依頼を終えた反逆者は、僅かながらも監視者に対して胸襟を開く
頭目だけでなく、他の盗賊共も皆殺しにしたシェイドは、自らを汚す返り血を拭う事すらせずに最奥の空間にて踵を返し、外へと向けて歩みだす。
どうやら、このジェノス盗賊団とやらは人質を取って身代金を取る様な事を『煩雑で旨味が少ない』と考える性質の盗賊団であったらしく、極少数の慰み者として嬲られていた女性達を除いた他の無関係な生存者は残されていなかった為に、助かりたい、と希望する者のみを引き連れて洞窟を進んで行くと、外からも生臭い鉄の匂いが彼の鼻へと届いて来た。
多少警戒心を強めつつ、襤褸を纏う事で肌を隠させている女性達に手振りで待機を指示すると、一人気配を殺して出口へと向かい、鉄臭さが漂う原因である外を覗き込む。
するとそこには……………
「あっ!やっと戻って来た!
まったく、油断し過ぎなんじゃ無いの?お姉さんがこうして見張りして無かったら、何人か逃す事になる処だったじゃ無いの!
それで、こうして出てきたって事は、そっちはちゃんと片付けた訳なの?」
…………そこには、周囲を返り血で朱く染め上げながらも、自身は一切の負傷も汚れも受けた痕跡も無くそこに佇む、サタニシスの姿であった。
彼女の周囲に散らばる複数人のモノと思わしき死体は酷く損傷しており、辛うじて頭部だと判別出来るパーツには揃って恐怖の感情が貼り付けられており、血潮だけでは無く腸迄もが遠慮無く周囲に撒き散らされている事も含めると、どんな事をやらかしてくれたのかが容易に想像する事が可能であった。
「…………あぁ、悪い。
どうやら、奥に居たゴミ共を潰すのに夢中になって、何匹か逃したみたいだ。
出てきたのは、そこに転がってるので全部か?」
「もっちろん!私が、この程度の雑魚を見逃すハズが無いでしょう?」
「………………それは、俺に対する皮肉か?」
「さぁ、どうだろうね~♪
で、結局そっちはどうだったの?例の、気にしていた人質の類いなんかは、ちゃんと生きてた?」
「……あぁ、ちゃんと片付けて来たよ。頭目を名乗ってくれていたヤツの首も、この通り回収してある。
それと、人質だが……まだ生きていて、それでいてまだ生きていたい、って奴らだけは助けて連れてきた。まぁ、と言っても女性しか残っていなかった、と言えばどんな目的で生かされていて、どんな状態でいるのかなんて事は、わざわざ説明しなくても分かるだろう?」
「…………?あ、あぁ、そう言う事?
じゃあ、生きたくない、って答えた人達は……?」
「俺が片を着けた。
…………心配しなくても、あのゴミ虫共と同じ場所にだなんて放置しちゃいない。ちゃんと、連れてきてる。それと、余計に苦しめる様な事にもならなかったハズだ。少なくとも、全員最後には安らかな顔をしてくれていたよ……」
「…………あ、その……何て言ったら良いか……」
「いや、気にしなくて良い。
……取り敢えず、目の前で殺戮を繰り広げた俺が、血塗れなままで目の前に居るのは流石に刺激が強すぎて休まらないハズだ。
だから、取り敢えず俺はギルドまで行って人手と移動手段を確保してくるから、お前さんは護衛と兼任して彼女達の世話とケアをお願い出来るか?
