反逆者は第二の復讐を今度こそ完遂し、その胸の内の蟠りの一部を晴らす
固めた拳を、通路と化している壁へと向けて構えるシェイド。
その様子を、自らの発動させた魔術の内、最も防御の硬い最奥にて右手を持ち込んだポーションにて癒しながら監視していたクラウンは、無意味な事を無能がしている、と嘲笑う。
……確かに、今この場に展開されている彼の奥義たる【迷宮創造】の内側に捕らえられてしまっては、外界に対して干渉する類いの魔術の行使はほぼ不可能な状況だ。
既に、彼の影響下に在る魔力が空間に満ちてしまっているので、余程の出力差が無い限りは上手く望み通りの結果を出す事が出来なくなってしまっている。ソレは、先程彼が自身で説明した通りの事実だ。
なので、この迷宮内部では、階位の低い魔術を魔力を大量に消費して無理矢理行使するか、もしくは体外に出さずに体内にて魔力を循環させる方法で身体能力を強化するか、位しか出来る事は無く、その上で次々に遅い来る凶悪な罠の数々を掻い潜る必要に駆られるのだ。
おまけに、彼が生来持ち合わせている属性は『土』であり、物体を強固に仕上げたり土を利用して損傷を修復したり、と言う事はお手の物、と言う訳だ。故に、シェイドがしようとしている『身体能力に明かせて壁を壊して突破する』と言った事は、彼からすれば、正に無能が考え付く浅知恵による愚の骨頂、とでも言うモノであったのだ。
…………そう、彼の視点からすれば、やるだけ無駄な事であるハズ、だったのだ。
しかし、彼から、シェイドからすれば、身体の外で魔術と言う形にて魔力を行使出来ない、と言われたからとしても、だからなんだ?だったらどうした?と真顔で返すレベルの出来事でしかない。
何せ、少し前までは彼にとってはソレが『当たり前』の状態であり、そうであってもどうにか魔物を狩って日々の糧とし、体内循環にて魔力を回して身体能力の効率的な強化を行うべく腐心していたのだ。
…………故に……
「…………この程度で何を自慢しているのかは知らないが、この程度の強度であれば、汎用魔術無しでもどうにでもなるが?」
…………ドゴンッ!!!…………ビシッ!ガラッ、ガラガラガラ……ッ!!
……故に、構えられた位置から放たれた拳は、既に土属性の魔術によって元々強固であった処から更に強化されていたにも関わらず、彼の目の前に聳えていた壁を撃ち破り、そのまま人一人が軽く通り抜けられる程度の大きさを突き崩して見せた。
何かしらの魔術を行使する訳でもなく、何かしらの武具や道具を使う訳でもなくもたらされたその結果には、そんな事出来るハズが無い、と高を括っていたクラウンは元より、観客席の大多数からも驚愕の声が挙げられる事となる。
何せ、端から見ている分には、片やただ単に握り固められた拳でしか無く、片や魔力を豊富に注ぎ込まれて限界まで強化された魔術の産物たる石壁。しかして、その両者がぶつかり合った結果としてもたらされているのは、石壁が砕かれて突き破られる、と言う考えられないモノであったのだから、ある意味エンターテイメントととしては、盛り上がって当然、と言う状態に在ると言えるだろう。
コレが、何かしらの道具を使って同じ結果を出していたとしても、使ったモノが凄かったのだろう、そもそも後何回同じことが出来るんだ?と言った様なマイナスな意見もより多く出され、観客席を含めてここまで驚愕の一色に染まる事も無かっただろう事は、想像に難くは無いと言える。
だが、そんな周囲の反応を彼が気にするハズも無く、目の前の壁を破壊して見せた自らの拳を数度開閉して具合を確かめてから、徐々にではあるが塞がりつつあった穴を潜り抜け、通路一本分ながらもクラウンへと近付いた彼は、またしても目の前に現れた壁へと向かって拳を振り上げる。
『……く、くははははははははっ!!ば、馬鹿め!
さっきは何か細工をされたのだろうが、ソコは俺が本気で強化した上に、殴れば作動する罠を大量に仕掛けて在る!お前程度が同じ様に殴ったとしても、傷一つ付かない処か、お前の拳が潰れるだけだと理解も出来ないとは、流石無能と言うべきだな!
