試合を終えた反逆者は、天秤の観察者から全てを耳にする
取り敢えずネタバラシ
「…………だから、俺は、こんな処で、負ける訳には、行かない、んだよ……!
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!!!」
ボロボロになった身体の奥底から絞り出す様にして、天へと向けて咆哮するシモニワ。
それと同時に、それまで纏っていた身体能力強化の魔術の光とは別種の、神々しさすら感じさせる様な光を身体から放ち始める。
あまりにも異様な事態に、観客席もアナウンスも騒然とし始めるが、試合の展開としては『追い詰められた方が切り札を切って逆転しようとしている』とも取れるモノとなっている為に、一部のそう言う展開が大好きな観客席が沸き立ち、盛り上がりを見せて行く。
そうして、徐々に身体から放つ光を強め、それと同時に自身の持つ存在感とでも呼ぶべきモノを強めて行くシモニワに対してシェイドは
「…………ふむ?コレは、ちとヤバそうだな」
との呟きを溢すと、無防備に立ち尽くしながら発光を強めて行く彼へと瞬時に接近すると、その勢いのままに腹部へと膝を叩き込んで見せる。
「がはっ!?!?!?」
「「「「「「………………っ!?!?!?」」」」」」
その行動に、思わず発光しながらも驚愕の苦鳴を漏らすシモニワと、驚愕のざわめきに支配される事となる観客席。
彼らの脳裏には一様に
『こう言う時は、手を出さずに待つのがお約束なんじゃ無いのかよ……!?』
との思いが去来するが、そんな『お約束』なんて知った事か、と言わんばかりに、膝蹴りによって折れ曲がりながら浮き上がったその背中へと強烈な肘鉄を叩き込み、痛打を与えながら強制的に地面へと沈めてしまう。
元々多大なるダメージを負っていた状態で更に強烈な二連打を受け、半ば意識を飛ばしながらも咄嗟に起き上がって追撃に備えようとしたシモニワであったが、肘鉄を背骨の直上に打ち込まれた際に無理矢理流し込まれたシェイドの魔力によって神経の働きが阻害され、思うように身体を動かせずに地面にてもがく事しか出来ない状態となってしまう。
しかし、そうであっても彼が身体から放つ光は弱まる事はあっても途切れる様子は見せていなかった為に、危険はまだ去っていない、と判断したシェイドは地面にてもがくシモニワに対して、無慈悲にも容赦せずに追撃として蹴りの雨を降らせて行く。
腹部、頭部、腕、足、腰、首。
部位を問わずに、無慈悲なる攻撃が絶える事無く降り注ぐ。
ソレに対し、最初こそどうにか反撃しようと試みたり、せめて防御してダメージを減らそうとする動きを見せていたが、そんな動きをまるで意に介する素振りを見せずに続けられる蹴撃に心と身体のどちらかが限界を迎えたらしく、次第にその素振りすらも見られなくなって行く。
そして、次第に彼の身体が動かなくなると同時に、彼の内から放たれていた光も徐々に弱まって行き、意識が途絶えるのと同時に光も途絶える事となるのであった……。
******
「…………お疲れ様。
随分と、アッサリ勝っちゃいましたね……?」
シモニワとの試合を終え、破壊された(した)舞台の修復の為に時間が掛かるから、と昼にも利用した観客席へと移動していたシェイドへと、そんな柔らかく労る様であり、少し前まではほぼ毎日耳にしていた声が届いて来る。
それまでの試合での振る舞いを見てか、彼の周囲からは避ける様に人気が無くなっていた事もあり、その接近してくる紫色にも見える黒髪の影を視界の端に捉えていたシェイドは、特に慌てる事も声を荒げる事もせずに静かにそちらへと視線を向けると、穏やかにも聞こえる口調にて言葉を紡ぐ。
「……………久し振り、と言うには、少し前に顔だけは合わせていたけど、敢えて言わせて貰おうか。
久し振り、ナタリアさん。……いや、もうビスタリアさん、と呼んだ方が良いかな?」
「…………本当は、以前の様に『リア姉さん』と呼んで欲しい処ですが、ソコはナタリア、と呼んで下されば大丈夫です。
……流石に、私も、以前の様にはなれないのだと、理解はしていますから、ね……」
そう言って、その美貌に悲しそうな微笑みを浮かべるのは、かつて彼のもう一人の幼馴染みでもあったナタリア・ヴォア・ビスタリア。
普段と変わらぬその柔らかな雰囲気と佇まいは、現在のシェイドをしても思わず無警戒に接してしまいそうになる程に温かなモノであったが、先の試合の名残かその頭部や手足の一部には包帯が巻かれており、痛々しい赤いシミが浮かんで来ていた。
「…………随分と、派手にやられたみたいだな?
