第二の復讐を果たした反逆者は、その余韻を味わう間も無く次なる対戦相手と邂逅する
『…………し、勝者!勝者はシェイド・オルテンベルクだぁ~!!!』
静寂が支配していた会場に、勝者を認めるアナウンスが響き渡る。
ソレにより、爆発的な歓声によって沸き起こり、一斉に雰囲気を変化させる観客席。
平民も貴族家も、等しくシェイドを讃える言葉を口に乗せ、逆にクラウンには絶対零度の視線を向けると共に様々な罵声を降り注がせて行く。
今まで無能だと蔑んでいた彼の事を都合良く讃える声の数々に応じる事をせず、クラウンの意識が失われた事で存在を保てなくなった迷宮が瓦解して土へと還って行く中を、一人淡々と選手用の出入口へと向けて歩き出すシェイド。
その背中へと、彼からの応答を期待する観客からの声や、勝者に対するインタビュー的なモノを求めるアナウンスが追い掛け、次の試合の準備が整うまで引き留めようとしている様子であったが、それらに付き合ってやらなければならない理由が欠片も無かった彼がソレに応じる事は無く、無言のままに出入口を潜り抜ける。
明るい陽光に照らされた会場とは異なり、ある程度は照明の魔道具によって明るさが確保されているとは言え、幾分か暗くなっている通路へと入った為に暗さへと目を慣らしていた彼の目の前へと、一つの影が進み出て来る。
……恐らくは、試合が終わるよりも先に回り込んで来ていたのだろうが、そんな事をされる様な覚えもされなくてはならない理由も特には無い為に、若干ながらも警戒心を高めつつ、少しでも暗順応を早める為に目を細めながら鋭い視線を送って行く。
すると、接近してきていたその影は、彼の数m手前で立ち止まり、徐に口を開いて彼へと言葉を投げ付けて来た。
「………………お前は、どうして、こんな風にしか出来ないんだ……!同じ学校に通う仲間だろう!?それなのに、なんで……!?」
その声と物言い、暗順応によって明瞭になってきた視界により、そうして待ち構えていた相手がシモニワである事が判明したが、だからと言ってどうした、とばかりに特に反応を返す様な事はせず、中央部で彼の事を睨み付ける様にして佇むシモニワをスルーする形で擦れ違おうとする。
が、何故かシモニワは彼の目の前へと、鞘に納めたままの状態とは言え腰に差していた得物を突き出すと、彼の行く手を遮る様に差し出して来る。
ソレに対してシェイドは、一体どう言う了見なのか?と言う意味合いも込めた視線を、多少の魔力と共に目の前の彼へと放って問い掛ける。
すると、流石に至近距離から多少とは言え彼の魔力を浴びせられては平静ではいられなかったらしく、カタカタと得物を鳴かせつつ、自らも声を震わせながら再度その口を開いて来た。
「…………お、俺は!お前のやり方が間違っていると、そう言いに来たんだ!
お前は!どうして、将来に背中を預けて共に戦う事になるかも知れない彼を、なんで彼処まで叩きのめす必要が在ったって言うんだ!
お前の実力なら、あんな風に、彼を吊し上げる様な事態にはせずに、彼の名誉も守りながら勝つ事だって可能だったハズだ!それなのに、それなのに!なんで、あんな風に、彼の事を貶める様な事をした!言え!!
返答次第では、俺はお前を許さないぞ!!」
「…………………許さない、ねぇ……」
彼からの、絶対に答えて貰う!と言わんばかりの気迫が込められた言葉に対してシェイドは、ポツリと呟く様に言葉を溢すと、目の前に差し出されていたシモニワの得物に、鞘の上から手を掛ける。
そして、シモニワが異変を察して引き抜こうとするよりも早く、手のひらの内に発生させた超重力場によって鞘ごと得物を握り潰すと、弛めた指の隙間からその残骸を捨て溢しつつ、シモニワの胸ぐらを掴み寄せて締め上げながら、怨嗟と憎悪の込められた声色にて彼へと言葉を叩き付ける。
「……背中を預ける?共に戦う?なんで、そんな事をしなくちゃならないんだ?気に食わないからと、散々に見下して暴虐を振るってくれた相手を、どうやって信じて背中を預けろと?
それに、あのクソヤロウの名誉を守る?何故?何故、あのクソヤロウのカスみたいな名誉なんて守ってやらなきゃならない?そんな、糞の役にも立たないモノも守れなかった程に、アイツが弱かったのが悪いんだろう?少なくとも、この国ではそうなるんだが、知らなかったのか?
あと、何故貶めた、だったか?そんなモノ、決まっているだろう?俺が、他の誰でも無い俺が!ヤツに全てを貶められて来た俺が!そうすると決めたからだ!!
…………その俺の決定に、何もしなかった、何も出来なかったお前程度が、一々口を挟んでくれるんじゃねぇよ。いい加減、うざったくて殺したくなるから、まだ死にたくなけりゃ黙ってるんだな」
彼の瞳から発せられる憎悪と怨嗟と殺気と悲哀とに当てられたのか、言葉も無くその場にへたり込むシモニワ。
そんな彼の様子に呆れた風に鼻で嗤うと、そのまま通路を進んで再び選手控え室へと向かって行くのであった……。
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『……さぁ、これで第二回戦も大詰め!次の準優勝戦への出場者が決定されるぞ!
先ずは入場東側、第一回戦をその華麗な炎の魔術にて突破した可憐な才媛、イザベラ・ウル・カーライル!
