真実を知った反逆者は、龍殺しの末裔と相対する
ナタリアから事の真実を聞かされたシェイドは、苦い顔をしながら頭を抱えて考えざるを得なくなってしまっていた。
かつて倒された魔王が実はまだ生きており、その復活を察知した勇者を祖とする王家が対抗手段として別の世界から強制的に勇者として喚び出した存在がシモニワである。
そんな、場末の酒場で酔っ払いが口にそうな程に滑稽で到底信じられるモノでは無い話であったが、恐らくは信じざるを得ないのだろう、との思いが直感として彼の胸へと去来していた。
確かに『コレだ!』と言う根拠が在っての話ではない。
何せ、そもそもが時間で風化した上に、恐らくは王家が積極的に箝口令を敷いて隠蔽・隠滅しようとした、所謂『闇に葬られた歴史』と言うヤツである為に、そもそも証拠となるであろう資料の類いは残されてはいないだろう。
それに、この話を彼に持って来たナタリアにしても、あくまでも『そう聞かされている』と言うだけの事であり、何らかの裏取りが出来ている訳でも、実際にシモニワが召喚される場面を見た訳でも、その具体的な方法を知っている訳でも無いのだから、根拠として扱うには弱いだろう。寧ろ、偽の情報を掴まされている、と言う方がしっくり来るまで在る。
それ程に荒唐無稽な話であり、本来ならばソレを『本当の話』として信ずるには値しないハズの与太話であるのだが、ここでそうとも言えない理由が存在してしまう。
…………そう、ソレは、彼がシモニワと交わした『誓約』が、その話を約定の通りの情報である、と保証してしまっていたからだ。
通常、【ギアス】の魔術による誓約は、互いに課した条件が達成されるまでは解除されない。例え、相手に偽って条件を達成した様に見せたとしても、本当に達成しない限りは【ギアス】によって刻まれた刻印は互いに消える事は無いし、寧ろそうした行為は『完遂する意思無し』と見なされて刻印が発動する事に繋がりかねない。
故に、彼の腕にも刻まれたままとなっている刻印が在る限りは、何を聞かされたとしてもソレは彼が誓約の代償として求めたモノでは無い、と言えるのだ。のだが……
「…………こうしてバッチリ消えちまってるって事は、やっぱり本当の事だった、って事なのかねぇ……」
……舞台に立ちながら、自らの右袖を捲り上げて右腕の状態を確認したシェイドは、そんな諦めの色が濃く滲んだ呟きを溢す羽目になってしまう。
そんな彼に対して、既に入場を済ませていた対戦相手であるレティアシェル王女が、気遣わしげな様子にて声を掛けて来る。
「…………あの、大丈夫でしょうか?」
「…………あんたの差し金で聞かされた例の話のお陰で、あんまり大丈夫じゃ無くなったよ。
あんたにとっては好都合かも知れないが、ね」
「…………そこは、否定は致しませんが……」
微妙そうな表情を浮かべながら、そう返すレティアシェル王女。
その姿は、以前遭遇した時に着ていた様なドレスの類いでは無く、余計な装飾の省かれた実用的な戦闘装束であり、身体にピッタリと張り付ける形で装着されたそれは、彼女の優美にして豊かなボディラインをこれ以上無い程に強調していた。
観客席の男性陣からは、その妖艶な曲線に対する開けっ広げな迄に下劣で下世話な言葉が所々で飛び出しており、特に耳を澄ましたりしなくとも中央の舞台に立つ二人の元へと聞こえて来る程度には、大々的に言葉として交わされていた。
自身の身体付きに向けられる下世話な言葉や、ボディラインに対する嘗める様な視線に僅かにその美貌を赤らめて身を捩っているレティアシェル王女の様子を観察していると、彼らの頭上からこれまでの様にアナウンスが降り注いで来る。
『さぁ、ついに始まりました決勝戦!
長かったこの武闘大会も、遂に終わりの時を迎えようとしております!
果たして、勝つのはどちらだ?優勝の栄光を手にするのは、一体どちらだ!?
まずはこの方、我らがアルカンシェル王国の栄え在る王族のお一方にして、次期国王の座を約束された美しき王太子!レティアシェル・ド・レスタ・アルカンシェル!!
始祖である龍殺しの英雄王の血を繋ぎ、才覚を継ぎ、その上で稀にしか発現しない光属性の持ち主であるレティアシェル選手!これまでの戦いでは、未だに自身の固有魔術を披露する機会には恵まれてはいませんでしたが、この決勝にて披露する事となるのでしょうか!?
是非とも、対戦相手であるシェイド選手には、レティアシェル選手に認められるだけの力量を示して頂きたい処です!!』
ウワァァァァァァァァァァァァァッ!!!
『続きまして、こちら!もう一人の決勝戦進出者!シェイド・オルテンベルク選手!
彼は既に、今大会に於ける優勝候補を尽く打倒し、この場に立っております!
事前の情報によれば、彼も何らかの固有魔術を習得している可能性が高い、との事でしたが、果たしてソレは披露される事になるのでしょうか!?