少なくとも、俺とお前さんとを入れ換えるのよりは、大分違うと思うんだが……」
「…………え、いや、でも……私その人達と面識無いし、そもそも種族が……!?」
「………………頼むよ……」
そう言って、困った様な、何処かぎこちない表情と仕草にて頼み込む彼の姿に、初めて見せる弱った姿に何故か胸を『キュンッ!』と高鳴らせてしまい、思わず頷く形で同意を示してしまう。
ソレを受けたシェイドは、半ば断られても仕方がない、と言う思いで口にした言葉が受け入れられた事により、若干戸惑いながらも『受け入れられたのだから』と行動を開始する。
…………そこから物事の運びは可及的速やかなモノであった、と言えるだろう。
何せ、小さいとは言え街道一本を実質的に支配していた盗賊団の壊滅を依頼したら、その日の内に達成した、と言って来たのだ。動きが大きく素早くならない方がどうかしている。
実際問題、盗賊団の頭目の首を証拠品として持ち込み、その上で囚われていた女性を複数人保護しており、その上で保護出来なかった人に関してはキチンと連れてきていた事も、事を動かす大きな手助けとなっていたのは間違いないだろう。
既に夕刻を過ぎようとしていた事もあり、ギルドが保有していた馬車が複数台出され、赴いた彼の案内で盗賊団の本拠地として使われていた洞窟まで誘導され、ソコで護衛とケア役を兼任していたサタニシスと合流して女性達をギルドの人間に引き渡し、ついでに現場検証も兼ねて血塗れな洞窟内部を案内して彼らの仕事は終了したと判断され、その場で解放される事となる。
その際、囚われていた女性達からは確実に感謝される事となったし、ギルドの職員からも馬車に乗って行く事を薦められたがそれを固辞し、ギルドへと報告に訪れた際と同じく空間移動を可能とする汎用魔術を使用して、サタニシスと共にさっさと取っていた宿へと帰還してしまう。
未だに訪れた事の無い場所に『跳ぶ』のは不可能だが、一度行った事の在る場所であれば、空間を飛び越えて移動する事を可能とする闇属性の汎用魔術。
本来であれば、人一人が干からびる程の魔力を必要とするソレを既にギルドへと向かう際に一度使用しているにも関わらず、その上でサタニシスを連れた二人で宿の入り口まで跳躍して見せながらも特に疲弊した様な素振りを周囲へと見せる事もせずに宿の扉を押し開いて中へと入る。
流石に、最早夕暮れ時を通りすぎで夜半時に差し掛かっている事もあり、宿に備え付けられた食堂は既に閉まってしまっていたしなんなら宿の方も時間が時間だったのでそろそろ鍵を閉めてしまう処であったらしい。
遭遇した職員曰く、もう公衆浴場も火を落として閉めてしまっただろうしここも鍵を閉めるが、まだ宿に備え付けられた風呂は使えるから汚れを落とすのならばソコで落とした方が良い、との言葉を受け、少なくない汗を掻いたサタニシスだけでなく、それなりに返り血を浴びて身体を汚してしまっていたシェイドも再び風呂に入る事になった。
当然、女湯と男湯に別れている為に途中で別れる事となったのだが、その際に
「…………ねぇ、本当に大丈夫なの?」
と彼の背中へと声が掛けられる。
ソレに対して彼も、振り返る事はせずに
「…………さぁ、どうだろうね。
お前さんからは、どう見えてる?」
と逆に問い掛ける様な言葉を残して、一人男湯の方へとその姿を消してしまうのであった……。
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シャワーにて身体の汚れを落とし、新たな服に着替えたシェイドは自らが取った部屋のベッドに腰掛けていた。
俯き具合なその表情は端からは窺い知る事は出来ずにいたが、彼自身が放つ空気を見るからに、確実にハイテンションで朗らかなモノが浮かべられている訳では無い、と言う事は容易に察する事が出来た。
とは言え、時間も時間であり、かつそこまで空腹感を強く感じている、と言う訳でも無かった為に、半ば義務的な動作にて『道具袋』の中から取り出した果物を口にして行く。
…………まるで、砂を噛んでいるかの様な味気無さと味覚の喪失に内心で落胆を抱きつつも、自身にもこの様に感じ入る事の出来るだけの感性が残されていた、と言う事に少なからぬ驚愕を抱きつつも、どうせこうなってしまってはもう何をしても代わりは無いだろうから、と半ば諦めの境地に至り、さっさと寝てしまうか、と腰掛けていたベッドに横になって眠りに就こうと意識を切り替えて行く。
そうして、彼の意識が微睡みの底へと落ちて行こうとした正にそのタイミングにて、彼の部屋の扉が不意にノックされ、喪失されようとしていた意識を現実へと強制的に引き留められる事となってしまう。
…………一瞬のみ、このまま無視してしまおうか?とも画策するシェイドであったが、遠慮がちに叩かれたノックの調子であったりだとか、扉の向こう側から感じられる気配だとかから訪ねて来た相手の見当を付けると、流石に無視する事も出来ないか……と諦めと苦笑とを同時に浮かべながらベッドから立ち上がると、その足で扉の元へと移動して扉を開く。
「それで、ノックなんてしてどうした?
夜更け、と言うには些か早いにしても、もう既に暗くなっている、のだか……ら…………?」
「うん、まぁ、そうなんだけど、どうしてもちょっと気になってね?
