反逆者は暫しの休息に浸りつつ、偽善者からの挑発を振り払う
試合終了の宣言を耳にしたシェイドは、それまで解放していた殺気を収め、手にしていた【ランス】の術式を解除して魔術の発動を終了させると、その場で踵を返してイザベラに背を向けてその場を後にしようとする。
ソレを、途中までは盛り上がりを見せていたが、最終的なオチとしては決して喝采を送れる様な内容では無かった為に微妙そうな空気で観客席が見送る中、この場で最も彼に対して『早く退場して欲しい』と思っているハズの人物がその背中へと声を掛ける。
「…………ま、待って……!」
…………未だ、自らの作り出した水溜まりに尻を付けたままの状態であり、その服や露出した肌は傷こそは大きなモノは無いにしても、とても年頃の娘がしていて良い様な状態とはとても言えないモノとなっている。
本人も、一応はソレを認識しているらしく、頬を赤らめたりスカートを引っ張って下半身を隠そうとする素振りを見せつつ、会場の係員が手を貸し、一旦立ち上がらせて早く移動させようとする中、それでも言葉を交わそうとして彼へと声を掛けて来ていた。
そんな彼女へと、その場から振り返る事もせずにシェイドが言葉を投げ返す。
「……待たない。俺には、待つ理由が無い。必要が無い。義理も無い。
何せ、俺とお前は『元幼馴染み』、既に、もう、他人だ。違うか?」
「……っ!だったとしても、ワタシは!?」
「…………お前が、かつて他人では無い間柄であった時にお前が、俺の言葉を何の理由も無しに聞き届けた事が、一度でも在ったか?無いだろう?」
「…………でも、そんな、待って!」
「なら、俺がお前の言葉を聞き届けてやらなければならない理由は何だ?何処に在る?俺に対して得られる利益は、一体何なんだ?
…………何も無い。違うか?」
「……違う、違うから!そんな、そんな……っ!?」
「ハッ!否定すらも、碌に出来ないか?
なら、俺から言うことはもう何も無い。他人に過ぎないお前の言葉に応える必要は何も無いし、他人でしか無い俺の言葉をこれ以上聞く必要も、お前には無い。存在しない。
なら、ここまでだ。全て、一切合切が、な」
「…………あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!?!?!?」
彼から返された断絶の言葉に、立ち上がり掛けていた処を再び水溜まりへと尻を落とし、泥にまみれながら髪を振り乱して絶叫を響かせるイザベラ。
その、あまりにも痛々しく、それでいて完膚無き迄に自業自得であるその状況に周囲が声を掛ける事も、手を貸す事も躊躇っている最中、チラリとそちらへと視線を向けたシェイドは、それ以外特に何かしらの言葉を掛ける事すらせず、舞台を後にして闘技場内部へと進んで行くのであった……。
******
第二回戦も終わった為に、コレまでと同じ様に次回戦も直ぐに行われるのだろう、と思って控え室へと向かおうとしたシェイド。
しかし、それはコレまでも彼を案内してくれていた係員の手によって妨げられる事となる。
…………いや、正確に言えば、『妨げる』とは言わないのかも知れない。
何せ、その実としては
『時間が時間だし、何より既に二回も戦った参加者達の疲労も溜まっているだろうから、きりよく昼休憩を入れる事が決まったので、控え室に入るのはまた後にして欲しい』
との事であったのだ。
基本的には、自らへと危害を加えて来たり、敵愾心を見せたりした相手には容赦や手加減はしないシェイドであったが、そうでは無い相手に対して故意的に無法を働こうとする事は無いし、むしろそう言う存在に対しては積極的に協力するべく行動する気性の持ち主である。
その為に、彼は控え室へと向かう事を諦めると、その足を闘技場の観客席へと向けて行く。
彼は、基本的に最終枠に組み込まれてしまっていた為にまだ利用していなかったが、本来ならば参加者には席が確保されている。
自らの試合が終わった後、他の参加者の試合を見て攻略法を考える事も武闘大会の醍醐味にして意義の一つである、との思想から、本来ならば外部からの観覧者に向けて販売されている観客席は、本選に進んだ者用に確保はされていた、と言う訳なのだ。
とは言え、彼の様に枠の関係上利用する事が出来ない者や、クラウンの様に重傷を負って治療を受ける為に強制退場させられた者等の、見たくても見られない者も少なからず出て来る為に、幾つかは無駄になってしまうのだが。
しかし、こうして時間が出来たのだから、使えるモノは使わない理由は無い為に、特に何かを思う事無く事前に知らされていた場所へと赴くシェイド。
時間の関係で、彼が進もうとする通路には多くの人通りが在ったが、つい先程までの彼の試合を目の当たりにしていた観客ばかりであった為か、彼の顔を見ただけで表情をひきつらせて自然と左右に別れて行く。
…………例え、相手が貴族家の重鎮の嫡男であっても、かつて交流のあった可憐な美少女であったとしても、一度敵対したのであれば容赦も情けも掛ける事無く確実に踏み潰すその姿は十二分に恐怖の対象となり得ていたらしく、一様に彼を避ける形で後退って行く。
その結果、意図せずとも通路の中央には空間が出来てしまっており、急ぐ訳でも無いがそこまで余裕が在った訳でもなかった為に、通れる場所が在るのなら、と仕方無くシェイドは空いているその場所を通って行く。
そして、途中で闘技場に併設されていた売店にて軽食を購入し、ソレを持って自らに振られた席へと向かう。
特に見るモノは無く、ただただ戦闘によって荒れた舞台を整備する様を眺めながら、手にした挟みパン(パンに切り込みを入れてソコに具材を挟んだモノ。庶民にも人気の軽食)を齧りつつ、同じ売店で売られていた果実水(果物を絞った果汁に加水したモノ。早い話がジュース)を口にして行く。
他の参加者ならばともかくとして、つい先程までかなり陰惨な光景を見せ付ける事となっていた彼に話し掛ける様な物好きがそうそう居るハズも無く、どうやって残りの時間を潰そうかな?と考えていた正にその時。
彼に向かって真っ直ぐに突き進んで来る気配が、隠しようも無い敵意と共に彼へと伝わって来る。
一体何事か?クラウンのクソヤロウが早くも御礼参りにでも来やがったか?なんて思いながらその方向へと視線を向けたシェイドだったが、その視界に写り込んで来たのは予想外であり、ある意味予想通りな人物の姿であった。
「…………ふぅん?それで、一体何の用だ?
