反逆者は龍殺しの末裔と相対する
唐突に現れた、この国で唯一『ドラゴン』が意匠として使用されている家紋の刻まれた馬車が、シェイド(とシモニワ)の前で停車する。
そして、その中から、腰まで伸ばされた美しい黒髪が特徴的な少女が顔を出すと、従者が足台を出すのを待つ事すらせずに、彼にとっては見覚えの在り過ぎる程に在る面子を引き連れながら、彼らと同じ地面へと降り立った。
抜ける様な白い肌に、芸術品と見間違わんばかりに整えられた顔立ちは、ソコに居るだけで周囲に居る者を魅了して止まない程の美しさを持ち。
胸部と臀部には柔らかな肉が付いて同性ですら羨むであろう理想的で女性的な曲線を描いており、その上で腰を含めた要所要所が全体的にキュッと引き締まっており、まるでソコに居るだけで周囲の空気を塗り替えている様な雰囲気を纏っている為に、だらしなさ、と言うモノを感じさせない佇まいとなっている。
流石に、始祖からは代を経過ぎた為か、もう一つの稀人の血統として有名な『黒目』は発現していないながらも、その黄金の瞳と『黒髪』との組み合わせはその家系ではある種の『存在証明』となる程に有名なモノとなっていた。
そんな、かつてこの地に巣食っていたドラゴンを討伐し、その功績をもって周囲を黙らせて国を作った建国王の血を繋ぐ、文字通りの『お姫様』が、彼らの目の前へと姿を露にした。
…………当然の様に意識を戦闘時のソレへと切り替え、そうとは気取られ無い様に姿勢を整えるシェイド。
唐突に現れた龍殺しの末裔、この国の王族が自身の目の前に姿を顕にする、と言う事がどう言う意味を持つのか、このタイミングで姿を現した『王族』がどう言った存在なのか、ソレに予想が付かない程に能天気でも無邪気でも無い彼は、到底背後で未だに騒がしいシモニワ程に無警戒で居る事なんて出来る事では無い。
…………それが、例えその王族(推定)の背後に並ぶ面子が、自ら切り捨てた元幼馴染みであるイザベラとナタリアの二人と、既に縁切りも済ませてあるハズの元家族で元妹たるカテジナの姿であったとしても、決して変わる事は無いのだ。
そんな彼の姿を目の当たりにした三人は、まるで痛ましいモノを目にした、と言わんばかりに表情を歪め、口元を手で覆ったり、と言った仕草をして見せる。
それらの動作は、如何にも『相手との間に望まぬ擦れ違いが在って今は心が離れているが何時かはまた元に戻れると信じている』と言わんばかりの意思や雰囲気を感じさせるモノとなっており、端から見ればさぞ庇護欲や憐れみを誘うモノとなっていたのだろうが、当事者たるシェイドからすれば当人達の願いを叶えてやっただけなのにも関わらず何故被害者面しているのか?と言った疑問と苛立ちが湧いて来るのみであった。
……とは言え、何時までも既に終わっている者に対して意識を割いているのは無駄に過ぎるし、何より危険である為に視線をそちらから逸らすと、この一行の主である……と推測出来る、推定王族の方へと視線を向ける。
元妹のカテジナは違うとは言え、残りの二人は貴族家の出自だ。
その二人が、例え王命が下っていた為に世話役としてに徹していたのだとしても、何の後ろ楯も権力も無い相手に対してあそこまで下手に出て文句も言わずに唯々諾々と従っていた、と言う事はほぼ有り得ないと言っても良いだろう。
彼に対しては発揮されてはいなかったが、あの二人は比較的常識も持ち合わせているし、人付き合いも自身の意見を全く出さずにヘコヘコしているだけ、と言う様な事は絶対にしないと言う事は分かっている。
なのに、今までの非常識的な行動の数々を放置していたと言う事は、ソレを直接的に咎める様な立場に在る者が近くに居るのか、もしくはソレに近い立場の者からそう言った行動を止められている、と言う事なのだろう。恐らくは。
……で、在るのならば、その立場に在る者の候補として最も確率が高くなるのは、丁度この場に居合わせている目の前の『王族』と見られる女性となるのが道理と言うモノだろう。
そうでなければ、わざわざこんな場所に同じ馬車に乗り合わせて乗り付ける様な事はしないハズなのだから。
なんて事を考えつつ、推定王族の女性を横目に眺めながら警戒していると、何故かその視線が自身とシモニワの腕を行き来している事に気が付く。
そして、何故か『幻であるハズだ』と言わんばかりの様子にて唇を震わせながら、文字通りに鈴を転がす様な声色にて、どうか嘘だと言って欲しい、と言わんばかりにシモニワへと向けて問いかける。
「…………あの、シモニワ様……?その、腕に刻まれた魔法陣は、一体どうされたのでしょうか……?」
「あぁ、そうなんだ。聞いてくれよティア!
コレは、コイツに無理矢理付けられてしまったんだ!何でも、俺とコイツとが交わした約束を破らない為に刻まれるモノで、破ればこの魔法陣が俺の腕を破壊するらしいんだ!
こんな、何時発動するか分からないモノを何時までも腕になんて付けていられないよ!怖くて仕方がない!だから、早く外してくれないか?頼むよ、ティア!」
「…………取り敢えず、許可していない妾の愛称呼びは、今の処は不問と致します。
ですが、コレだけは正確にお答えを。貴方は、彼と、何を、どうする、と言う誓約を結ばれたのですか?」
「…………いや、だから、俺は同意していないのに、勝手にコレを刻まれて……」
「……妾は、既に言ったハズですよ?
