目的を達した反逆者は、生まれた国を後にする
武闘大会が予想外の終わり方をし、その表彰式にて滅んだと思われていた魔族の来襲を受け、撃退に成功しながらも王族を含めた数多の負傷者と被害者が出た翌日の昼過ぎ、旅装に身を包んだ件の元凶であるシェイドがカートゥの通用門から歩み出た。
彼は、自身がこれまで何度も通り抜けて来た通用門をチラリと振り返ると、特に感慨を抱く事も無く、若干の拍子抜けした様な雰囲気と共にカートゥ正面に延びている街道へと一歩を踏み出す。
……てっきり、会場を去る際の置き土産を受けた市民諸君が血相を変えて袋叩きにして報復してやる!と意気込んで囲って来るか、もしくは殺気だった騎士連中が『陛下に対する無礼の咎だ!』とか抜かしながら血眼になって自分を探し出して亡き者に変えようとしているのではないかと期待(注※間違いではありません)していたのだが、特にそう言う捜査の類いを目にする事も無く、通用門で自身のギルドカードを提示した時も特に止められる様な事態にはならなかった。
その為に、彼としては自身で予想していた様な事態にはなっていないのだ、と判断し、今か今かと期待していた気持ちに肩透かしを食らった様な状態となっていた、と言う訳だ。
こんな、特に何も起きないのであれば、旅立ちのセオリー通りに早朝に出立しても良かったし、ラヴィニアやランドンを脅し付けて約束の通りに幾つかの賞品を巻き上げたり(『あのまま俺が手を出さなかったらお前さんこうして生きてはいなかっただろうなぁ~?』と耳元で囁いた)、子飼いの冒険者を刺客として仕向けたり、自分の情報を騎士団やその他に吐かない様に釘を刺したりして時間を潰す必要も無かったか、と若干名無駄足を踏んだ事への虚無感が強く顔を出していたが、次の瞬間にはそれすらも振り払って街道を力強く進んで行く。
別段、自らの足で歩かずとも、彼の固有魔術であれば幾らでも空を行く事は出来るし、固有魔術を使わずとも空間を支配する属性である闇属性持ちの彼であれば幾らでもショートカット出来るのだが、あまり人通りが多く人目も多い場所にてそんな離れ業をしてしまっては要らぬ注目を集める事になりかねない事を厭った為に、カートゥから離れるまではこうして自らの足で距離を稼いでいる、と言う訳なのだ。
とは言え、ソコは並外れた魔力を持ち、素の身体能力としてもかなりのモノを誇る彼の健脚。
通常であれば、全力で身体能力強化の魔術を使用するか、もしくは多頭牽きの馬車を駆けさせるかしないと出せないであろう程の速度にて、人の疎らな街道を突き進んで行く。
そんな彼の背後から、近付いて来る気配が一つ。
不意打ちを警戒し、カートゥを離れてからは常時展開している魔力捜波(要するに魔力式のソナー)に引っ掛かったソレは、彼の鋭敏な聴覚にも届いている通りに、どうやら派手に車輪を鳴らして爆走している馬車である様子。
比較的大型であり、それでいて内部に乗り込んでいる人数はそこまで多くは無い所を見るからに、恐らくは力の在る貴族家が所有する速度重視の大型馬車なのだろう。
この時間にこれ程の速度で飛ばしていると言う事は、余程急がなくてはならない何かしらの用事が在る、と言う事なのだろう。なれば、あまり目立つ様な事をして目を付けられる様な事になっては面倒だし、何より街道とは言えそこまで道が広くもないのだから、早々に土煙を被る羽目になるのは勘弁願いたい。
なんて思惑から、彼はそれまで駆けていた足を弛めると、多少早いながらもちょっとした休憩も兼ねて軽く街道として区切られている土地から外れ、偽装も兼ねて背負っていた背嚢に吊るしている水袋を手に取り、未だ汲み立てで冷たいままの水を口に含んで行く。
ついでに、以前バザールで購入していたモノとは別口で購入していたドライフルーツや干し肉(道具袋を所持していないのであれば普通はこれらが旅の途上の食糧となる)も幾つか取り出して齧っていると、彼が感知した通りに街道を馬車が駆けて来る。
…………何となく見覚えが在る様な気がする、多頭立てでドラゴンの紋章が象られた意匠の馬車を横目にしながらも、どうせ自分には関係無いし、との思いからドライフルーツを一つ齧り、その予想外の固さと乾燥具合に酸っぱさに顔をしかめていると、何故か少し行った所で馬車が止められ中から誰かが降りて来る。
再び口にした水で妙に酸っぱいドライフルーツを押し流しながらチラリとそちらに視線を向けると、ソコには見た覚えの在る顔が幾つも並んでいる様に見えた。
が、流石に連中が昨日の今日で追い掛けて来るハズも無いし、何より追い掛けて来る様な用事が在る訳でも、そんな関係性のままであったハズも無いのだから多分気のせいだなうんきっとそうだ!と自らを納得させた彼は、取り出していたモノを元に戻して背嚢を背負い直し、止まった馬車を追い越す形ですり抜けようとする。
すると…………
「おい!何の断りも無くいきなり出て行くとはどう言う了見だ!?
