反逆者はその実力の一端を持ってして、龍殺しの末裔を叩き伏せる
立ち込めていた白煙を切り裂いてその姿を露にしたシェイド。
直前までその身体に刻み込まれていたハズの無数の傷は綺麗に消滅し、それに加えて欠損していたハズの左腕も何事も無かったかの様に新たに生えて来ていた。
彼が持つ属性が闇であり、通常【回復魔術】が発現する可能性が在るのは対極の属性である『光』である関係上、固有魔術として開眼していたハズは無いのに一体どうやって!?と本来ならば有り得ないハズの現象を目の当たりにした観客席が騒がしくなる中、苦虫を噛み潰した様な表情にて彼を見詰めるレティアシェル王女が、その感情を隠そうともせず声色に乗せながら彼へと目掛けて言葉を放つ。
『…………まさか、妾相手に手加減されていたとは、思っても見なかったですよ。
ですが、一体どの様な仕掛けを使ったのですか?妾の見立てでは、幾ら加減していたとしても、先程の様な有り得ない程の量では無いと思っていたのですが……』
「まぁ、そう勘違いする様に立ち回っていたのは事実だからな。
これまで、溜め込んだ魔力に手を着けず、自然回復する分だけで遣り繰りしていたから、中々に面倒では在ったがね」
『…………成る程、道理で。
妾達魔術師が、通常魔力と呼ぶ力の内、常日頃から何もせずとも身体が勝手に産み出す『余剰魔力』と、ソレを意図的に自らの器の内側に溜め込む『貯蓄魔力』が在りますが、その内の『貯蓄魔力』の方を使う事に踏み切った、と言う事ですか……。
……だとしても、よもやここまでとは……冗談抜きに、この状態の妾ですら未だに手が届かない、第九階位の頂きへと手を届けそうな程ではないですか……』
「まぁ、だとしても、あんたには関係無い。そうだろう?
何せ、俺とあんたは仲良しこよしな間柄じゃない。ただの、敵同士だ。違うか?」
『…………妾としましては、今からでも貴方様には妾の仲間になって欲しいのですけど、ね……』
「ハッ!ソイツは、無理な相談だな」
そうやって、長閑にも聞こえる会話を交わすシェイドとレティアシェル王女。
しかし、そうやって言葉を交わす二人の周囲には、無数の魔法陣が展開されており、発動待機された複数の術式が込められた膨大な魔力によって周囲の空間を軋ませていた。
それらを目の当たりにし、思わず顔色を青ざめさせる会場付きの魔術師達。
特に、会場の整備を担う者と会場の結界を維持する者とはその傾向が顕著であり、急ぎ少しでも負担を減らさんとして各所へと応援を要請する為に人を走らせて行っていた。
だが、そんなのは知った事ではない二人は、互いに魔力を高めて自身が現在扱える限界まで魔法陣を展開して行く。
その結果、シェイドの背後には巨大な魔法陣が数えるのもバカらしくなるほどの数が展開され、レティアシェル王女の背後には先の魔法陣を超える大きさの魔法陣が幾つも並べられていたが、その数は数える程で到底彼の展開しているそれらに及んでいるとは言えない状況となっていた。
…………その事実に、思わず額に汗を浮かべて
『………………よもや、ここまでとは……』
と呟きを溢しつつ顔をひきつらせているレティアシェル王女であったが、この段にまで来てはもう引けぬ!とばかりに掲げていた杖を頭上へと振り上げると、自らも空中へとその身を踊らせながら杖を振り下ろすと同時に魔法陣を起動し、待機させていた魔術を順次発動して行く。
それに対して、口元に半月の嗤顔を浮かべたシェイドは、軽い調子で掲げた手を振り、ハンドシグナルの『前進』にも似た仕草をすると同時に展開していた魔法陣全てを起動して待機させていた魔術を励起すると、宙へとその身を浮かせているレティアシェル王女へと向かって一斉掃射を開始して行く。
そうして表現すると、両者共に同じ事をしている様にも受け止められるかも知れないが、実際の処としては、『複数の魔術を展開している』『それらを発動している』と言う点だけが似通っている、と言うだけであり、その実態としては大きく異なっている。
何故なら、片やレティアシェル王女の方は、一撃一撃は僅かながらもシェイドが展開している魔術よりも規模や威力は大きい。
が、あくまでも同時に幾つも展開できている訳では無い為に、一発一発毎に魔法陣を新たに展開して術式も新しくして……と言う作業が合間合間に必要となる上に、僅かな差でしか無いが一発一発も展開してから発射する迄が彼のソレよりも時間が掛かっている為に、最終的には発射速度と言う意味では大きな差が出来てしまっている。
一方、シェイドの方はと言えば、一撃一撃の威力で言えば僅かに下回る事となってしまっていたが、そう言う場合は一撃に対して二撃当ててやればちゃんと相殺出来ていたし、そもそも同時多発的に魔術を並列展開出来る彼は『手数』と言う意味合いでは圧倒的な迄のアドバンテージが存在しており、最早『弾幕』と呼ぶに相応しいだけの密度を持っていた。
