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反逆無双の重力使い~『無能』と呼ばれて蔑まれた少年は、封じられた力を取り戻して『反逆者』へと至る~  作者: 久遠
三章・反逆者は満を持してその牙を突き立てる

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反逆者は、欺瞞の愚者が放つ奥義を真っ正面から受け止める

 



【業炎纏身】!




 彼が魔術を放つよりも僅かに早く、呪文の詠唱を終えてその言葉を口にしたイザベラ。



 ソレに気を取られる事無く完成させた魔術を放ったシェイドだったが、その時には既に着弾を予定していた地点にイザベラの姿は無く、代わりに彼の頬には一条の傷が刻まれていた。



 自らの放った魔術の影響で発生した風を受けつつ、随分と久方ぶりに受けた傷を撫でながらゆっくりと背後へと振り返ると、そこには対戦相手であるイザベラが、同じ様に背中を向けて佇んでいた。



 ……しかし、その姿は寸前までとは大きく異なっていた。




 基本的には、直前まで纏っていたローブとスカート、と言った服装であるのは間違いない。幾ら貴族家とは言え、素材の違いにてグレードが別れる事は在っても、未だに学生の身分であれば大体はこの格好に落ち着く事となる。


 しかし、そのローブを纏った上から、紅蓮の炎で出来た羽衣の様なモノを身に纏い、手足にも同じ様に炎にて形作られた様なガントレットとグリーヴを装着していた。



 それだけでは無く、全身に薄く炎を纏ってもいるらしく、他の炎で出来た装備品の様に存在感を放ってはいないものの、周囲の空気を歪める程度の熱は放っているらしく、触れればソレだけで大変な事になるだろう、と言う予感を相手に抱かせるのには充分な迫力が備わっていた。



 持ち前の勝ち気な美貌と相まって、観客席は『戦乙女でも降臨したのか!?』『もしや、戦女神の再来か!?』と言った言葉によって再度沸き立ち、相手に対して一条とは言え傷を与えた事によって、もしかして行けるんじゃないのか!?と言った盛り上がりを再び見せ始めていた。



 そんな中、振り返って彼女の姿を確認したシェイドは、特に慌てる事も警戒を強める事もせず、更に言えば戦意の類いを昂らせる事もせずに、至極落ち着いた様子にて彼女へと語り掛ける。




「…………漸く出したか。でも、良かったのか?

 ソレ、【纏身魔術】だとか言ったか?確か、矢鱈と燃費が悪い、とか以前溢していたハズだが、未だ二回戦なのに使って良かったのか?この後、続かないぞ?」



「…………うん、確かに、そうだよ。

 この【纏身魔術】は、特に今使ってる【業炎纏身】はかなり魔力消費が激しくて、あんまり長持ちしないし、一試合挟んだ位じゃ全然回復しない位には消費する事になるけど、でもこれくらいしないとキミには届かないでしょう?

 特に意図して防御していた訳じゃ無いさっきだって、割りと本気で攻撃したのに、掠り傷しか付けられていなかったでしょう?なら、もうキミに勝つ為にはこうするしか無い。勝って、ワタシの話を聞いて貰うには、こうするしか無い!」



「…………それで、次回以降の勝利を逃したとしても、か?」



「ワタシが!ここに立っている理由は!優勝する為でも、シモニワ様の世話役だからでも、レティアシェル殿下の為でも無い!

 ワタシは、キミに、アンタに、もう一度ワタシの話を聞いて貰う為に、その為だけにここに居る!だから、だから!ワタシは今、この一戦に勝てればソレでもう後は構わない!構わないのよ!!」




 そう吼えると、纏っていた炎を強め、身体から立ち上らせて行くイザベラ。



 血走った目や、きつく噛み締められた口元は彼女が限界近くまで魔力を振り絞っている証拠であり、本来ならばまだ二回戦に過ぎない現時点にてそこまでする必要は無いのだが、だからこそ彼女が口にした言葉が本気であり真実である、と言う何よりの証左なのだと告げていた。



 既に、関係性も『元幼馴染み』と言うモノでしか無く、『憎しみ』も『親しみ』も過去のモノでしか無い彼からしてみれば、彼女が口にしている事を信じる理由も、ソレに乗らなくてはならない理由と等しく存在していない。


 待てば勝手に魔力切れで自滅する、と言うのが分かっているのだから、応じるフリをした後に、のらりくらりと攻撃を受けずに逃げ回れば、ただソレだけで特に消耗も負傷もする事無く勝つことが出来るのだ。普通は、そうする。誰だって、そうする。それが、普通の選択だ。



 …………だが、そこでシェイドは思ってしまった。




 それでは、面白く無い




 と。




 彼個人としては、既に吹っ切っている。かつて、罵倒された言葉の数々も、抱いていた淡い恋心も、否定された言葉の哀しみも、共に在ったが為に受けた迫害の痛みも、全て未だに覚えているが、そこには感情が伴っている事は無いし、思い返す度に胸が痛む、と言う様な状態には、誓って『もう無い』と言えるだろう。



 …………だが、同時にこうも思うのだ。



 既に恨みつらみの類いは無いが、精神的な蟠りが一切無いとは、かつて感じた『怒り』までもが完全に鎮火した訳では無い、と。


 かつて受けた、理不尽な扱い。一方的な物言いに、気紛れに行われた暴力の数々。



 それらに対する報復を求めるのが、そんなにおかしい事だろうか?


 それらを拭う事が、そんなに理不尽で許されざる事なのだろうか?


 それらを理由として相手を叩きのめす事が、そこまで非難されなければならない様な害悪なのだろうか?