お前は、俺達の仲間になったのだろう!?なら、今までの事は水に流してやるから、勝手な事をしないで一緒に「ソイッ!!」ゲペッ!?」
と、横合いからいきなり声を掛けられた上に、何の断りも無く彼の肩を掴んで振り向かせようとした(ような気配が在った)為に、半ば反射的にその手首を極めると、何かを喚いている中で引き寄せながらその腹部に膝を叩き込み、追撃に肘鉄を首筋へと落として半ば無理矢理に沈黙させる事となってしまう。
流石のシェイドも、見ず知らずの相手にコレはやり過ぎたかな?でも死んではいないハズだし、いきなり意味の分からない内容で声を掛けて来たのは向こうなんだから仕方無いヨネ?(この間0.3秒)と結論を出した彼は、気絶した『誰かさん(推定不審者)』を地面へと投げ転がすと、同行者と思わしき連中から絡まれる前に離脱してしまえ!とばかりに足を早めようとする。
すると、今度は、今度こそは確りと聞き覚えの在る声が彼の耳朶を叩き、彼の意識がそちらへと向けられる事となった。
「…………ごめんなさい、シェイド君。
急いでいるのだろう事は分かっているのだけど、少しだけ、私達に時間を貰えないでしょうか……?」
「……………………あ?ナタリア……?」
そう、そこに居たのは、彼の元幼馴染みであったナタリアであった。
ズィーマの魔術によって引き起こされた爆裂に巻き込まれ、満身創痍となっていたハズの彼女は、未だに包帯を巻いたりしていはするのだが、比較的元気そうな様子で彼へと会釈する。
ソレに釣られる形で他の同行者に視線を向けるとソコには、彼女を含めた所謂『勇者パーティー』と呼ばれるメンバー達が揃っている状況であった。
それぞれ、腕を吊ったままであったり、頭に包帯を巻いていたり、松葉杖を突いていたりと、最早こんな処にいないで病室で安静にしていたら?と突っ込みを入れるのが妥当そうな外見をした面々と、彼に殴られて地面へと沈んでいる比較的負傷していないように見えるシモニワの姿を目の当たりにしたシェイドは、不思議そうにしながらも首を傾げる。
「…………何?俺に、なんか用事?
でも、俺にはお前さん達に対しては用事は無いんだが?
俺に対して何ぞ用向きが在るんなら、さっさと済ませてくれない?一応、暇で暇で仕方無い、って訳じゃ無いんだけど?」
「…………そんな。妾達は、あの時のお礼を申し上げに来ただけですのに……」
「それだけ自分達に信用が無い、って事に、まだ気が付いていないとは、随分とお目出度い頭してるみたいですね?
これまでは、タイミングとシチュエーション的にダメだったから、まだそこまで行っていなかったから、と手加減してましたけど、もう一思いに殺っても問題は無い、って状況に在るのにまだ気が付いていないんですかね?」
「………………っ!?」
軽く殺意や敵意が込められた魔力がシェイドの身体から放たれ、それを受けたレティアシェル王女が今更になって顔を強張らせる。
が、そんな彼女を宥める様に、彼との間にナタリアが割って入り、レティアシェル王女を下がらせつつ
「ここは、やはり当初の予定通りに私が。
私ならば、彼も言葉を聞くだけは聞いてくれるハズですから」
「……分かりました。お任せ致します」
と小声でやり取りをしてからシェイドへと向き直る。
「ごめんなさいね?
殿下も、悪気が在った訳ではないのです。どうか、許しては貰えないかしら?」
「……悪気が無ければなにやっても良い、って訳でも無いハズだが?
まぁ、良いや。それで?何の用だ?