なぁ、シモニワよ?」
「……何の用だ、だと?お前、お前が彼女に、ベラに対して何をしたのか忘れたとは言わせないぞ!?」
彼の言葉に対し、激昂した様子を隠そうともせずに怒鳴り返すのは、少し前にも彼に対して絡んで来ていたシモニワ。
その腰には、少し前に彼に砕かれたモノとは別の得物が吊るされており、何をした訳でも無いハズなのに既に怒り心頭となっているらしい彼の手は、早くのその柄頭に掛けられていたが、シェイドとしてはその言葉に首を傾げる事となってしまう。
「何をしたのか、だと?
…………普通に勝っただけだが、それが何か?
もしかして、お前。女には負けてやるのが当然の事だ、とか言うつもりじゃないだろうな?」
「違うっ!俺が言っているのは、そんな事じゃない!!
お前は、なんで、相手の尊厳を傷付ける様な方法でしか勝負に勝てないんだ!お前の力が在れば、生徒会長にも、ベラにも、もっと綺麗に、恥を掻かせる様な事をしないで勝てたハズだろう!?それなのに、なんでソレをしようとしない!?何故、相手を貶める形でしか試合を終わらせられないんだ!?!?」
「…………はぁ。所詮、部外者でしか無いお前に言っても仕方無いんだろうけどさぁ……」
「何だと!?俺の何処が、部外者だって言うんだ!?」
ギロリッ!!
「……くっ……!?」
またしても一方的に物事を判断して自らの意見を押し付けようとしてきてくれているシモニワに対して、溜め息を漏らしながら説明してやるか、と続けようとした彼の言葉を遮った事で、殺気混じりの眼光を受けて強制的に黙らされる事となる。
ソレを、非常に冷めた様子で確認したシェイドは、手にしていた挟みパンの最後の一口を放り込み、租借してから果実水で流し込むと、挟みパンの包み紙を中に押し込んでから果実水の入っていた木製のカップを純粋に握力で握り潰しながら、再度口を開く。
「…………さて。確かお前は、何故あそこまでするのか、あそこまでされなくてはならない理由が在ったのか、と言ったな?
罪も無い者が過剰に強いたげられる事を見逃す事は出来ない、とも言っていたな。違うか?」
「…………そ、その通りだ!悪には罰を、正義には救いを!それが、この世の真理「ならば!」だろう…………え?」
「ならば、奴らに対する俺からの行いが、お前の言う処の『悪には罰を』ってヤツに該当するとは、何故思わなかったんだ?」
「…………っ!?そ、そんなハズが……!?」
予想外の指摘に、思わず狼狽えた声を挙げてしまうシモニワ。
イザベラが、自身と想いを交わす女性(と思い込んでいるだけ。少なくともシモニワ主観ではそうなっている)が、以前とは言えあの様な仕打ちを受けて当然の事を何かしていたのだ、と指摘を受けて動揺し、彼に対して反論する事が出来なくなってしまう。
そんなシモニワに対してシェイドは、これ幸いとばかりに追撃を放って行く。
「あぁ、お前は知らないだろうが、俺はあの二人からは過去、散々な目に遭わされていてな。その復讐に、と言う訳でも無い事は無いが、それが原因で力が入りすぎた、って訳だよ」
「…………そ、そんな程度で……」
「……まぁ、そうだな。あくまでも部外者でしか無いお前から見れば、そんな程度の事、って認識しか出来ないだろうな?」
「……………………」
「……ハッ!自分で突っ掛かって来て、それでいて自分にとって不都合な事が出たら今度は黙りか?
前も、そんな事が在った様な気がするが、敢えてまた言ってやるよ。関係無いヤツが一々首を突っ込んで来るな。いい加減、目障りでウンザリするんだよ。
……まぁ、どのみち次の試合で直接戦う事になるんだ。それまでに、ちゃんと自分で答えを出しておくことだな」
そう言い残して、握り潰したカップを屑籠に投げ込んだシェイドは席から立ち上がると、そろそろ会場の準備も整った頃合いだろうから、と控え室の方へと移動するべくその場を後にするのであった……。
次回、シモニワ戦