正確に、何を、どうする、と言う誓約を結んだのか答えなさい、と。ソレ以外の言い訳を、許した覚えは在りませんよ……?」
「……ぐっ!?だ、だから!俺が、武闘大会で俺が勝ったら、もうベラとリアに近付かせないと誓わせたんだよ!
その代わりに、コイツが勝ったら、俺に纏わる全てを俺が話すか、それかソレを出来る相手に語らせろ、と一方的に言ってきて……」
「…………あ、貴方は、アレだけ妾や彼女達が『不用意に約束したりしないで欲しい』と言っていたのにも関わらず、そんな最悪な条件で誓約を結んだのですか……?
アレだけ、妾達が、教えて差し上げていたのにも関わらず、そんな誓約を独断で結ばれたのですか?失礼ですが、貴方は妾達の言葉を、キチンと理解出来ていなかったと言う事でしょうか?
お答えを、願います。シモニワ様」
「…………いや、聞いてはいたよ?ちゃんと。ただ、俺はそんな事をしているよりも、皆と想いを通じ合わせる事の方が大事だと思ってたってだけで……ソレに、この誓約?ってヤツも、コイツに一方的に無理矢理結ばされただけで、俺は何も同意してなんて……!?」
「…………はぁ、呆れましたわ。
妾は、一番最初にお教え致しましたハズですが?魔術を扱える者同士が、互いに同意した状態にて約束を交わしますと、そのどちらかが【ギアス】の魔術を使用した段階で、相手には拒む事は出来なくなる、と!
なので、不用意に約束はしないで欲しい。ソレが、貴方の為だと、一番最初に申し上げたハズなのですが!?」
「……ひっ!?そ、そんなに、怒鳴らなくても良いだろう!?
俺は、皆の為に話を付けようとしただけなんだぞ!?それに、その誓約?とやらも!俺がコイツに勝てば良いだけの話だろう!?」
「勝てれば、の仮定で話を進めようとしないで下さいまし!
貴方が勝てれば何の心配もしなくて済みますし、他の方々であれば、最悪譲歩を乞えばどうにかなる可能性も在りましたが、貴方が今、勝たなくてはならない方がどなたなのか、ソレを分かった上で仰られているのですか!?」
「……そ、そんなに怒らなくても良いじゃないか!?俺は、ベラとリアの為に事を起こしたって言うのに、ティアは何でそんなに怒るのさ!?
二人の方が優先されている、みたいに思っているのなら、ソレはただの勘違いだって前も説明はしたじゃないか……!?」
「………………はぁ、よもや、ここまで話の通じない方だとは思いませんでした……」
本気で『ティア』と呼ばれた女性が何に対して怒っているのかを理解出来ていないらしいシモニワは、平等に扱う予定何だから拗ねないでくれよ、と言った様な趣旨の言葉を彼女へと投げ掛けつつ、彼と相対していた時とは打って変わってだらしなく弛んだ表情を浮かべて接していた。
……大方、強気な女性が嫉妬から起こした行動を、自身の男としての器で受け止めてやる、みたいなシチュエーショが来た、とか思っているのだろうが、当の彼女の方はそんな甘い雰囲気は纏っておらず、寧ろピリピリとした真剣な空気のみを終始纏っていた様に見て取れていた。
シモニワの方は、どうにも『彼女らから好かれている』と認識しているらしく、振る舞いもソレに準じたモノとなっている様にも見受けられるが、どちらかと言うと『ティア』からは好意よりも寧ろ嫌悪感にも似た何かが向けられている様に、シェイドの目からは見えていた。
そんな『ティア』と呼ばれた王族の女性は、未だに身振り手振りを入り交えながら、如何に卑劣にも一方的に条件を突き付けられたのか、を必死な様子にて語り掛けて来ているシモニワから視線を外し、我関せずとばかりに距離を置いて警戒心を剥き出しにしながら佇んでいるシェイドへと身体ごと向き直る。
そして、それまでの頭痛を堪えている時の様に僅かながらに歪めていた表情を整えつつ、着用していたドレス風のロングスカートの裾を摘まみ、僅かに上げながら若干頭を下げる貴族家の作法である『カーテシー』と呼ばれる挨拶を行ってから、彼に対しては名乗りを上げる。
「……お初にお目に掛かります。
妾は、レティアシェル。レティアシェル・ド・レスタ・アルカンシェル。この国の正統王家を出自に持つ、王族に名を列ねる者にして、そこのマサヨシ・シモニワ様の身分保証を行う者です。
シェイド・オルテンベルク様。貴方様のお噂は予々幼馴染みの方々より耳にしておりました。以前より、一度お話を聞いてみたく思っておりましたので、此度の邂逅、大変嬉しく存じ上げますわ」
そうして、自ら『ド・レスタ』(『レスタ』が直系の王族のみが名乗るモノで、その前に『ド』が付くのは所謂王太子と呼ばれる身分の者のみ)と含めたフルネームを名乗った彼女は、その輝かんばかりの美貌を僅かに曇らせつつ、若干ながらも疲労の滲み出た微笑みを浮かべながら、誘い掛ける様に首を傾げるのであった……。




