反逆者は魔族と対峙し、その力を測る
「…………う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
自らの目の前へと迫る刃に対し、恐怖の叫び声を挙げるシモニワ。
その両の腕も、得物すらも上へと打ち上げられてしまっており、迫り来る刃が見えていたとしても、引き戻して防御する、と言う事が出来ずにいた。
咄嗟に結界を展開して防御しようと試みるも、魔術に触れてまだ日の浅い彼が急造で展開した様なモノではソレを受け止める様な事は出来ず、まるで薄紙を裂く様にしてグングンと彼の頸へと刃が迫る。
そして、恐怖に顔をひきつらせたまま迫る刃が自身の頸を切り裂かんとする光景を、シモニワがただただ見詰めるしか出来ずにいた正にその時であった。
「……………………はい、そこまで」
そんな掛け声と共に、迫って来ていた刃だけでなく、自らズィーマと名乗る魔族の姿が彼の視界から忽然と消え失せる事となる。
声に釣られる形で視線を向けるとソコには、軽く足を掲げた状態で片足立ちをしている、彼にとっては憎たらしくて仕方の無い相手の姿が在った。
「…………な、し、シェイド!?
お前、一体なんのつもりで!?」
「…………あ?なに、お前。
もしかして、助けて貰った癖して文句でも抜かすつもりじゃ無いだろうな?」
「だ、誰も『助けてくれ』だなんて頼んでいないだろう!?
お前が、勝手に助けただけだろうが!?」
「まぁ、間違ってはいないし、俺としても別段お前程度を助けたつもりは毛頭無いが、仮にも助けてくれた相手に取る態度じゃ無いよなぁ?」
「…………ぐっ!?だ、だが、『助けたつもりは無い』って言うのは、どう言うつもりだ……?
現に、こうして俺の事を助けているじゃないか!それすらも、勘違いだ、とか言うつもりか?」
「結果的にはそうなった、ってだけで、お前程度を助ける為だけに動くハズが無いだろうがよ。
もう少し、その頭働かせたらどうなんだ?ただの帽子置きじゃないんだろうがよ」
「…………ぐ、ぎぎぎっ……!?」
結果的には救われたと言うのにも関わらず、相変わらず喧嘩腰にて絡んで来るシモニワの事を適当にいなしながら、自らが蹴り飛ばしたズィーマの方へと視線を向ける。
するとソコには、ギリギリで反応して差し込んだらしい腕を抑えながらも、油断無く彼へと鋭い視線を向けて来る姿が在った。
「…………ほぅ?流石魔族、と言った処か?
割りと本気で蹴り飛ばしたつもりだったんだが、耐えられただけでなくて防がれもしたか。これは、中々難儀な相手になりそうだ」
「…………一つ問いたい」
「ん?何ぞ?」
「…………そなたは、この戦いには関わるつもりが無い、と某は見ていた。事実、つい先程までは、動く気配を見せていなかった。
……しかし、今はこうして某に対して攻撃に出ている。これは、敵対の意思在り、と見ても良いのであろうな?」
「………………ん~、どっちかって言うと、無いな」
「………………何だと……?」
シェイドからの返答が余程予想外であったのか、鋭くすがめられていた目を僅かに見開くズィーマであったが、ソレ以外の動揺を露にする事はせず、寧ろ『会話の途中』と言う絶好の機会を逃す事無く瞬発し、離されてしまっていた彼との距離を詰めると、手にしていた得物を鋭く、短く振るって来た。
最早、手先は霞み、幾重の斬擊が重ねられているのか分からない上に、決して足を止めようとしないズィーマの動きにより、周囲からはまるで何人も同時に相手にしている様にも見えていた。
が、当然の様にシェイドもソレを一方的に受ける様な事にはならず、同じ様に分身して見える程の速度にて動き回りながら、先程とは打って変わって最初から殺すつもりで掛かって来ていたズィーマの攻撃を捌いて行く。
その様子を、突き飛ばされて尻餅を突きながら呆然と見上げるシモニワの目の前で、互いに攻防を続けながら会話を再開させるシェイド。
「あぁ、誤解の無い様に言っておくと、別段あんたの事を嘗め腐ってる、って訳じゃないからな?
少なくとも、油断のならない相手だ、と認識はしているからな」
「…………ならば、真意を語られよ。
よもや、某の力量を測る事で、今後の対応を変えようとしている、等とは言わぬであろうな?」
「…………ん~、当たってはいないが、外してもいない、かな?