彼の今までの戦い方は、お世辞にも『綺麗なモノ』とは呼べないモノばかりでした!しかし、そんな泥臭く血にまみれた戦いを所望されている観客の方々も多いハズ!
果たして、今回も彼が対戦相手のレティアシェル選手を泥で汚す事になるのか!?ソレとも、彼の戦いは本当の貴顕には通じる事無く打ち倒される事となるのか!?
手に汗握る、注目の大一番となっております!!』
ウワァァァァァァァァァァァァァッ!!!
…………随分と好き勝手に捲し立ててくれている、と言わんばかりに辟易とした様子にて顔をしかめるシェイドの様子を目の当たりにし、コロコロと鈴を鳴らした様な声色にて笑みを溢すレティアシェル王女。
その姿は、戦装束にその身を包んでいながらも、神秘的な黒髪と相まってか不思議と攻撃的なモノとしては捉えられず、まるで華やかに着飾った年頃の少女を眺めている様な心持ちへとさせられてしまう。
それ故に然り気無く視線を逸らした彼へと、改めて、と言わんばかりの様子にて言葉を投げ掛けて来るレティアシェル王女。
「……さて、シェイド様。以前お話した時に、妾が貴方様にさせて頂いた提案を、覚えておられますか?」
「……例の阿呆の下についてパーティーを組め、って話か?」
「えぇ、その通りです。
以前の、まともに事情をお知らせ出来なかった時とは異なり、貴方様も現状に対する正しい知識・見識をお持ちの状態となっておられるハズです。
であれば、妾が以前にも貴方様に対して行った勧誘が、どの様な意味を持つモノであったのかも、今ならばご理解頂けると思うのですが、如何でしょうか?」
「…………まぁ、確かに?
あの時言われた、人類にとって為になる活動、ってヤツの意味も理解は出来たが、流石にねぇ……あんただって、少なからず俺の境遇は知ってるんだろう?
なら、俺が真実を知ったとしても、ソレを成そうと思えるかどうか、だなんて事は割りと簡単に想像できる事だと思うんだが?違うか?」
「………………だとしても、貴方様であれば、過去の因縁を捨て去り、一部の存在に対する私怨にて人類全体を危機に晒す様な愚かな選択をすればどうなるのか、を理解できていないとは思えません。
必ずや、人類の為に立ち上がって下さると、信じております」
「…………ハッ!残念ながら、お断りだよ。
正式に対価として見合うだけの報酬を積まれての魔物退治、とか言うならばまだしも、人類の為に、とか言うお題目を掲げてくれてやがる、って事は、どうせ無給で奉仕活動しろ、って事だろう?
ソレに、『人類全体』?何言ってくれてんだ?あんたの口振りだと、俺には俺を迫害してくれやがったゴミ共すらも守り、あの屑共が流す代わりに俺が血を流し苦痛を味わえ、と命令されている様にしか聞こえないんだが、ソレは俺の気のせいなんだよな?よりにもよって、あんな糞以下のカス共を守って死ねとか、あんた正気か?そんなモノ、御免被るに決まっているだろうがよ。
寧ろ、何で要求が通ると思っていやがったんだ?あぁ?」
「……っ!?ですが、このままでは沢山の無辜の市民が犠牲になる事となってしまいます!
であれば、妾達の様に、力持つ者が彼ら彼女らの先頭に立ち、戦う姿勢を示す事こそが必要となるのです!ソレは、力持つ者として生まれた義務でもあります!ソレを、何故ご理解頂けないのですか!?」
「は?そんなモノ、あくまでも『今まで『力持つ者』として持て囃されて来た連中』の義務だろうがよ。
残念ながら、俺は違う。何せ、知っての通りに最近までこの国の仕来たりに従って散々に踏みにじられて来た口だからな。
そんな俺に、力無き者であった俺に、かつて一度も力持つ者に守られた事の無い俺に、力を持ったのだから市民を守る義務が在る?
……あまりふざけた事を抜かしてくれるなよ。今の今までぬくぬくと守られて過ごして来たお偉い王太子殿下風情が、嘗めた口をよぉ!?」
「………………交渉は決裂、と言う事でしょうか。
では、仕方在りません。出来れば、自らの意思で進んで参加して頂きたかったのですが、この場で打ち倒して力ずくで参加して頂く事と致します。
…………非常に、残念です。後に、遺恨を残す形となってしまうだなんて……」
「……ハッ!なんだ?もう勝った気でいやがるのか?
随分と、王族教育ってヤツは能天気になる様に出来ていやがるんだな。
それとも、自分は王族だから勝って当然、自然と勝てる、とか思っていたりする口か?なら、もう二度とそのクソ下らねぇ口開かずに消えてくれるんだったら、棄権でもしてやろうか?
まぁ、当然例の勇者パーティーとやらには参加しねぇけどな」
「…………ご心配無く。勝つのは、妾の方ですので」
その言葉を最後に会話を打ち切り、互いに戦闘態勢へと移行するシェイドとレティアシェル王女。
互いが互いに相手から視線を切らず、まずどんな手に出てくるのかを予想し合う事によって緊張感が膨らんで行く中、審判によって下された試合開始の合図を切っ掛けとして、二人は戦闘へと突入して行く事となるのであった……。