だから、部屋に入れてくれるとお姉さん助かるんだけど、ダメかな?」
声を掛けながら扉を開いたシェイドであったが、ソコにいた予想通りの人物の予想外な出で立ちにより、思わず脳が現実を拒絶する事となってしまい、動作を停止する事となってしまう。
…………そう、そこには、予想通りにサタニシスが立っていたのだが、その服装がキャミソールと呼ばれる薄く肌の透ける様な夜着と下着のみであり、頭一つ分は優に上背が在るシェイドの視界にその深い胸元の谷間を見せ付ける様なデザインのモノであった為だ。
そんな服装にて訪れられる様な心当たりも、理由も無いハズの彼の内心では『?』が乱舞してしまっており、固まっていた彼の脇を彼女がすり抜ける様にして部屋の中へと侵入した挙げ句、自らベッドに座って隣を叩き、ソコに座る様に、と促されるがままに腰掛けてしまうまでまともに思考する事が出来なくなってしまっていた。
が、そんな彼に追い討ちを掛けるかの様に、腰掛けた瞬間に横合いから伸ばされた腕によってベッドの中へと引きずり込まれると同時に、柔らかくて暖かくて甘い香りのするモノの中に顔面を包み込まれる事となってしまう。
「…………も、もがも、むんもむがもめ!?」
一瞬の出来事であったとは言え、若干とは言え冷静になりつつあった彼の頭脳は現在自分が置かれている状況を把握する事には成功するも、何故そうなっているのか?と言う理由に皆目見当が付かなかった為に、包まれてしまっているが為にくぐもった音としてしか発音する事が出来なかったが、ソレをなしているサタニシスに対して抗議と疑問の声を挙げて行く。
それに対してサタニシスは、シェイドからはその表情こそは窺い知る事は出来ずにいたが、それでも慈しみを感じさせる手つきにて髪を撫でられたり、弛く優しいながらも逃れる事を良しとはしない力強さにて回されている細腕を更に彼に対して意識させながら口を開く。
「…………どう言うつもりか、ね……悪いけど、私にも『これだ!』って理由が在る訳じゃ無いんだ。そこは、ゴメンね?
……でも、なんだか君が辛そうにしているみたいに見えたから、慰めて上げたくなったんだ」
「…………ふぉ、ふぉんまこお……」
「…………ふふっ、君、自分じゃ気付いていなかったかもしれないけど、大分ひどい顔をしていたからね?
まぁ、他の人達には気付かれていなかったみたいだけど、長くは無いけど一緒に旅をしてきたんだから、私が君の変化に気付かないハズが無いでしょう?」
「………………」
「…………君は、確かに強いよ。それは、肉体的にも精神的にも魔力的にも間違いは無いさ。
でもね?どんなに強くても、男の子だったとしても、生きていれば辛くなる時は必ず来るんだ。そうなった時に、無理して抱え込んで溜め込んじゃうと、いつか無理が利かなくなって壊れてしまうんだよ?
だから、だからね?辛くなった時は、辛いって言って良いんだ。
悲しい時には、悲しいった言って良いんだ。
やりたくない時には、やりたくないって言って良いんだ。
それが、生きてるって事なんだから。
だから、今はお姉さんの胸の中でお休み。そこでなら、どれだけ何を吐き出したとしても、私も聞かなかった事に出来るから、ね?」
…………そのセリフを受け、その上で頭を背中を優しく撫でられてしまった彼の中で、何かが決壊した様な感触が生まれた。
……それは、幼馴染み二人から、裏切りにも近い行為をされた時。
……それは、唯一の家族であった妹から、きつく当たられた時。
……それは、学友となったハズの者達や同朋だと思っていた冒険者、街の人々が彼の事を罵倒した時。
……それは、今日身勝手な理由で周囲を傷付け虐げて来た盗賊団を壊滅させ、その上で生きる事を諦めてしまった数名を手に掛ける事となってしまった時。
それらの時に生まれ、積もり、常に蓄積して彼の中に残っていた、『他者を信じる事が出来ない』と言う『澱み』であった。
…………それ故にか、彼の両目からは静かに涙が溢れ落ち、それまで中途半端に固まっていた彼の両手は、彼女の背中へと繊細な芸術品を壊してしまわない様に緩かに、それでいて命綱にすがり付く様に確りと回されて行く事になるのであった……。