あの武門の名家として知られるカーライル家の嫡子にして、ガイフィールド学校に於いて優秀な成績を納め、更にこの歳で固有魔術にも目覚めている、との情報も在る有望株です!
前回の初戦は、大規模な魔術を使う事も無く消費を抑えての勝利を掴む事が出来たが、果たして今回はどうなる!?』
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
『対するは入場西側!シェイド・オルテンベルク!
初戦にて、固有魔術の使い手であり、今大会の優勝候補の一人でも在ったゲドリアス家の嫡男を見事に撃破して見せたダークホース!
事前情報によれば、対戦相手のイザベラ嬢とは、互いに幼馴染みの関係性であるとの事だが、果たしてソレが勝負にどの様な影響を見せるのか!?
初戦と同じく、優勝候補を相手にして、見事大物食らいを再び成し得て見せるのか!?注目の一戦です!!』
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
……前回の試合を終えてから約一時間程の後、彼の姿は再び闘技場の舞台の上に存在していた。
本来の予定であれば、もう少し掛かる事になっていたハズなのだが、彼が対戦相手であったクラウンを完膚無き迄に叩きのめし、かつその上で実家であるゲドリアス家の名誉までもを著しく失墜させた事に対して危機感を覚えられたらしく、少しでも不利な状態で、と言う思惑が在ったのか無かったのかは定かでは無いが、少なくとも彼に触発される形で他の参加者達が派手に戦闘を決めてくれてしまっていたらしく、彼の出番が巻きで早まったのだそうだ。
彼にとっては迷惑極まりない風潮と場の流れであったが、そもそもダメージらしいダメージも負っていなければ、大した魔力消費もしていない為に、特別休息を必要とはしていなかったのであまり関係は無かったと言えば無かったのだが。
と、言う風な事を倩と無意味に思考し、取り敢えず試合が始まらないかなぁ……と考えて現実から目を逸らしていたシェイドだったが、その意識は半ば強引に対戦相手として相対している元幼馴染みの声によって引き戻される事となってしまう。
「…………え、えへへ……ひ、久し振り、だね?シェイド。
ワタシ、ずっとアナタとお話したくて、待ってたんだよ……?でも、アナタはもう、殆んど学校にも来てくれなくて、家も引き払っちゃって、何処に居るのか、良く分からなくなっちゃったから、探しちゃったよ……」
「………………」
何処か、媚を売る様にして笑みを浮かべ、極度な迄の下手に出ながら話し掛けて来るイザベラのその姿に、思わず警戒から無言のままに半歩下がってしまうシェイド。
……しかし、ソレも無理は無い事だと言えるだろう。
何せ、彼の知る『イザベラ・ウル・カーライル』は、酷く攻撃的で勝ち気な性格をした溌剌とした少女であった。
決して、目の前にいる彼女の様に、男に媚を売る様な仕草をする事を良しとする様な性質をしていたり、誰かの下手に出てまで言葉を交わそうとする様な考え方をしていた訳では無かった為に、彼の心身に対して著しく拒絶反応が走り抜ける事となったのだ。
そんな理由も在って、僅かに顔をひきつらせながらも無言のままで自らの言葉に応えようとしない彼を目の当たりにしたイザベラは、以前であればその勝ち気な目元を更に吊り上げて激怒し、より攻撃的た態度に出ていたのであろうが、今回は何故か落ち込んだ様な様子にて視線を落とし、指を組んでモジモジとし始めてしまう。
…………あまりにも、以前とかけ離れたその姿に、半ば呆然としながら、コイツに一体何が起きたらこうなるって言うんだ!?と驚愕していると、徐に俯けていた顔を上げて一人語り始める。
「…………そう、だよね……もう、ワタシなんかとは、話したくも無い、よね……?
でも、でもね……?ワタシだって、色々と頑張ったんだよ?キミに言われた通りに、強く出過ぎる性格だって治したし、口調だって、前よりも柔らかくなるように頑張ってるんだよ……?
スタイルは……リア姉さんみたいな、女性らしいスタイルには直ぐには成れてないけど、そっちも頑張ってるし、お化粧だとかお洒落だとかにも気を使って、少しでも女の子らしくなろうって、頑張ってるんだよ……?
……だから、だからね?今日、この戦いで、ワタシがもし、万が一シェイドに、キミに勝てたら、その時は……その時は、さ?ワタシの話を聞いてくれない、かな?応えてくれなくても良い、聞いてくれるだけで良いの。
だから、お願い……お願い、します……」
「……………………好きにしろ」
「………っ!?う、うん!じゃあ、ワタシ、全力で挑ませて貰うね!
絶対、キミに勝って、ワタシの話を聞いて貰うから!」
…………内心、言葉遣いだとか気性だとかが変わりすぎて最早『誰、お前?』と言った心境であったシェイドが放った『やりたけりゃ勝手にやってれば?』と言う意味合いの一言は、どうやら『通したければソレなりに示すべきモノを示せ』と言う意味合いの言葉として取られてしまったらしく、それまでのオドオドとした態度から一変して花が咲き誇る様な笑みを浮かべながら、戦闘態勢を整えて見せるイザベラ。
今さら訂正するのも面倒だし、何より聞き届ける事は無いのだろうが、面倒な事には代わり無いんだけどなぁ……と内心でゲンナリとしていると、審判が『話し合いは終わった』と解釈したらしく、無情にも試合開始の合図が下される事となってしまうのであった……。
どうしてどいつもこいつも話を聞かないんだか……(--;)




