反逆者は龍殺しの末裔と対峙し、その実力を肌で味わう
試合開始の合図が下されるのと同時に距離を取り、その手を掲げて術式を構築して行くレティアシェル王女。
ソレを、これまでと同じノリで無防備に棒立ちしながら見ていたシェイドであったが、その途中で驚愕によって目を見開き、この大会が始まってから初めて自らが先に動く事を選択し、レティアシェル王女との距離を詰めるべく前へと出ようとする。
が、ソレを為す寸前に彼女の前に、ほんの少し前に見た覚えの在るモノとそっくりな『巨大な魔法陣』が展開しており、膨大な魔力が注ぎ込まれる事で発生する魔力圧が周囲へと放たれ始めると同時に、その口元が動いて呪文の詠唱を開始して行く。
「『世に偏在せし万能の要素よ。我が声に従い、我が力を呼び水として、我が敵を撃つ極光へとその姿を変えたまえ!【ルクス・ラディウス・アンプラズ】』!」
「おい、嘘だろう!?
【ノクス・ラディウス・アンプラズ】!!」
………………カッ……!!
呪文の詠唱が完成し、構築していた術式の名称が告げられると同時に、彼女の目の前に展開されていた巨大な魔法陣から白く輝く極大の光茫がシェイドへと向けて放たれる。
ソレを目の当たりにした彼は、驚愕の声を挙げると同時に、現在の体勢では回避に移る事は不可能だ、と判断してか、少し前にシモニワとの試合にて使用した第七階位の魔術を緊急展開すると、自らへと向けて迫り来る極光に対して真っ正面から色合いだけが反転した様に漆黒な極光を放ち、ぶつかり合わせて行く。
本来の『光』としての自然現象であれば、そのままぶつかり合いになることも無く共にすり抜けるだけなのかもしれないが、そこは魔力を以て編まれた魔術と言う形で世界に顕現した現象であったが為に、互いが互いに干渉し合って両者の中間にてせめぎ合い、周囲へと空間を軋ませる程の魔力圧が吹き荒れる。
光と闇が互いに食い合い押し合う地獄の様な光景が暫しの間続けられる事となっていたが、ほぼ同時に発動された、と言う事もあってタイミングを同じくして徐々にその勢いを弱め始める。
そして、それからそこまでしない内に、両方の光茫がその姿を消し、展開されていた二つの魔法陣が解除されると、そこには額に汗を浮かべながら息を乱している参加者二人と、その二人の中間付近で大きく破壊されている舞台に、大きく皹が入れられる事となってしまっている舞台を取り囲む結界のみが残される事となっていた。
…………そんな、一体何をどうしたらこんな事態になるのか?と問い詰めたくなる様な惨劇の最中に立つシェイドが、額に僅かに浮かんだ汗を拭い、消耗から、と言うよりは、急な展開に対しての焦りから乱れていた呼吸を整えつつ、呆れを隠そうともせずに目の前で額から汗を滴らせつつ荒げた呼吸を整えようと必死になっているレティアシェル王女に対して声を掛ける。
「…………ふぅっ、それで?一体、今のは何がしたかったんだ?
いきなり第七階位の魔術なんてモノを加減せずぶっ放しやがって、頭おかしくなりやがったか?咄嗟に俺が相殺する形でぶつけたからどうにかなったが、そうでなかったらあんたの大好きな『無辜の民』ってヤツが大勢死ぬ羽目になっていただなんて事は、俺に言われなくても分かってたんだろうな?」
「…………はっ、はっ、はっ、はっ…………ふぅっ……どうせ、噂に聞く貴方様の実力であれば、如何様にでもして見せるだろう、と思っておりましたからね……」
「…………そいつはどうも、と言っておけば良いか?」
「……しかし、ここまで開きが在るとは思っていませんでしたよ。仮にも、最高の血統を持ち、最高の教育を受けて来た妾が、全身全霊を傾けての一撃、と言う訳では無かったとしても、神経を焼く程の限界ギリギリの速度で急速展開した術式の強度的に注ぎ込めるだけの魔力を注ぎ込んで放った第七階位の魔術に対し、ソレを上回る速度で同種の相反する属性の魔術を同程度の威力で放って見せるだけでなく、妾ですら疲弊する程に魔力を消費していると言うのに、後出しの関係上妾よりも消費しているハズなのに、その様子を全く見せないとは、噂を上回る化物振りと言えるでしょうね」
「…………随分な言い様だな?これでも、一庶民でただの人間を自負してるんだがね。
……それで?まだ続けるのか?尤も、そうやって息が上がってる以上、自分で言った通りに大分魔力を消費しているみたいだが、それでもまだ俺に勝てると思ってるのか?」
「…………ふぅ……まぁ、勝てないでしょうね。
妾では、全ての面に於いて貴方様にはまだ届いていない、と言う事は先の一撃で理解は出来ておりますので。このまま戦ったとしても、結果は明らかなモノでしょうね」
「…………なら……」
「……ですが、今の妾では勝てない、のでしたら、勝てる妾になれば良いのですよ。こうやって、ね!」
「…………………おっと、コイツは、不味い……!」
シェイドの言葉を遮る形で、そう告げたレティアシェル王女は、全身から膨大な魔力を周囲へと放出して行く。
彼女の身体から放たれた魔力その物が周囲の空気や空間へと干渉を開始し、その影響でフワリと宙に浮いたレティアシェル王女の身体を中心とした立体的で巨大な魔法陣を構築し始めて行く。
ソレを目の当たりにしたシェイドは、今大会にして初めて冷や汗を米噛みから滴らせつつ呟きを溢し、目の前で行われている『何か』が完成するのは不味い、と判断してソレを阻止するべくレティアシェル王女へと向けて突撃しようと試みる。
…………が、彼女が周囲へと放っている魔力が空間へと干渉した結果として、擬似的に結界の様なモノが形成されており、進もうとする彼の足を放たれる魔力圧と共に押し留め、時間を稼がれる事となってしまう。
押し寄せる魔力圧に、持ち前の身体能力で対抗するシェイド。
しかし、彼の力を以てしても、体内循環による身体能力強化を使った程度ではその場に留まる事で精一杯であり、物理的に近寄って無理矢理結界を破壊して、と言う事はかなり難しいと判断せざるを得なくなってしまう。
流石にここに至っては手抜きをして、と言う事は命取りになりかねない、と判断したシェイドは、その場に足をめり込ませて身体を固定すると、先程よりも込める魔力を多くして出力を高めた【ノクス・ラディウス・アンプラズ】を宙に浮くレティアシェル王女へと目掛けて照準を合わせて発動させる。
完全に、先程のソレや前の試合にて放たれたモノよりも強力で、命中した対象の安否や生死を一切考えてはいない必殺の一撃と化した大魔術が結界モドキへとぶつかり、周囲へと凄まじいまでの轟音と衝撃を振り撒いて行く。
周囲の空間すらも震わせながら立ちはだかる結界を貫いた光茫は、未だに宙に浮いたままでその目蓋を閉ざしたままとなっているレティアシェル王女の眼前へと迫る!
