闇の中にて蠢く魔は、狂乱の都に向けて斥候を放つ
…………『人』の王国であるアルカンシェル王国にて武闘大会が開かれている正にその時、遠く離れたとある暗がりにて、複数の影が蠢いていた。
人類として定義される諸族と等しく、二本の足で立ち、言葉を交わして意志疎通を図っている様子であったが、大きく異なる点が二つ。
一つは、彼らの肌の色。
ソコに集うモノ達は、そのどれもが既悉された人類諸族の姿とは異なっていたが、一つだけ共通点として持ち合わせていたのが、現在『人類』として認められている者には存在せず、かつて存在していた、と語られるのみとなっている、『とある種族』のみが持ち合わせていたと言う『紫色』をした肌であった。
二つ目は、彼らの在る場所。
ソコは、人類と定義された者達が、現在把握出来ている生活圏内から遥かに遠く、それこそかつてならばいざ知らず、今では完全に『人類未踏の地』として認識されている場所の更に先に在る、居る事が有り得ない土地であったからだ。
…………人類である事が有り得ない肌の色と、集っている場所。その二つが合わさっているのであれば、必然的にソコに集いしモノ達は、定義としての『人類』から外れたモノである、と言う事になる。
……では、一体ソコに集う彼らは何なのか?
ソレを知る者は、今の世界には殆んど存在してはいない。
…………しかし、正体が知れないモノであるとは言え、こうして一処に集まったと言う事は、何らかの目的を有しているのは間違いない。
その目的が何なのかは定かでは無いが、そうして目的を持って集まれる、と言う事は、少なくとも話し合いか何かにて情報交換をする事が出来る程度の社交性と知能とを持ち合わせている、と言う事だろう。
そうである証拠に…………と言う訳でも無いのだろうが、集まっていた影の内の一つが口を開き、現在『人類』が扱っているのとは異なる言語にて発信を開始する。
「…………集まったか……?」
…………たったの一言。ただの一言その影が発した事により、それまで音声としては騒がしい状態には無かったものの、気配や空気と言ったモノが統一はされていなかったソコに、一本芯が通った様に整えられ、全ての視線がその影へと集まって行った。
一つ一つが尋常では無い程の存在感を持ち、その上で圧倒的なまでの魔力をその身の内に秘めている事もあり、下手な胆力では視線を合わせただけで気を失うであろう程の圧力がその影へと集中するが、その影はまるでそよ風でも吹いているかの様に、泰然自若とした様子を崩すこと無く言葉を続けて行く。
「……では、集まったと言う事で良いな?
ならば、始めるぞ。早速だが、本題に入ろう。
どうやら、向こう側に御方の復活が察知されたらしい」
「「「「「「「「………………!?」」」」」」」」
余計な建前や装飾を廃した言葉により、ズバリ、と本題に切り込んだその影のセリフによって、他の影から放たれた動揺がそこへと広まって行く。
何故?どうして?どうやって?そもそも、何故『そう』だと分かった?
答えの無い疑問がその場を満たして行くが、そうしている間に影の内の一つが手を掲げ、この場の取り纏めをしていた影へと質問を飛ばす。
「……ちょっと良いかなぁ?
キミは、御方の復活を察知された、って言っていたけどぉ、ソレって確実なのかぃ?」
「…………と、言うと?」
「確かにぃ、ボクらもその内バレるのは想定していたよぉ?どうせ、御方が復活なされた暁には、それまで不活化していた魔物が活性化して、大部分が本来の姿を取り戻すだろうからぁ、何かしらの不信感を持たれてソコから芋づる式にぃ、って事はさぁ。
…………でもぉ、ちょぉ~っとばっかり早すぎないかなぁ?流石に、この御方が目覚めたばかり、ってタイミングはどう考えても早すぎるとボクは思うんだよねぇ。
まるでぇ、誰かがわざと教えて上げた、みたいにさぁ……?」
「…………成る程、では、お前は、この中に裏切り者が居る、と言いたいのか?」
「まぁ、あくまでもぉ、そうだと話は簡単に進むかなぁ?って程度の予想だけどねぇ~?」
その一言で、先程とは別の意味合いにて場が騒がしくなる。
……未だ御方が目覚められてから間も無いと言うのに、もう裏切る者が居たのか?確かに、まだこちらが何も仕掛けてはいないと言うのに反応されるのはおかしい、早すぎる!……だが、あの怨敵共に与するのを良しとする様な輩が、まだ残っていたのか……?
そんな議論が交わされる中、最初に発言した、この場の取り纏めを行っている影が手を掲げ、場を静めてから再び口を開く。
「…………各自、言いたいことは在るのだろうが、先ずは我の話を聞いてからにして欲しい。
結論から言おう。取り敢えず、この場に裏切り者が居て情報を流していた、と言う事は無い故に、安心して貰って良い」
「……だからぁ、そうだったらおかしいからボクは発言したんであってさぁ……」
「こちらから探りを入れた処、どうやら動きを見せたアルカンシェル王国には、御方の復活を知らせる道具が伝わっていたらしい。
あの厄介な異世界人の治めた国であり、その血を現在にまで直系で保っている国である以上、そう言った類いのモノが在っても不思議では無い。違うか?」
「…………あぁ、そう言う反則染みたのが在ったんだぁ。
まぁ、あのクソヤロウならぁ、そう言うのを用意していても不思議は無いかなぁ?無駄に用意周到で、散々ボクらの事を邪魔してくれたあのクソヤロウなら、ねぇ……」
「……あぁ、そう言う事だ。
そして、向こうは御方の復活を察知したと同時に、対抗手段の召喚に踏み切っている。
最早、復活が事実と見たが故に喚んだのか、それとも諸々の予兆から察して喚んだのかは定かでは無いが、取り敢えず『既に喚ばれている』と言う事だけは覚えておいて欲しい」
「………………それは良いが、ではどうすると言うのだ?
我々は、知っての通りに強大だが、それでもこの彼我を隔てる距離は大きすぎる。
我らも、全員が空間を支配下に置く闇属性のモノと言う訳では無いのだから、気軽に『これから攻め込むぞ!』と言う事も出来はすまい」
「そこは心配無い。
先に話した情報を得る為に潜入させている斥候から、随時情報が更新される事になる。機を見てから、我らも動けば良い。
ソレに、彼の都では丁度良く力比べを目的とした祭典が開かれるとの事だ。彼の国の王族まで参加や観戦する、との話でもあった。
ならは、此度の呼ばれし者の力量を計るにしろ、先んじて始末するにしろ、場としてはお誂え向けと言うモノでは無いか?」
そう言って嗤うその顔に頼もしさを感じたのか、最初に疑問を呈した影も、その次に疑問を呈した影も、納得した様子で黙り込む。
ソレを見たが故にか、取り纏めの影も満足そうに一つ頷くと、その場に在った影全てに言い聞かせる様にして、最後に言葉を放つのであった……。
「…………他には無いな?
ならば、各自準備は怠るな。我らが御方、魔王陛下の為に、人類滅却の戦いを、今度こそ成し遂げる為に」




