り出して行く姿を最後まで見届けると、首を傾げたままの状態にて彼へと振り返り、視線にて説明を求めて来た。
「…………見ての通りに、新規の依頼が貼り出されるのを待っていたんだよ。
大体、この辺りの時間帯に貼り出される事になってるから、それまでの時間潰しも兼ねて、先に買い出ししておいた、って訳だよ」
「……でも、なんで依頼を?
聞いてた限りだと、シェイド君別にお金に困ってはいないよね?しかも、ここでの通貨を使いきっちゃおうとする位には必要としていなかったハズだけど、どうして?」
「それはな、俺が受けようとしているのが、護衛依頼だから、さ。
丁度良いから、一緒に見に行ってみるか」
そう言って立ち上がり、掲示板へと向かって行くシェイド。
その背中を追い掛けて行ったサタニシスは、先に掲示板へと到着していたシェイドが指差す依頼者の内容へと目を通して行く。
「『アルカンシェル王国への護衛依頼。報酬・アルカンシェル共通通貨にて金貨十枚』『ユグドレア精霊国への護衛依頼。報酬・ユグドレア通貨にて金貨十五枚』『ボルケニア鉱床連邦への採掘依頼。ボルケニア通貨にて金貨十枚※雑費支給』…………ナニコレ?」
「…………いや、ほぼ見たままだぞ?
これを見れば大体分かると思うんだが、こう言う依頼は大体が移動した先の通貨で報酬が支払われるんだよ。
おまけに、中には依頼中の食事を依頼者側で持ってくれたりだとか、道中の雑費をある程度保証してくれたりだとか、そう言う条件が着いたりする事も在る。
だから、余程急ぎの旅か、もしくは低級のライセンスしか持っていないから受けられない、とか言う事が無ければ、大体は行きたい先に向かう隊商の護衛依頼を受けて同行するのが常道なんだよ」
「ふぅん?じゃあ、これとか良いんじゃないの?
『レオルクス工匠国への護衛依頼。報酬・レオルクス通貨にて金貨二十枚※雑費要相談にて支給可』だって」
「………………流石に、報酬が美味しすぎないか?逆に怪しいぞ、ソレ。
まぁ、他に良さそうなのが無いから、受けるんだけどさ……」
半ば釈然としない様子ながらも、その依頼書を掲示板から剥がし取って受付へと向かってサタニシスと共に移動するシェイド。
そして、二人のカードを提示し、この依頼を受ける事を申請すると、集合する場所と日時を指定される事となり、無事に依頼を受ける事に成功するのであった。
…………え?サブタイと中身が違う?
目指している事には代わり無いんだからよいんだよぉ!?(ヤケクソ)