急ぎじゃないとは言え、さっきも言った通りに暇じゃ無いんだけど?」
「えぇ、そうでしたね。
では、手短に。
こうして私達がシェイド君を追い掛けて来たのは、昨日助けてくれた事へのお礼が言いたかったのと、君の見送りがしたかったからなの」
「…………見送りは、取り敢えず百歩譲って良い事にするとして、お礼?別段、アレは俺個人の武力で魔族相手に戦えるのか、の実験であって、助けたつもりなんざ毛頭無いんだが?」
「それでも、ですよ。
君がそう意図していなかったとは言え、私達が助けられたのは事実ですので。
なので、お礼、と言うのには少しアレですが、現在のカートゥの状態をお教えしますね?」
「…………そう言えば、誰からも咎められたり追い回されたりする様な事にはならなかったけど、アレって何か在ったわけ?偶然じゃ無いんだろう?」
「えぇ、そうなりますね。
シェイド君が闘技場を後にしてから、君を処罰するかもしくは戦力として強制的に使うべきだ、との提案が出されたのですが、ソレに対して陛下が待ったを掛けたんです。
仮にも敵を退けて命を救った相手に対してその扱いは遣り過ぎと言うモノであるし、何より彼を戦力として引き込むのであれば膨大な資金か、もしくは数多の人命が必要となるだろう、と仰られたとかそうで無いとか。
ともあれ、それが切欠となり、シェイド君に対して手出しする事は赦されない、と言う事に落ち着いたのだそうです」
「…………へぇ?あのオッサン、悪知恵回すだけじゃなくて、意外と周り見ていたりするんだ?
ここで、まだ俺の軍事利用を諦めていませんでした、とか戯言を抜かす様だったら、先ずは俺の事を虐げてくれていた連中の首を並べてから話を聞こうか?って返す処だったからな。運が良かった、と言うべきかねぇ?」
「…………ソコに関しては、この国の貴族家でもある私の口からちょっと、ね?
でも、そう言いたくなるのは理解出来ますし、今ならば私としても思う処が無いでも無いので『殺っちゃって!』と言いたい処なのですが、そうなると私の首も同じく転がされる事になりそうなので、ノーコメントでお願いします」
若干笑顔をひきつらせながらそう応えたナタリアであったが、他の面子は顔を青ざめさせていたり、冷や汗を流しながらガタガタと震えていたりした為に、彼からの皮肉は十二分に通じていた、と見て間違いは無いだろう。
「それで?用事はもうお終いか?」
「えぇ、そうですね。
ジナちゃんとベラちゃんも何か話したい事が在ったみたいですが、この様子ではソレをするだけの勇気は無さそうですし、ね?
…………まぁ、本当であれば、何かしら旅立ちの餞に、見送りの品を贈るのが筋なのでしょうが、シェイド君に贈るとなると大抵のモノは無用の長物となりますので、コレで我慢して下さいませんか?」
…………チュッ!
軽くでは在るが、確実に柔らかく暖かい感触が彼の頬へと触れて行く。
このアルカンシェル王国には、清らかな乙女の初の口付けは、想い人のあらゆる災厄から守ってくれる最強の加護をもたらす、と言う旧い言い伝えが存在している。
恐らく、彼女はソレに倣ったのだろう、と当たりを付けた彼は、腰にぶら下げていた『道具袋』の中身を漁ると、中から古びたネックレスの様なモノを取り出してナタリアへと目掛けて投げ渡す。
「…………あの、コレは?」
「やる。
持ち主に命の危機が迫ると、一回だけ対になってるモノの持ち主をそちらに呼び寄せる効果が在る…………らしい。
俺からの、餞に対する返礼だ。持ち続けるなり、捨てるなり、売り払うなり好きにしろ」
「…………フフッ!えぇ、では私の好きな様にさせて頂きますね?」
そう、嬉しそうな微笑みを浮かべながら、愛しそうにネックレスをその豊かな胸元へと抱き締めるナタリアの姿に、調子狂うなぁ、との呟きを溢しながら背を向けたシェイドは、他の面子からの呼び掛けを丸ごと無視し、軽く手を掲げて別れの挨拶とすると、その場からフワリと浮き上がり、そのまま空を駆ける様にしてその場を後にするのであった……。
コレにより、反逆者は祖国に縛られる事を止め、世界をその足で思うがままに周り始めるのであった。
ソレがどの様な意味を持つのかは、今はまだ、誰にも分からない。
取り敢えず今章の本編かつ第一部はこれまで
次に閑話と軽い人物紹介を挟んで次の章かつ第二部を開始します




