反逆者は龍殺しの末裔からの懇願を一蹴し、その牙を突き立てる相手として定める
「…………『レティアシェル・ド・レスタ・アルカンシェル』、ねぇ……」
未だに警戒心を解く事無く、名乗られた名前を噛み締める様にして復唱するシェイド。
その瞳には、警戒心を通り越して、最早胡散臭い詐欺師を見る様な光が宿っており、姿勢は既に戦闘態勢のソレと遜色の無いモノとなっていた。
だが、それもある意味当然の話、と言うヤツだろう。
何せ、ある程度『王族の誰か』が事に関わって来ている、と予測した上で確信まで持ってはいたものの、ソレはあくまでも『王族の誰か』であり、『傍系の先祖返り』か、もしくは『至近に稀人との混血の在った者』程度だろう、と予想していたのだ。これは、シェイドだけの予想では無く、ランドン校長等との討論の結果導かれた見解であった。
……それなのに、も関わらず、ここで突然『直系の大本命』を名乗る存在が目の前に現れたのだから、警戒の一つもしないのは逆におかしい反応だ、と言えるだろう。
おまけに、『ド』を名乗っている以上、既に立太子されているハズの存在であるハズなのだが、ソレが『レティアシェル』だなんて言う名前であったと言う事や、自身とほぼ同じ様な年頃である事。もっと極端な事を言えば女性であった事や、顔立ちや姿と言った情報の全てが、全くもって耳にした事の無かった事柄なのだ。
ソレを、名乗るだけで国家反逆罪が成立する、と言うだけの理由で、目の前で名乗っている存在が本物だ、と認めろと言う事の方が難しい事だと言わざるを得ないだろう。
本物だと言う確信が持てない上に、ここに居ると言う事は可能性の上では例の『王族の参加者』である事も十二分に考えられる。それ故に、話し掛けられようと、微笑み掛けられようと関係無く、戦闘態勢を解除して警戒を解く事をしようとしないシェイドの姿に、若干微笑みの種類を悲しそうなモノへと変化させながら、レティアシェルと名乗った王族は再び口を開く。
「…………そう、警戒されるのは、悲しい事ですが理解は出来ます。特に、シェイド様の様に壮絶な体験を為されたのであれば、なおの事と言えるでしょう。
ですが、そうであってもなお、妾の話を聞いて欲しいのです。どうか、そのままでいて下さっても構いませんので、どうか……」
僅かながらではあるものの、確実に頭を下げて『話を聞いて欲しい』と懇願に等しい言葉をその口へと登らせたレティアシェル。
本来、決して頭は下げてはならない、と教育されるハズの王族が、しかも次代の王たる者である(らしい)立場の彼女であればなおの事そう教えられているハズであるにも関わらず、こうして軽くとは言え身分としては平民でしか無いシェイドに対して頭を下げた事に驚きを表情へと登らせる事となる。
…………が、だからと言って、今の今までの自身が受けてきた迫害の大元となった存在に列なる相手の事を慮ってやらなければならない理由は彼には無かった為に、特に警戒を解く事も、返事も碌にする事もせずにひたすら警戒しながらその場に佇むのみであった。
そんな彼の態度が気に食わなかったのか、それまではただただ喚いていただけであった(少なくともシェイドにはそうとしか聞こえていなかった)シモニワが、彼に向かって突っ掛かって来る。
「…………おい!お前!その態度は、一体何だ!?
ティアはこの国の王族で、次の女王様なんだぞ!?
そのティアが、わざわざお前程度に頭を下げて頼んでいるんだから、お前はさっさとティアの言う事を聞いていれば良いんだ!
ついでに、さっさと俺に掛けたこの呪いを解除しろ!俺が、何のためにここに居ると思って…………「…………シモニワ様…………?」なっ!?」
独善に従って余計な事ばかりを口走り、場の空気を更に悪化させたシモニワの言葉を遮る様に、レティアシェルが再度口を開く。
そして、既に浮かべていた『笑っていない微笑み』を更に強め、いつの間にか彼女の隣へと移動して肩を抱こうとしていたシモニワの二の腕を掴むと、そのまま握り絞めて行く。
思わず、と言った風に驚きの言葉を漏らしたシモニワの腕を、まるで握り潰さんばかりの勢いにて握り絞めつつ、そんな力が在る様には見えない細腕にて彼の腕ごと地面へと彼を引き倒しながら、それまでの穏やかな雰囲気と口調を崩すこと無く、空気だけを鋭いモノへと変化させ、彼へと目掛けて言葉を投げ付けて行く。
「…………妾は何度も申し上げたハズですが?
妾を含めた、世話役として指定されている女性の事を、勝手に愛称で呼ぶのは止めて欲しい、と。
貴方が居た場所ではどうであったのかは存じ上げませんが、妾達が暮らすこの国、この世界に於いて、家名では無く名前を愛称で呼ぶ事が出来るのは、家族かもしくは本人が許可を出した一部の極親しい相手のみです。貴方は、そのどちらでも、無い。ソレを、何故理解して実行しては頂けないのですか……?」
「…………そ、そんな……俺は、ただ皆と早く親しくなりたかっただけで……」
「では、下心満載で性欲剥き出しの視線を、妾達の身体に這わせる様に向けて来るのは何故でしょうか?