作動した罠でバラバラにされたく無かったら、さっさと降参する事をオススメするが――――』
…………ドゴンッ!!!…ビシッ!バキャッッッッ!!!
彼の行動を把握していたらしいクラウンが、拳が突き立てられようとしていた壁へと更なる強化を施しただけでなく、大量に罠も仕掛けておいたらしい事を彼へと告げるが、ソレに構う事無く再び拳を繰り出し、目の前の壁を粉砕して通り道を確保するシェイド。
殴るのと同時に、仕掛けられていた罠が発動し、先程よりも強力な爆発が周囲に発生しただけでなく、以前食らった様な土で出来た茨や檻が彼を拘束しようと殺到し、その上で足元からは無数の槍が競り上がり、左右や上方からは岩石や矢が彼へと目掛けて降り注いで行く。
…………あからさまに、たったの一人を相手にするには過剰に過ぎるであろうその火力を、まるで死んでも構わない、寧ろ確実に殺してやる!と言わんばかりの意思を持って迷宮への侵入者たるシェイドへと向けて殺到させるクラウン。
しかし、それらを半ば無防備に食らったとしても、多少煤けたり服が破けたりする程度のダメージしか負う事無く、ほぼ無傷に等しい状態にて土煙の中から進み出て来るシェイドの姿に、観客席は歓声に包まれる事となった。
…………つい先程まで、自分達で罵声を浴びせていたにも関わらず、随分と調子が良いことだな……。
内心でそう呟く彼であったが、今はほぼ無関係な観客共を捻り潰すよりも先に、目の前にぶら下がるご馳走を美味しく平らげる事の方が余程重要だから、と流れる様に自らが開いた穴を潜り抜け、別の壁へと向かって拳を振り上げて行く。
そうして、時に大爆発を受け、時に落とし穴に落とされ、時に上から鉄球を落とされ、時に左右から迫る壁に挟まれたりと、通常であれば何度死んでいたとしてもおかしくは無い歓迎を受けながらも、その全てをほぼ無傷の状態にて踏破して見せるシェイド。
本来ならば、低階位の魔術にて苦心しながら罠を解除し、一歩一歩に神経を磨り減らせながら入り組んだ迷宮を進みきって漸く、その主たるクラウンと相対し、その上で魔術を使い放題な相手をどうにかして倒さなくてはならないのだ。
……だが、彼はそのセオリーへと真っ向から喧嘩を売り、お前の理屈なんて知った事か!と言わんばかりに壁を拳一つで破壊し、罠は踏み抜いて漢解除によって無効化し、ひたすらに真っ直ぐ殴るべき相手の待つ迷宮中央部へと進んで行く。
ソレを阻止せんと、それまで以上の数の罠を連発し、彼の足を止めようと図るクラウン。
しかし、幾ら自身に可能な限り強力な罠を多数展開しようと、自身の振るえる中で最も強力な汎用魔術を放とうと、一切気にも止めずに歩みを緩めないシェイドの姿に、徐々に最初に持ち合わせていた余裕は無くなって行き、被っていた貴公子然とした仮面も自然と剥がれ落ちてその本性が観客席にも伝わり始める。
『……お、おい!お前!いい加減に止まれ!止まれってば!
貴族家の、俺の言葉が聞こえないのか、この平民が!!
お前ら平民は、俺達貴族家に支配されていて漸く人間として生きていられるのだから、俺達の命令に逆らう事なんて、在ってはならないんだと何故理解できない!?何故言うことを聞かない!!