確か、例の王女様と当たったんだったか?
その様子だと、俺が決勝で当たるのは王女様になるのかね?」
「…………フフッ、そうやって、真っ先に怪我の事を心配してくれるだなんて、やっぱり君は私の知ってるシェイド君のままなんですね……何だか、安心しちゃったな……」
「…………悪いが、そうやって無駄話をしに来たんだったら後にしてくれ。
どうせ、このタイミングであんたが来たって事は、そう言う事なんだろう?俺が取り付けた誓約の代償、その支払いに来た、って事で良いんだろう?」
「………………そうなのだけど、そうなのだけどね?
…………ソレをする前に、一言だけ言わせて欲しいの。
……………………今まで、今の今まで、貴方を苦しめてしまって、苦しめてしまっていた事に気が付かずにいてしまって、ご免なさい。本当に、ご免なさい…………っ!」
そう、言葉を切って、頭を下げるナタリア。
その表情は『悲痛』と表現する以外に表す言葉が見当たらない程の悲哀に染まっており、彼のこれまでの境遇に対する罪悪感と自らに対しての嫌悪感がその奥から滲み出てきている様でもあった。
「…………言葉で謝っても、許して貰えるだなんて都合の良い事は、望んでいません。
私は、ビスタリア家の人間です。表向き、魔術の家系として『武の名門』と呼ばれてはいますが、その実としてビスタリア家は公平性を重んじる『審判』の役割を代々担う家系でもあります。
…………なので、私は、貴方からの訴えを知りながら、一方のみの訴えを聞き届ける事を良しとせず、貴方の言葉が真実である、との確証を得られるまで、何の動きも取る事が出来ずにいました」
「……………今」
「……直ぐ様貴方を守り、苦境から引き上げて守る事も出来たと言うのに、自らの良しとする信条に従って貴方の苦難を見過ごしていたのです。
…………私は、実質的にクラウン生徒会長と立場は変わりません。貴方を迫害した側に在ると言えます。ですが、コレだけは言わせて下さい。
貴方が生きていてくれて、本当に良かった……あの時、貴方が死んだ、と聞いて、本当に私の心臓は止まってしまう処でした」
「…………?」
「…………その隙を突かれて彼に触れられてしまいましたが、私の心は常に一人。今も昔も、ただの一人に対して捧げられています。
……でも、その想いを遂げられるとも、遂げたいとも思ってはいません。それは、ソレだけは、貴方に知っていて欲しかったんです」
「………………赦す、と言うつもりはもう無い。既に過ぎた事だとは言え、俺が地獄を味わう羽目になった一因は、お前らに在ったんだからな」
「………………はい……」
「………………だが、ソレ以前に受けた恩も、育んだ情も、泡と消えた訳でも無い。それに、あんたは何かにつけて助けてはくれていただろう?助けられなかったとしても、中立の立場から加害者にはならない様に気を付けていたハズだ。
だから、あんたの事は赦さないが、だからと言って復讐しなきゃどうにもならない、って訳でも無いよ。もう、ね」
「……………………フフッ、やっぱり、君は私の知ってるシェイド君ですね。
私の知っている、大好きな優しいシェイド君です」
そう呟き、柔らかく嬉しそうに微笑むナタリア。
先程までの悲痛な表情から一変したソレは、まるで満開の華麗な花が咲き誇っているかの様でもあり、たちまち周囲の空気を温かなモノへと変化させていた。
この一月は殆んど交流が無かったとは言え、それまでの付き合いでもあまり見た覚えが無い程に明るく美しいその笑顔に、思わず顔が火照る様な心持ちとなったシェイドは、視線をナタリアから逸らしながら本題へと入る様にと促して行く。
「…………それは、どうだかね。
さて、それじゃあそろそろ話して貰おうか。
あいつの正体について、全部」
「……えぇ、分かったわ。
…………さて、取り敢えず、彼についての全て、と言う事だけれど、シェイド君が知りたいのは彼の好みの異性のタイプだとか、性癖だとかじゃ無いでしょう?