…………そして、美貌の王女の寸前まで迫った禍々しいまでの魔力を放つ漆黒の光茫は、その内に秘めた破壊の力をレティアシェル王女に対して解放し、その余剰火力は周囲へと拡散して辺り一帯を蹂躙する、と誰もが予想し恐怖に顔をひきつらせていたその時。
………………パンッ……!!
との、軽く乾いた音が会場へと鳴り響くのと同時に、彼女へと迫りつつ在ったハズの闇色の光茫がその姿を無数の魔力片へと変更しながら根幹を為す術式ごと粉砕され、掻き消されて宙へと散って行く事となる。
…………それは、少し前の試合にて、彼が実際にやって見せた『とある技術』にも似通っており、固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた観客席からも、戸惑いと驚愕のざわめきが発せられる事態になってしまう。
宙に舞う術式の残滓が放つ魔力の煌めきを纏う様にして、ざわめきを背景として背負いながらそれまで宙に浮いていたレティアシェル王女がゆっくりと降下して地面へと降り立つ。
…………いや、より正確に表現するのであれば、彼女はゆっくりと降下して来たのは間違いないが、その後地面へと降り立つ事をせずに、僅かに地面から浮いた状態にて静止した、と言うべきだろう。
では、何故そんな事が出来たのか?
答えは、至極簡単。この場にいる誰もが一目見ただけで、その原因を理解していた。
……寧ろ、その彼女の背中から姿を現した羽の様なモノを目にしても、それが原因だと気付けない者は余程の愚か者か、もしくは目玉の代わりに馬糞でも詰まっているかのどちらかと言う事になるだろう。
そんな、背から生やした翼を羽ばたかせて宙に浮き続けるだけでなく、頭上に天輪を浮かべながら自ら神々しい雰囲気と絶大な魔力を放ち続ける彼女へと、冷や汗を流しながらシェイドが問い掛ける。
「…………あんた、随分と雰囲気が変わったな?
ソレに、唐突に羽やら輪っかやら生やして来たって事は、ただのコスプレだって言うんじゃ無ければ、ソレって固有魔術だろう?一体、何なんだ?」
『…………妾がこの状態となってまで軽口を叩ける精神力には称賛を送りますし、少しでも情報を引き出そうとする考えには驚嘆すら致しますが、全てが無駄です
妾の固有魔術【降霊魔術】により、召喚した上位存在をこの身に降ろす【憑依召喚】を使用した以上、妾の存在格は既に人の域には在りません。蟻では人を倒せない様に、魚では鳥に追い付けない様に、こうなった妾には人では勝つ事は出来ません。
諦めなさい。妾とて、無駄に誰かを傷付けたいとは思っていないのですから』
不思議な振動や反響を伴う声色にてそう告げたレティアシェル王女が、その手に光属性の魔力を凝縮させて作ったのであろう杖を掲げると、彼の頭上に見たことも無い程に巨大な魔法陣が一瞬で幾つも形成される。
それらは、既に発動の準備が終えられているらしく、彼の頭上からまるで重力が増したかの様にも感じられる程のプレッシャーと共に、立っているのが難しい程の強風と言う形で魔力圧を仕掛けて来た。
…………目の前の、ソコに在るだけで圧倒的な存在感を放つ段違いな存在に、既に展開されている複数の極大魔術。
それらの、最早『絶体絶命』と表現するに相応しいだけの状況を前にしたシェイドは、顎先から冷や汗を滴らせながらも目の前のレティアシェル王女に対して中指を突き立てながら一言
「…………ハッ!死んでも、御免だね!」
と言い放って見せる。
そんな彼の様子に溜め息を一つ溢した彼女は、なんて事は無い、と言わんばかりの仕草にて手にしていた杖を一振りし、彼の頭上に展開していた極大魔法陣の一つを起動させると、彼を光の柱へと呑み込ませて行くのであった……。
…………もしかして、主人公初ピンチ?
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