反逆者は全ての思惑を踏みにじり、一人半月の嗤みを浮かべる
上空からの痛烈な一撃により、轟音と共に舞台へと叩き付けられるレティアシェル王女。
着地と共に巻き起こった土煙が晴れるとそこには、痛々しい迄の光景を晒す彼女の姿が存在していた。
神々しさすら感じさせていた翼は、片方は根元から、もう片方は中程にて折れ砕け、純白であった羽もその殆どが残されてはいなかった。
頭上に浮かんで光を放っていた天輪も、攻撃の余波か、もしくは墜落した際の衝撃かは不明だが、無惨にも割れ砕かれてしまっており、その原型は半分も保ってはいない状態となっていた。
力無く舞台に倒れ込んだまま苦鳴を漏らすレティアシェル王女。僅かに身動ぎするだけでも激痛が走るのか、その場から起き上がる事もまともに出来てはいない様子であった。
そんな彼女の横に、フワリ、と降り立つシェイド。
着地の際に碌に振動を発する事が無かったり、大した音を立てる事無く着地した事を感じ取ったレティアシェル王女は、先の空中での挙動と合わせて彼が実は空中での移動手段を保持している、と言う事に思い当たり、思わず歯噛みする事となってしまう。
悔しそうな視線を向けて来る彼女に対し、冷笑と共に『ソレを想定していなかったのが悪い』との意味合いを込めた視線を投げ付けたシェイドは、無惨な姿を晒して舞台に転がっている彼女へと駆け寄り試合の続行が可能か否かの確認をしている審判から視線をずらすと、何気無しに観客席をグルリと見回して行く。
闘技場中央に設えられた舞台から見回すと、観客席は舞台をグルリと囲む様に造られており、さながら籠の鳥か、もしくは檻の中の獣になった様な心持ちとなってしまう。
基本的に同じ高さに揃えられている観客席だが、一部だけより高くなる様に設計されていて、ソコにはレティアシェル王女と良く似た顔立ちの中年の男女がおり、彼女の方へと視線を向けていた。
女性の方は、品の良さそうであり、かつ歳をとっても崩れる事の無い美貌に心配そうな表情を浮かべているが、彼女と同じく黒髪の中年男性は、顔の下半分髭に覆われた状態であったとしても、まるで『期待外れだったか』と言わんばかりの忌々しそうな表情を浮かべているのであろう事が、遠目にも見て取れた。
何やら会話もしている様子だが、彼が行った大物喰らいによって沸き立つ周囲が流石に煩すぎる事と、距離が在りすぎる事で読唇の類いも上手く行かずに内容を把握するまでは無理であったが、その表情からあまり良い内容では無いのだろう、と言う事が察せられた。
そこから視線を動かして周囲へと巡らせて行く。
レティアシェル王女の敗北がほぼ確定した事により、彼からの攻撃を恐れて絶望の表情を浮かべる者。
以前虐げていたのに、今になって掌を返して『俺はやると信じていたぞ!』と味方面している者。
結果に納得が行かないのか、『どうせ卑怯な手を使ったんだろう!?』と額に青筋を立てながら罵声を投げ付ける者。
そう言った面々の上を視線は滑って行き、満足そうに頷いているランドン校長や何故か羨ましそうな視線をレティアシェル王女へと向けているギルドマスター・ラヴィニア等の姿を確認した後、とある一点に於いて停止する事となる。
…………その一点とは、シェイドのガイフィールド学校に於ける担任であるゲレェツが座っている場所であった。
以前からシェイドは、ゲレェツからは多大なる嫌がらせの類いを受けていた。
授業の最中であっても彼の事をあげつらう様な話題を振って笑いを取ったり、実技の授業でわざと彼に困難な課題をピッタリ、と言った具合にだ。
ソレに、彼が覚醒する切っ掛けとなった森での一件に於いて、彼を見捨てて真っ先に逃げ出したり、と言う前歴の持ち主でもある。
そんな、ゴミの様な性根の持ち主が、興奮した様子で彼の事を指差しながら、周囲に座る者達へと胸を張って何かを言い触らしている様な姿が視界に入って来た為に、思わずそこで視線を止めてしまった、と言う訳だったのだ。
…………シェイドの知るゲレェツの性根からして、どうせ碌な事はしていないのだろうな、と見当を付けつつも、何か嫌な予感がしていた為に魔力を目に集中させて視力を強化し、よりハッキリとその姿や素振りを確認すると同時に、読唇によって何を話しているのかを解読して行く。
すると、案の定予想の通りに碌でも無い事が出るわ出るわで、思わず額を押さえながら顔をしかめる事となるシェイド。
何故そんな事になっているのか、と言えば、ゲレェツが在ること無いこと周囲に吹き込みながら、盛大に大騒ぎしてくれていたのだ。
読唇にて読み取れた事曰く
『あいつ(シェイド)は自分の生徒であり特別に目を掛けて教育して来た生徒でもある』
『自身の教育のお陰であいつは大会優勝と言う栄光を頂く事が出来たのだから、自分の手柄と言っても過言では無い』