 …………否、断じて否!



 それが、正しい行いだとは、口が裂けたとしても言えない事だろう。だが、だからと言って死ぬまで己が内に秘めて死蔵したまま過ごせ、と命じられなければならない程の理不尽だとか、とても思えない。思う事が、到底出来ないのだ。



 なれば、なればこそ、目的は措いておくとしても、こうして本気を出して自らに勝ちに来ている仇敵を相手にしているだから、時間切れを狙って逃げ回るのは戦術的には正しい行いだったとしても、今の彼には到底受け入れ難い方法だった。


 ソレで勝ったとしても、彼の胸の内には何の感慨も浮かばないだろうし、彼の内には形容し難い蟠りが残り続ける事になるだろう。



 故に、故に、だ。彼は、だからこそ、真っ正面からぶつかり、それでいて力ずくで叩き潰す事で自らに一つの納得をさせる為に、その場で構えを取って見せ、差し伸べた掌で『掛かって来いよ』と挑発も兼ねてイザベラへと向けて誘い掛けて行く。



 彼のその素振りに驚いたのは、当の本人であるイザベラ。


 てっきり、最善の方法である『時間切れを誘う』のを狙って逃げ回られると思っていただけに、こうして真っ正面からの勝負を了承するとは思っていなかったらしく、良い方向にて予想外な彼の行動に思わず暫しの間驚愕から固まってしまっていた。



 が、直ぐ様気を取り直して表情を引き締めると、自身も構えを取ってから舞台を蹴り、彼へと目掛けて突き進んで行く。



 文字通り、足元を『()ぜさせ』ながら、常識では考えられない程の速さで速度を上げて行くイザベラ。


 彼女の使う【纏身魔術】により、全身に纏う形で展開していた火属性の魔術の内、足元に展開していたモノを爆発に近い形で発動させ、その勢いを利用して急激に速度を上げているのだ。



 …………正直な事を言えば、ほぼゼロ距離で魔術を暴発に近い形で発動させたり、本来無秩序な方向に対して発生する勢いを制御したりと、それらを成せるだけの並外れた制御力と、『自らが放った魔術は自身を傷付けない』と言うこの世界に於いては普遍的な法則の両方が在って初めて成立する加速方法であり、ハッキリ言って狂気の沙汰、と呼ぶべきモノだ。コレが出来ると言うのならば、素直に別の手段を取っておく方がより安全でより簡単に事を成せるのだから。



 だが、こうして意図的に炎を全身に纏う事で傾いたバランスを即座に修正し、更に発生させる爆発に関してもある程度ならばコントロール出来る彼女にとってはコレが最善にて最速の方法であると同時に『武器』でもある。


 その為、そうして得た圧倒的な速度を落とす事無く、そのままの速さにてシェイド目掛けて突っ込んで行くイザベラ。



 半ば当然の様に、ソレを真っ正面から受け止めて見せようとするシェイド。




「たぁっ!!」




 気迫と共に、速度と体重の乗せられた拳が、最早目にも止まらない速度にまで至ったイザベラから放たれる。



 自身が修得した固有魔術の特性上、そうならざるを得なかった、とも言えるイザベラは、魔術師としては珍しく格闘術も修めている。その為、そうして振るわれた拳は見事に芯を捉えたモノであり、容易には防ぐ事も受け流す事も許さない、と言うだけのプレッシャーを相手に与えるには十二分な雰囲気が込められていた。



 とは言え、格闘術を修得している、と言う点に於いては、幼少から戦闘訓練の一環として手解きを受けていたシェイドも同じ様に修め、かつ彼女よりもより上の実力を持つ彼にとってはその一撃を受け止め、流す事はそう難しい事では無く、そこからの流れで繰り出された腕を掴んで関節を極める動作へと反射的に移ろうとする。



 …………が……




 ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!




「………………ちっ!」




 …………したのだが、伸ばされたイザベラの腕を掴んだシェイドの手が、まるで熱した鉄板に押し付けられた肉の様な音を立てつつ、人の焼ける嫌な臭いを発し始めた為に、舌打ちを溢しながら関節技から投げ技へと途中で変更し、イザベラを投げ飛ばしてしまう。



 手足の先から炎を吹き出して空中で姿勢を制御し、その上で舞台から落ちてしまわない様に位置すらも調整して見せながら着地するイザベラを尻目に、自らの手へと視線を落とすシェイド。


 その先には、焼け爛れて皮の捲れた彼の掌が存在していた。



 それもそのハズ。何せ、相手は全身にうっすらとは言え炎を纏っている存在なのだ。


 それが、魔術的な仕組みによってもたらされる産物である以上、彼が普段から発している魔力を上回る程の出力が相手に在るのならば、その守りを突破して彼に直接ダメージを与える事を可能としていてもおかしくは無いだろう。現に、彼女の腕を掴んだ彼の掌は、それなりに重度の火傷に蝕まれてしまっているのだから。



 自らの守りを突破されてしまう、と言う事実を確認した事により、不機嫌そうに舌打ちを溢しつつ、負傷した掌を治すべく魔力を集中させ始めるシェイド。



 そして、その様子を目の当たりにし、自らの発動させている魔術であれば、ちゃんと相手にダメージを与えられている!と言う事を確認したイザベラは、それまで拳を覆う形で展開していた炎の形を変化させ、長剣の様な形へと変えながら両手でそれらを握ると、先のダメージを回復されてしまうよりも先に!と言わんばかりの速度にて再度加速すると、再び彼へと目掛けて襲い掛かって行くのであった……。




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