反逆者は偽善者からの挑戦を受諾する
目の前に居るシモニワによる散々かつ支離滅裂な物言いに、いい加減付き合ってやるのも面倒になり、そろそろ殺しても良いかな?とシェイドが考え始め、苛立ちのままに魔力を解放しようとした正にその時。
不意に、彼へと目掛けて指を差し、まるで罪人に裁きを下す正義の味方であるかの様な態度にて、一方的に言い放つ。
「……なら、お前、俺と勝負しろ!」
「………………はぁ?勝負……?」
唐突過ぎる程に唐突なタイミングにて、いきなり突き付けられたその言葉に、思わず怪訝な声を出してしまうシェイド。
そんな彼の態度を『呆れ』から来るモノでは無く、『驚愕』や『怯え』から来るモノだと一方的に勘違いしたらしいシモニワは、それまでの若干気圧された様子から気持ちを持ち直し、強気な様子を見せながら言葉を続けて行く。
「そうだ!俺とお前とで、勝負だ!
この時間にここに居るって事は、どんな卑怯な手を使ったのかは知らないが、お前も予選を突破したんだろう?
なら、本選で俺と勝負しろ!俺が勝ったら、お前は二度とベラにもリアにも近付かないと誓った上で、二人に対して真摯に謝罪するんだ!良いな!?」
「…………阿保らし。何で、俺がお前から一方的に押し付けられた勝負に乗ってやらなきゃならないんだ?あ?
二人に謝罪?二度と近付くな?そんなモノ、言うのなら寧ろあいつらに言えよ。俺じゃなく、あいつらに対して、な。
それと、相手に勝負を吹っ掛けて、ソレを呑ませたい、って言うのなら、最低限相手にとっての利益を示す事だな。こんな、お前の都合で一方的に言い付ける様な、クソ下らねぇ内容じゃ無くて、なぁ?」
「…………ぐっ!?な、なら!どんな条件を付ければ良い!?
お前の望みは何だ!?」
「お前の首」
「………………え……?」
シェイドからの予想外の返しに、ポカーンとした間の抜けた表情を浮かべて固まるシモニワ。
そんな彼に対して、最早呆れと侮蔑を隠そうともしなくなったシェイドが、次々に言葉を叩き付けて行く。
「……何?もしかしてお前、自分はやりたいことを一方的に相手に押し付けるのは良くっても、自分がそうやって押し付けられる事になるハズが無い。必ず相手は配慮してくれるハズだ、とか言う都合の良い妄想を垂れ流しにしてくれてやがった訳か?あぁ?」
「……そ、そんな……!?いきなり、命のやり取りを持ち出すだなんて思うハズが無いだろう!?
そもそも、そっちからの要求が重すぎる!そんな条件、呑めるハズが無い!!」
「……だから?」
「…………は?」
「だから、『だから、どうした?』と俺は聞いているんだが?
俺は、さっきの条件以外で、お前からの話を受けてやるつもりは、無い。そもそも、俺にはお前からの挑戦を受けてやらなきゃならない必要性も、理由も無いんだから、当然だろう?
なら、必然的に求める条件は重くなる。その程度、何で言われないと思い付かなかったんだ?」
「………………」
「……なんだ?反論が思い付かなかったから、反論されるとは思っていなかったから、だから黙りを決め込む、と?
……ハッ!随分と、舐めた真似してくれやがるな?いきなり因縁付けてくれやがった時の勢いは、一体何処に行きやがったんだ、あぁ!?」
「……ぐっ、だが!それでも、俺は、二人を守る為に、お前に勝つ!勝つ必要が在る!
俺は、絶対に負けない!俺は、勝つ!それが、俺がこの世界に喚ばれた理由だからだ!」
「……ハッ!話にならねぇな。
テメェが好き勝手に妄想垂れ流しにしやがるのは勝手だが、ソレに他人を巻き込むんじゃねぇよ。
テメェのふざけた戯言を延々と聞かされる身にも、テメェの妄想に付き合わされるヤツの身にもなってみろや。うざったすぎて反吐が出る」
「……ぐっ、だけど、だけど!俺には、俺に想いを寄せてくれている二人を、守ってやらなきゃならない、守らなきゃならないんだ!!