だから、そう言った余計な諸々を省いた、恐らく君が知りたがっているだろう事に集中して情報を教えるわね?それで良いかしら?」
「…………まぁ、ソレが妥当だろうな。
俺だって、あいつの下半身事情になんか興味は無いから、その辺の不要なヤツは適当に省いてくれて構わない。
尤も、話を聞いている内に疑問が出たら、質問させて貰うかも知れんがな」
「えぇ、それも了解よ。
で、多分君が一番知りたがっているだろう、彼の正体に関してもですが、彼は『この世界に喚び出された存在』らしいですよ?
なんでも、『魔王』が復活するのだからその対抗手段としての『勇者』を召喚してこちらの戦力として運用する、と言う目的で意図的に喚び出した存在なのだそうです」
「………………魔王?勇者?なんだソレ?子供の寝物語に聞かせる絵本の内容か?
それに、今『意図的に喚び出した』って言ったか?稀人を?狙って?」
「…………まぁ、そうなるのは理解できますし、私もシェイド君との子供に読み聞かせる為の絵本の候補だ、と言えたら楽なのですが、残念ながら事実です。
シェイド君も、昔話の魔王と勇者についてはご存知ですよね?」
「まぁ、一応は」
「……どうやら、ソレは史実だった様なのですよ。多少の脚色は在りますが、過去に実際に魔王は存在していて、ソレを討伐した勇者はこのアルカンシェル王国の建国王となられたお方だったそうです」
「………………はぁ、それで、ソレが何か?魔王って倒したんだろ?なら、何でまた今勇者として喚んだりしたんだ……?」
「それが、魔王が復活したみたいなんです。
城の地下に、魔王の状態を予告する魔道具が納められていて、ソレに反応が在ったのだとか……それと連鎖する形で魔物の活動も活発化していましたので、王家のとしては『魔王復活』を確実なモノとして判断し、勇者としてシモニワ様を喚び出した、と言う訳です」
「…………それは、どうやってだ?
何の代償も無い、なんて事は無いだろうし、何もないのならその勇者を大量に召喚すればそれで済む話だろう?」
「残念ですが、私も『喚び出した』と言う事実は伝えられておりますが、『どうやって喚び出した』と言う話までは教えられていないのです……申し訳在りません……」
「…………となると、あの時王女様が俺の勧誘に動いてくれていたのは、あいつを核とした『勇者パーティー』のメンバーとして戦力の当てにしたかったから、って処かね」
「…………恐らくは。未だに未熟なシモニワ様を支え、助けて戦力とする為に、既に確固たる地位と実力を世に知らしめてしまっている為に容易には動かせない特級冒険者の方々よりも、ソレに準ずるか同等の力を持つ、と認められていますが未だに無名なままの私達を付けた方が、自由に動き回れると考えての事でしょうね。
まぁ、幼少の砌から交流の在った私達が、散々に君の事を殿下に吹き込んでいたから、と言う可能性も否定は出来ませんが。
最近の不仲も、バッチリ把握していた様子ですし、ね?」
「…………マジかぁ……」
そう呟きを漏らしたシェイドは、疲労が押し寄せた、と言わんばかりに溜め息を溢しつつ頭を抱えるのであった……。
次回から決勝戦
果たして、どうなる?