お前は前からそうだ!俺の女になるハズだったイザベラとナタリアを俺から奪って侍らせやがって!!お前が、家畜の分際で俺の女に、貴族家の女に手を出そうとしやがるのが不遜なんだよ!それなのに、ソレなのに!クソッ!!止まれ!止まれって言ってるだろう!?』
迷宮を構築する壁と言う壁から発せられる大音量のその声に、沈黙を余儀無くされる観客席。
クラウンによって馬鹿にされ、平時から見下されていたのか、とショックを受けて押し黙ったり、他の連中もどうせ同じ様に認識しているんだろう?と剣呑な視線を向けたりする平民層。
暗黙の了解であった部分を大暴露され、その為に狼狽えたり、バラされてしまったのだから仕方無い、とばかりに開き直って傲岸に振る舞い始め、実際に支配して管理してやっているのは自分達なのだから何か問題が在るか?と見下した視線を向ける貴族家。
しかし、一触即発な双方共に、とある点だけはその胸中にて共通した思いが在った。
『舞台にいるクソヤロウを、どうか捩じ伏せて欲しい』
と言う思いが。
平民層の者達は、騙されていた、見下されていた、と言う一方的な被害者面をした思いから、同じ平民である彼へと向けて、まるで自分達の体現者である様に。
貴族家の者達は、暗黙の了解が破られた、被支配層に知られてしまった、と言うこちらも一方的な被害者面をした思いから、余計な事を暴露してくれたクラウンに対して、さっさと潰されてこれ以上の醜態を晒す事の無い様に。
方向性は真逆ながらも、結果点としては同じ場所を指しているその願いは、既に突き破った壁が何枚目なのか数えるのも飽きてきた頃に、彼が目標と邂逅を果たした事で結果的に成就される事となる。
「…………ひっ、ひぃっ!?く、来るな、来るなぁ!?」
情けなく悲鳴を挙げ、腰が抜けたのか尻餅を突いた状態にて後退るクラウン。
逃げながらも、自らの身の安全を確保する為に魔術を連発するその手腕や、比較的節約出来る環境下に在るとは言えそれだけの数を放てる魔力量には目を見張るモノが確かに在りはしたが、その程度で彼の歩みを止める事も停滞させる事も出来ず、然程しない内に至近距離へと到着する事を許してしまう。
その段に至り、漸く自らの圧倒的不利を悟ったらしいクラウンは、壁際へと追いやられながらどうにか挽回しようと口を回す。
「…………は、はははっ!良く、良くやったよ、シェイド君!
まさか、君がここまで出来る様になっているとは思わなかったよ!
じゃあ、取り敢えず予行練習はここまでにして、取り敢えず最初の位置に戻って最初からやり直そうじゃないか!俺と、君の友情で、紳士的に!!」
「………………」
「……じ、じゃあ!取り敢えずこの試合は棄権してはくれないかな!?そうしてくれるなら、この大会が終わり次第、俺の家から君に対して莫大な報酬を渡すと約束するよ!もちろん、女性だろうと土地だろうと選び放題だ!!」
「…………」
「……な、なら!もうあの二人は諦めるとここに誓わせて貰おう!どうせ、家格的には釣り合わないのだから、第二夫人以下にするしか無かったからね!
君の為なら、俺は涙を呑んで二人を諦めよう!だ、だから!ここは距離を取って互いに魔術を打ち合って、先に当てた方が勝ちと言うのはどうだ!?審判も必ず受け入れるから!!??」
「……」
「………………だ、だったら!じゃんけん、じゃんけんでどうだろう!?そうだ、そうしよう!それなら、互いに痛い目を見たいで済むし、平和的に終わる事が出来る!!
だから、だから!?だから、もう痛いのはイヤだって言ってるんだから、早く頷けよ無能のクズが!?!?!?」
そこまでバッチリと静寂が支配した観客席に言葉を響かせたクラウンの目の前で、シェイドが歩みを止める。
ソレにより、漸く支配される家畜が主人への敬意を思い出したか、と腕で覆っていた顔を開き、彼へと視線を直接投げ掛ける。
するとそこには、クラウンの予想の通りに地面へと跪き、頭を垂れて赦しを乞う家畜の姿…………では無く、その顔に半月の嗤顔を張り付け、極限まで緻密な魔力操作によってギリギリのラインまで魔力を込めた拳を振りかざすシェイドの姿が、目の前に広がっていた。
「…………ご苦労さん。お前、俺が誘導するまでも無く、散々やらかしてくれたな?
お蔭様で、お前らに向けられる周囲の視線が、凄いことになっているとまだ気付いていなかったみたいだな?
良かったな、コレからは、お貴族様として隠す事無く好き勝手に振る舞えるぞ?尤も、ソレを周囲が許してくれるとは思えないが、な!!」
「……なっ!?それは、どう言う……ぐべっ!?!?!?」
…………そうして、その端正な顔立ちを真っ正面から叩き潰す様に振り落とされた拳によって顔を砕かれたクラウンは、周囲の観客席から注がれる絶対零度の視線を受けながら、その意識を闇へと落として行くのであった……。
『…………し、勝者!勝者は、シェイド・オルテンベルクだぁ~!!!』
取り敢えず道化師編完結!
次回?まだちゃんとざまぁするよ?