だから、俺はお前に勝って、お前から二人を解放する!それが、この世界に喚ばれた俺に与えられた、第一の使命に違いないのだから!!」
「………………ふぅん?『喚ばれた』、ねぇ……?」
自らの言いたい事を言い切ったからか、つき先程まで会話の中で若干気圧されていたのを忘れ去った様に、晴々として堂々としたふてぶてしい態度にて改めて彼へと目掛けて指を突き出して見せるシモニワ。
端から見ていれば、切磋琢磨し合ったライバルに対して堂々と勝負を挑んでおり、ソレは間違いなく受了されると信じて疑っていない様にも見えたかも知れない。
…………だが、実際の処としては、自身の発言に一切の根拠を持たせる事が出来ず、かつ相手に対してのメリットを提示する事も出来ずに二度、三度と断られながらも、しつこく言い寄って来るナンパ男と変わらないしつこさを発揮しているだけに過ぎない。
相手とされてしまっているシェイドに、既に呆れ返られてしまっている事も、自らの失言によって情報を与えてしまっている事にも、何故か気付けていない以上、最早道化としか言えない状況に在るのだが、ソレさえも本人は気付けていない様子であった。
……シェイドは、蔑みの視線を目の前の愚か者に対して向けながらも、内心にて思考する。
コイツは、今、『よばれた』と言ったな?と……。
『よばれた』と言う事は、即ち『遠くから連れてこられた』と言う事だ。
ソレが、ただ単に出身地から、と言う事であるのならば、コイツはただの妄想癖が逞しいだけの王家が呼び出した稀人との血縁が濃い戦力で、あいつらがコイツに従っていたのは王家からの要請で世話役になっていたから、と言う事も考えられる。
…………それならば、まぁ別段構いはしないのだ。
ただ単に、それだけ王家がこの武闘大会に於いての勝利を重要視しており、かつこの武闘大会に於いて王族かコイツかのどちらかを優勝させる事を優先的に考えており、コイツはその為に呼び寄せられた戦力である、と言う事が確定するのだから。どうせ、この武闘大会が終わった辺りにてこの国を後にする予定なのだから、ますます彼自身には関係の無い事だと言えるだろう。
………………だが、万が一、そうでは無かった場合。
目の前のコイツが口にして言葉が、『呼ぶ』では無く『喚ぶ』であった場合。そうであった場合は、多少話が違って来てしまう。
もし、万が一、万が一彼が想像している通りで在ったのならば、偶然ではなく『必然』として稀人を『喚ぶことが出来る』技術が開発、または発見されたのであれば、状況は大きく変化してしまう事となるだろう。
……何せ、ソレがどんな技術であったとしても、どんな魔術であったとしても、個人に世界を跨がせるモノであるのに間違いは無い。そんなモノが、何の犠牲も代償も必要としないハズが無く、そうそうにして行えるモノであるハズが無いのだ。
であるのならば、目の前のコイツは、何かしらの『目的』を持って喚ばれたハズなのだ。『使い途』と表現しても良いだろう。
ソレは、この武闘大会で優勝させる、王族のサポートをさせる為の戦力として送り込む、だなんて言う程度のモノであるハズが無いし、有り得ない。
その程度の事の為にわざわざ多大なコストを支払ってまで喚ぶハズが無いし、その程度の事を成し遂げるだけならば既存の手駒を幾つか動かせばソレで事は済むハズなのだから。
ならば、一体何を?
他国との戦争?強大な魔物の排除?王国内部の粛清?だが、それらも決め手に欠けるし、そもそも目の前のコイツにそんな大それた事が完遂出来るとはとても思えない。戦力としても、本人の気質としても、だ。
コレを成したのが他の貴族家であれば、やれそうだったからやってみた、とか言う事態も有り得たかも知れないが、これまでの経緯やランドン校長が探った情報との兼ね合いを鑑みると、確実にコイツを喚んだのは王家のハズ。何の目的も無しに喚びはしないし、王家としても面子的に喚べはしないだろう。
ならば、何故?何を成させる為に、コイツを喚んだ?何故、コイツでなければならなかったのか?コイツを野放しにしている理由は、何なんだ……?
…………と、そこまで考えたシェイドであったが、ソレ以上の考察には情報が足ら無さ過ぎる上に、真実がどうだったとしても自身には大した影響は無いであろう、と結論を付ける。
何がどうなっていたとしても、どのみち然程しない内にこの国から出て行く身なのだ。
例え、何らかの決戦兵器としてシモニワが召喚されていたのだとしても、その世話役として任じられた二人がシモニワと懇意になったとしても、彼女らがシモニワが言う通りの関係性となったとしても、流石にどうなのよ?と思いはしてもソレに介入する義理も必要性も持ち合わせてはいないのだから、やはり放置する事になるだろう。そもそもからして、あの二人とは既に関係性は切れているのだから。
結果的に、考えても分からない事は分からないし、関係無いモノは関係無いのだから関わり合いになるつもりは無い、と結論着けたシェイドは、未だに目の前で喚き続けるシモニワへと改めて視線を送る。
……コイツは案外と頭が悪いし、直情的で前しか視界に入っていないらしい。
なら、今後の活動予定の範囲を定めたりする参考に、可能な限りの情報を引き出すのも、アリと言えばアリ、か……。
なんて事を追加で考え付いた彼は、その口元に邪悪で真っ黒な嗤顔を張り付けると、口元を半月の形に歪めながらシモニワに対して彼からの提案を口にする。
「…………なぁ、そんなに勝負したいのなら、受けてやろうか?」
「だから、俺はその時に二人に想いを打ち明けて…………って、なんだと……?」
「だから、その勝負、受けてやろうか?って言ってるんだよ」
「………………狙いは、何だ……?条件は、俺が出したモノから変えるつもりは毛頭無いぞ!?」
「あぁ、その辺は別に変えなくても構わねぇよ。俺は、お前に負けたら、二度とあいつらには近付かないし、顔を見せる様な事もしない。
まぁ、謝罪しろ、って言うのは承諾しかねるがね。何せ、俺の方からは謝らなきゃならない様な事は、した覚えが無いんでね」
「…………良いだろう。そこは、譲歩してやる。
それで、狙いは何だ?言われなくちゃ俺には分からないし、首を寄越せ、と言われても、ソレは流石に頷けないぞ?」
「……何、そこまで難しい事じゃあ無い。
ただ単に、一つ『誓ってもらう』だけさ。『お前に纏わる全てを語る』とな」
「………………俺に纏わる全て……?」
「あぁ、そうさ。お前の正体や何が目的でここに居るのか、と言った事さ。
ソレを、お前の口からでも、ソレを語れる誰かでも構わないから、必ず真実を語らせる、と誓って貰う。ソレが、俺が勝負を受ける為の必要最低限の条件だ」
「……………………分かった。『誓おう』」
シモニワの口からその言葉が出た瞬間、彼の嗤顔はより一層深みを増し、それと同時にシェイドとシモニワの二人の手首には、全く同じ紋様の魔法陣が刻まれる事となったのであった……。