『ただ仲良くなりたかっただけ』と言うのであれば、それらの視線や下心から来る親切を装ったアレコレは正直不快でしか無いですし、そもそも貴方に助けて頂かなくてはならない事は基本的には無いので、それらは今後は結構です。断じて、必要とは、しておりません」
「…………い、いや、でも……!?」
「でも、では在りません。
貴方にソレを続けられますと、妾達にとって不利な噂が立つ事になるでしょうし、何より不愉快です。更に言えば、妾以外は意中の方が居られる様子なので、貴方のそう言った行動はその相手に対して不要な勘違いをされかねないのですから、無用以外の何物でも在りません。
……これ以上、言葉を連ねなければ、まだご理解頂けませんか?」
「……………………」
「……ご理解頂き、有難うございます。
では、妾には、彼と交わさなくてはならない重要なお話が在ります。そして、ソレを成さなくてはならなくなったのは、大分貴方が勝手に誓約を結んでくれた事に原因が在る事柄ですので、もう邪魔はしないで頂けますね?」
「……………………」
「……無言は、了承と取らさせて頂きます。
さて、ではコレにて邪魔が入る事は無くなりました。改めて、妾の話を聞き届けて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
純粋な腕力にてシモニワを地面へと引き倒しながら、言葉によってそこ心をへし折って行くレティアシェル。
決して細くは無く、シェイドと同年代程度には見えたシモニワは、年相応に筋力やら体重やらが着いているハズであったのだが、ソレを感じさせる事無く貴人の細腕で捩じ伏せて見せたその技術・体術と、繊細な魔力コントロールによる身体能力強化を他人に悟らせない隠蔽能力に、思わず警戒心を引き上げながらも内心で称賛を送る事になるシェイド。
それ故に、と言うのも少し違うかも知れないが、取り敢えず話だけならば聞いてやっても良い、か……?と言う心持ちとなり、戦闘態勢だけは取り敢えず解除して見せ、話すのならば勝手にしろ、と手振りで示して見せる。
流石に、王族相手にその態度は!?と言う事で、彼女の後ろに控える形で立っていた三人が、慌てて制止しようとしていたが、ソレを今度はレティアシェルが手振りで制し、それまでのモノよりも柔らかな微笑みを浮かべて改めて軽く頭を下げてから、再度言葉を紡ぎ始める。
「……有難うございます。
では、まずは、妾からシェイド様に改めて謝罪を。
……此度の彼の振る舞いは、妾の目から見ても流石に庇いきれるモノでも、庇い立てようと思える様なモノでも在りませんでした。そうした振る舞いをさせた妾達です。ですので、不愉快な思いをされたであろうシェイド様に、せめてもの謝罪をさせて下さいませ。
……申し訳ございませんでした」
そこで頭を下げて謝罪してくるレティアシェルに対して、手振りでそこまでにしておけ、と促すシェイド。
……流石に、遮蔽物の少ない野外では、あまり人通りが多いとは言えないが、誰も見ていない、とは断言出来ない故に、面倒な事態になるのを厭った彼が、そう判断したのだ。
促されるままに頭を上げたレティアシェルは、それまでの儚げな印象から強かな思考と行動力を持った油断ならない存在へと、彼の中で印象を変化させらながら、一旦切っていた言葉の続きを口にする。
「……今回、こうして妾がここに在るのは、お察しの通りに妾が『此度の武闘大会に参加する王族』だからです。ソレは、既に夏のガイフィールド学校校長と、このアルカンシェル王国に在る冒険者ギルド本支部長からのお話にて知っておられると思います。ですので、妾が参加するにあたった理由の類いは、この場では省かせて頂きます。お二方の予想は、大方的中している、と思って頂ければ結構ですので」
「…………なら、早い処本題に入って貰っても?
どうせ、ここに居るのはソイツを回収しに来たからなんだろうが、俺と話したいと思っていた、ってことは、何かしら俺に対しての用事が在ったんだろう?なら、手早く済ませてくれよ」
「………………では、単刀直入に申し上げます。
妾達この場に居る子女は、然るべき時期が訪れてから彼、マサヨシ・シモニワ様を中心としたパーティーを組んで活動を開始する事となります。
なので、ソレに際してシェイド様には、その結成されたパーティーに加入し、妾達に力を貸して欲しいのです。
……今はまだ、事情の全てを語る事は出来ませんが、確実にその活動は人類の為になる偉大なる活動となるのは間違い在りません。
その活動の最中で得られた利益は勿論としましても、別途に報酬も用意させて頂きますので、どうかご参加願いたく存じます……」
そう、すがる様な声色にて告げ、瞳に懇願の色を滲ませながら祈る様に手を組んだレティアシェルに対してシェイドは
「………………断る」
と、一言告げると同時に、その顔に半月の嗤みを張り付けて見せ、自らの標的にまたしても一つ名前を追加するのであった……。
まぁ、当然だわな