両者の放つ魔術を比較した場合、さながらレティアシェル王女のモノは『大口径で複数の弾を同時に発射出来る大砲複数』であると言えるが、シェイドの場合はソレが『大砲並みの破壊力を持った無数の重機関銃』と表現した場合、どの様な差が両者の間に存在しているのかは理解して頂ける事だろう。
そんな両者の魔術による砲撃戦は、当然ながらシェイドの方に軍配が上がる。
僅かながら威力で劣る状態に在るとは言え、ソレを補って有り余るだけの手数(次々に新しい術式を用意して使い捨てて行く事で擬似的に並列展開しているレティアシェル王女に比べ、シェイドは文字通りに幾つもの術式を同時展開して並列起動させている為)を得ている彼の方が、魔術同士をぶつける事で相殺出来る関係上攻防共に隙が無い為に、ほぼ彼の独壇場と成りつつ在ると言えるだろう。
とは言え、この場に於いてレティアシェル王女の方が優れている、と言える点が一つ在る。
ソレは、両者の砲撃戦によって破壊されつつ在る舞台に居続ける事を余儀無くされているシェイドとは異なり、宙に浮いて空を駆ける事が出来る機動力だ。
自らの攻撃はほぼ相殺されて相手には届かず、逆に向こうからの攻撃の半分近くはこちらへと向かって来るその状況を、空を飛び宙を駆ける事で回避して凌いで行くレティアシェル王女。
一方、舞台に立ったままであるシェイドは、彼女とは違って空を駆ける事が出来ない為に、基本的に彼の付近には直撃するモノは無いとは言え、時折相殺し損ねた魔術が着弾して削られて行く足場を拠り所にせざるを得ない状態となっている。いずれ、足場である舞台が削りきられれば、この大会のルール上敗北を迎える事となってしまうだろう。
…………ソレさえ、待てば良い。ソレさえ、出来れば良い。ソレを待つ為に、回避に重きを置けば良い。
そんな考えが、彼女の脳裏を支配し、自ずと視線と注意は展開された魔法陣や起動している術式の方へと傾けられ、次にどのタイミングで何処から魔術が飛来するのか、を予測する事に思考が割かれて行く。
…………そう、彼女は、愚かにも、この場で最もしてはならない事を。
どうせなにも出来ないのだからと『彼』から視線も意識も外してしまい、注意の殆どを傾ける事を止めてしまっていたのだ。
…………それ故に、彼が既に舞台の上に、少し前まで自身が把握していた場所にはもう居らず、展開していた魔法陣や術式だけを残して移動している、と言う事に彼女が気が付いたのは、彼が自ら展開した結界の強度にモノを言わせて弾幕同士の中を突っ切り、自身の間近に突っ込んで来てからであった。
正しく、魔術による嵐の只中へと飛び込むその所業に思考が驚愕一色に染まり、思わず数瞬とは言え固まってしまうレティアシェル王女。
それもそのハズ。何せ、この場に於いて最も危険な場所を、一番近道だから、と無理矢理力業で通り抜けられてきた様なモノだ。流石に、ソレを目の当たりにさせられて平然としていろ、と言う方がどうかしている。
とは言え、幾ら温室育ちであったとしても、彼女も戦場にて命のやり取りに身を置いている者の一人。
半ば反射的にその場から横方向にスライドしつつ、手にしていた杖を寸前まで自らの身体が在った空間へと目掛けて振り下ろして行く。
それは、通常であれば、最善の一手であった、と言えただろう。
何せ、相手は今は空中に身を踊らせていたとしても、滞空出来る訳でも空を飛べる訳でも無い。ならば、勢いのままに真っ直ぐに進む事しか出来ないのだから、僅かにでも離れてやれば何も出来ずにこちらからの攻撃を一方的に受けるだけになるハズなのだから。
そんな事を考える迄もなく把握し、行動に移したレティアシェル王女へと、空中にその身を置き、振りかぶった拳を叩き付けようとしていたシェイドは讃える様な視線を送る。
…………が……
「…………だが、残念。想像力が足りなかったみたいだな」
『…………えっ!?う、うそ……ゴボォウッ!?』
ドボォッ!!!!
…………だが、彼女の予想とは裏腹に、真っ直ぐにしか進めないハズであった彼はその身をすれ違い様にその場から横方向にスライドさせると、彼女が移動した分の距離を詰めて振りかぶっていた拳を彼女の腹部へとめり込ませていた。
完全に予想外であった打撃に、肺から呼吸が全て叩き出されてしまう。
彼女の脳裏は、何で移動出来たのか?どうやってソレをなしたのか?結界を張っていたのにどうやって?と言った疑問が駆け巡るが、そんな事は知った事ではない、と言わんばかりの追撃の膝蹴りが脇腹へと突き刺さり、更なる苦痛とダメージと共にソレまでを上回る混乱が彼女の思考を支配してしまう。
そして、酸欠と混乱によって碌に魔術を発動させる事も出来ずに、その場に滞空していたシェイドによる、魔力を込めた両手を組んで作ったハンマーによる一撃を受け、その翼を周囲に撒き散らしながら地上の舞台へとその身を叩き付けられ、盛大な土煙を立てる事となるのであった……。
「………………ふむ、コレが、人間共が今集まっている祝祭の会場であるか……。
…………さて、では集めるだけの情報は集めて送った故に、某の最後のお役目を果たすとする、か……」
…………果たして、最後のセリフは一体……?