何せ、さっきも言った通りに、別段俺個人としては、お前ら魔族と敵対するつもりは無いんだよ。本当にね」
「…………なれば!何故に某の邪魔をする!?」
苛立ちを滲ませた咆哮を挙げながら、大きく切り払う事で無理矢理両者の距離を開いたズィーマは、シェイドへと向けて手を突き出すと、自身の背後に無数の魔法陣を展開させて行く。
通常の人類では術式の処理能力の関係上、並列展開は不可能だ、と言われている中でのその光景に、観客席側からは絶望の呟きが幾つも溢され、偶然とは言えシェイドの背後に位置する事になっていたシモニワも、似た様な表情を浮かべると共に
「………………お、お終いだ……」
との呟きを溢す事となった。
…………が、当のシェイドは
「……おぉ、流石『魔』族ってだけは在るな。
だが、流石にこう出られたら、俺も本気で行かんとならんかね。
と言う訳で、ホレ。【爆砕黒波】」
と軽い調子で応えると、彼の背後に浮かぶ無数の魔法陣に対して、一つの魔術を放って見せる。
彼の身体から放たれた莫大な魔力に思わず身構えるズィーマであったが、自らの背後に突如として現れた異様な気配に視線を翻すと、ソコには異様な光景が広がっていた。
…………いや、正確に言えば、ソコには目に見える形で何かが在った、と言う訳ではない。
強いて言うのであれば、自らが魔法陣を展開していた場所に、見たことも無い黒点が浮かんでいたが、その程度だ。
……だが、目に見える形での異変はソレだけで在ったとしても、本来ならば目に見えないハズのモノが引き起こす形での異変であれば、彼が思わず戦慄する程の事がソコでは起きていた。
突如として発生した黒点を中心として、まるで空間その物に罅が入った様にも見える謎の亀裂が周囲へと広がっており、既に展開されている魔法陣を巻き込んでいながらも、不思議と機能不全に陥る事も術式が崩壊する事も無く、依然としてソコに在る状態となっていたのだ。
あからさまな迄に異常な状態となりながらも、伝わってくる情報全てが『正常である』と告げている現状の異常さに総毛立ち、恐らくはソレを仕掛けて来たのであろう本人と推定されたシェイドへと視線を戻すズィーマであったが、ソコには口元に半月の嗤みを浮かべた彼が片手を掲げており、弛く開かれていた手の平がギュッと握り込まれる瞬間が彼の視界へと写り込んで来ていた。
…………そして、それと同時に、彼の背面にて『爆裂』と表現する他に形容する言葉の見当たらない現象が発生し、彼の背中から多大な衝撃を与えて破壊すると同時に、彼の身体を前方へと大きく吹き飛ばす事となってしまう。
咄嗟に体表へと魔力を纏って防御しつつ、受けたダメージを癒す為に体内の循環を早めるズィーマであったが、下手な結界よりも強固なハズの身に纏った魔力を存在しない様に貫通して直接彼の身体へと衝撃を叩き込み、回復されるよりも多くのダメージが与えられる事となって行く。
「………………ガハッ!?ば、馬鹿な……!?
某は、ちゃんと防御していた、ハズ……!?にも、関わらず、これまでの、ダメージを受ける等、あり得るのか……!?」
流石にソレには対抗する事が出来ず、襤褸切れの様に舞台へと叩き付けられ、吐き出した血液によって地面を汚すズィーマ。
身体を支配する激痛に耐えながら溢されたその言葉に、地面を打つ足音と共に返事が返されて行く。
「……ふぅん?流石に死んだかな、とは思っていたが、どうにか生きてたみたいだな?
まぁ、とは言え、空間を歪め、穴を開ける程の圧縮された超重力の嵐と、ソレが解放される事によって圧縮されていた空間その物が膨張して起こる防御不能の爆裂である【爆裂黒波】を受けてしまえば、ほぼ死に体になるのは間違い無かった様子だがな」
「…………ゴフッ……これが、お前の……固有魔術、と言うヤツか……」
「正解~。
さて、ほぼ一撃でボロボロになったズィーマさんや?
お前さんに、選択肢をくれてやろう」
「選択肢、だと……?」
「そ、選択肢。
と言っても、そんなに難しいモノじゃないぞ?ただ単に
『このまま戦って俺に殺される』
か
『大人しく逃げ帰る』
か、好きな方を選びな、ってだけさ。今撤退するのなら、確実に逃がしてはやれるけど、どうする?」
「…………なん、だと……?」
彼からの予想外の提案に、思わず思わず目を丸くするズィーマ。
それまで地面に横たわっていた上体を起こし、肘でどうにか身体を支えながら彼と視線を合わせるが、ソコにはドロリと濁った瞳が在るだけで、彼の真意を読み取る事は出来ずにいた。
「…………某を殺さず、逃がすメリットが何処に在ると、言うつもりだ……?」
「まぁ、そうだな。
さっきも言ったけど、俺個人としてはあんたら魔族に特に思う事は無いんだよ。その上、この国に対して特に思い入れが在ったりだとか、忠誠心が在ったりだとか、守らなきゃならない相手が居る、だとかでも無い訳さ。
なんで、あんたらとこの国とが戦争を始めようがどうしようが、俺個人としては基本的に関係が無いのさ。
だから、って訳でも無いけど、あんたらの頭である魔王に伝えて貰いたい訳よ。『手出ししないのならこちらから関わるつもりは欠片も無い』ってね」
「………………それ、は……手出しされたのならば、容赦はしない、とも取れる言葉だが……?」
「そりゃ、もちろんさ。
俺だって、余計な面倒事はゴメンだが、だからって一方的に絡まれたり殴られたりする事を『良し』とする様な善人て訳でも無いんでね。
ただ単に、俺としては関わるつもりは無いから、やりあうんなら勝手にやっててくれ、ってだけだよ。無関係な俺を巻き込むな、とも言えるだろうけど」
「……ソレを、信用するに値する証拠は、何か在るのだろうか?」
「いや?無いけど?
でも、あんたを一方的に蹂躙出来るだけの力を持つヤツが、こうして『逃がしてやる』って言ってるのだから、余計な証拠なんてモノが必要なのか?
それに、あんたがソレを求められる立場に、本当に在ると思っているのか?ん?」
「……………………承った。
そなたからの伝言、確りと陛下に伝えさせて頂く……」
そう呟きを溢すと同時に、自らの下に魔法陣を展開させるズィーマ。
未だに負傷を癒しきらない中でのその行動に、すわ自爆か、もしくは逃走か!?と周囲が騒がしくなり、取り押さえようとそれまで静観の姿勢を示していた者達が俄に騒がしくなって行く。
そんな最中に在りつつ、その場に於いて最も近くに居ながらも、ソレを妨害する様な事もせず、寧ろ一歩遠退いて魔術の行使を助ける様な素振りを見せるシェイドに対し、非難の声が投げ付けられる事となるが、それらの一切を無視した彼は、ズィーマが魔法陣の発光と共にその姿を掻き消すまで、その場から動くことは無かったのであった。
一応、決着?