『あいつ自身も自分の事を慕っているから、自分が声を掛ければ大抵の事はやらせる事は出来る』
『優勝した生徒の所属している教室の担任である自分には金一封が出ると同時に学校での栄達が約束されたのだからその恩寵に預かりたかったら、分かっているよな?』
等と言った、根も葉もない様な戯言を、さも真実であるかの様に周囲へと吹聴してくれていた事に、思わず苛立ちが滲み出すシェイド。
事実無根の事とは言え、ほんの一部の人間だけとは言え、彼のことを虐げてくれた相手が恩師面してくれるのは、大変苛立たしくてとても我慢できるモノでは無い。
…………しかし、一度部分的にでも事実だと認識されてしまった噂は、幾ら本人が否定したとしても、必ず『真実である』と勝手に認識されてしまい、どうやったとしても定着してしまう事となる。
一応試合であったとは言え、王族の、しかも王太子に泥を着けた事もあり、この後国を出るのは確定路線なのは間違いない故にここでの評価や噂なんてどうでも良いと言えば良いのだが、だからと言って目の前で立てられている悪評(微妙に違う気もするが)を見逃すのもそれはそれで不愉快であった為に、どうにか出来ないだろうか?と思考を巡らせる。
……しかし、そうこうしている間にも、彼女に駆け寄った審判は信じられない様な顔をしながらも、レティアシェル王女の常態を確認して既に戦闘不能の状態である、との判断を下そうとしていた。
ソレを成されてしまえば、試合の結果が確定し、ゲレェツの口にした戯言が一部だけとは言え事実となってしまう……!とまで考えたシェイドの脳裏に、とある『考え』がまるで天啓の様に降り注ぐ。
ソレは、この場に絡んでいる全ての思惑を踏み潰すモノであり、かつそれぞれの必要最低限の面子は保たれる上に、ゲレェツが広めようとしている噂も無意味なモノへと瞬時に変じる事が出来る、彼にとってはとても素晴らしいモノであった。
まるで、稀人が言う処の『頭の上でデンキュウが点いた様な顔』と言うヤツをした彼は、今しがたレティアシェル王女の戦闘不能を宣言し、彼の勝利宣言を下そうとしていた審判の言葉へと被せる形で割り込んで行く。
「…………これ以上、レティアシェル選手の戦闘続行は不可能と判断し、この試合、シェイド選手のしょ「棄権します!」う…………え?」
「…………え?」
「「「「「「……………………は?」」」」」」
「この試合、棄権します!!」
口元に半月の嗤いを張り付けた彼の突然の発言に、思わず間の抜けた疑問の呟きを、勝利宣言しようとしていた審判や対戦相手であったレティアシェル王女だけでなく、それを固唾を呑んで見守っていた観客席からも一斉に漏らされる事となる。
そんな中、一足先に正気に帰った審判が、彼へと対して詰めよって行く。
「…………ちょ、ちょっと待ちたまえ!君、棄権するとは、本気で言っているのかい!?
今、正に私は君の勝利を宣言しようとしていたんだぞ!?別に、追い詰められている訳でも、どうにもならない状態になっている訳でも無い、もう勝ちは決まっている状況なんだぞ!?
それなのに、棄権すると本気で言っているのかい!?」
「……別に、勝ちが確定している場面で棄権の宣言をしてはならない、なんてルールは無いでしょう?
それに、まだ勝利宣言も、試合の終了宣言も出されていないんですから、今はまだ試合中だ。なら、何時でも試合を棄権する権利は参加者側が持っているハズだ。違いますか?」
「…………そ、ソレは確かに違わないが、しかし……!」
「………………まぁ、この状況では、早々に認められる様な事にはならないだろう、とは思っていましたよ。
でも、コレなら、失格にせざるを得ないんじゃないですか?」
「コレならって……って、あっ……!?」
そうして会話している間に、ヒョイッと軽い調子で舞台から飛び降りてしまうシェイド。
…………未だに審判からの宣言が下されていない、と言う事はつまり、現在まで試合が続行されている、と言う事だ。
ならば、その試合中に舞台から落ちてしまった者はどうなるのか?
…………答えは、『失格』である。
コレには、状況を盾にとって彼を説得しようとしていた審判も、ルールを絶対に順守しなくてはならない立場に在る者として、彼に理解不能なモノを見た、と言わんばかりの視線を向けながら、全ての観客席が唖然としながら見守る中、渋々と言った様子を隠そうともせずにこう宣言するのであった……。
「………………この試合、シェイド選手の舞台落下による失格により、勝者、レティアシェル選手!」
………………当然、その宣言によって、誰も笑顔になることも無く、歓声が挙がる事も無く、ただただ一部の人間が頭を抱え、極一部の学校関係者が目論見を潰されて発狂していたが、ソレはまた別のお話、と言うヤツである……。
流石にこのオチは予想外のハズ!




