予選を終えた反逆者は、本選の地で偽善者と再度邂逅する
半月の嗤顔を浮かべながらも、至極詰まらないモノを眺める視線にて、彼は自身の周囲に広がりつつ在る地獄絵図を眺めて行く。
今も、悲鳴を挙げながら墜落し、地面へと激突して手足を変な方向へと歪めながら苦鳴を溢す参加者は増え続けており、見方によっては凄惨なその光景は、観客席にもとても大きな衝撃を与えていたらしく
「そこまで、そこまでする必要は在ったのか!?」「おい!今すぐソイツを失格にしろ!反則だろうが!!」「止めて……もう止めてぇ!?」
等の騒音が、次々に巻き起こり始めていた。
そんな最中に於いても、まるで自身には欠片も関係が無い、と言いたげな程に無関心を貫いていたシェイドは、最後の一人が墜落し、その結果として自分以外の誰も立ってはいない事、戦闘継続が可能な者がいない事を確認すると、チラリと視線を審判へと送って判断を促して行く。
ソレに対して審判は、既に立っている者が彼以外に居ない事と、多少やり過ぎ感は否めないながらも、先に似た様な状況を作り出したのは地面に倒れている参加者達の方であり、そちらの反則行為は見逃す様に、と言われているものの、既に戦える状態では無いのだから仕方無い、と言う事を判断の準拠として、苦々しい表情を浮かべながらも、この予選での勝者を彼だと認める判定を下すのであった……。
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僅か一時間もしない内に予選を突破してしまったシェイド。
ソレにより、非公式にて行われていた賭博は荒れに荒れ(基本的に彼には賭ける者が極少数しか居なかった為に)、胴元は阿鼻叫喚の地獄絵図となっており、裏社会の者特有の『自分が損したのはヤツのせいだ!』と言う責任転嫁の精神から彼の事を闇討ちしようとする、と言う事態に発展しかけたが、その悉くを彼が欠伸混じりに撃退してしまったので、リスクを取る為に手出しは控えられる状態となっていた。
…………正直、もう少し裏社会の人達だとか、気合いの入っていた参加者やその関係者のお礼参りだとか、はたまた恥を掻かされる形となった貴族家からの刺客だとかが頑張ってくれるとばかり思っていた。
その為に、少々拍子抜けすると同時にその為に空けていた分の時間が手空きとなってしまっていたのだ。
武闘大会に託つけてか、そこら辺の路地でも屋台や出店の類いが開かれていたりもするので、そちらを適当に冷やかして空いた時間を潰すのも良いのだが、流石にこの辺の人間であれば彼の事を知悉している為に、碌な反応をされる事は無いだろう。
いい加減その程度でどうこうなる程柔な精神をしている訳では無いが、だからと言ってそんな反応をされる相手の処に金を落としてやるのは、あまり面白くは無い。効きはしなくとも、不愉快なモノは不愉快なのだ。
なので、店の類いを冷やかすのは無しとすると、残るは…………と考えたシェイドは、取り敢えず本選の会場となる大闘技場を見ておこう、と思い立つ。
既に開催は宣言され、実際に行われているものの、実際に勝ち抜いた者が集って行う本選が行われるのは、明日と言う事になっている。
これは、バトル・ロワイアル方式とは言え、何時まで掛かるか分からない予選での時間拘束を、観覧に来る事になっている多忙(と言う事になっている)な国王に強いるとは忍びないし何よりも不敬である。と言う理屈から、予選と本選で二日に分けて行われる事となった、と言う訳だ。
一応、参加者の疲労や魔力消耗を回復させる、と言う目的が無い訳でもないが、ソレを言ってしまえば一日で最大四連戦する事になる本選にて一々休息を挟まなくてはならない理屈となる為に、建前としてはそちらが使われている、と言う事だったりもする。
なので、本日は本選の会場たる大闘技場は使用される事は無い。
おまけに、普段行われている試合等も行われていないハズなので、人目の類いも殆んど無いハズだ。
ならば、空いてしまっている時間潰しに加えて、先んじて会場となる場所の偵察を行い、その上で彼と同じ様に考えて大闘技場を訪れた予選突破者の顔を先に見ておく事も出来るのでは?と言う一挙両得なその考えに、若干足取りも軽くしながら道を進んで行くシェイド。
暫し道を歩いて行くと、少し前まで彼が居たソレよりも、遥かに大きくて格調高い闘技場が見えてくる。
小闘技場、と呼ばれていたソレも十二分に大きな建築物であったのだが、ソレよりも立派な造りとなっていて、随所に施された彫刻や装飾が荘厳な雰囲気や佇まいと言ったモノを醸し出している様でも在った。
正面から見上げただけで、知らず知らずの間に威圧されそうになりながらも、建国当時から建ち続けている建物であり、他国からの観光の目玉ともなっているモノなのだから、ソレくらいの雰囲気は在ってもおかしくは無いだろう、と結論付けた彼は、取り敢えず明日実際に戦う事となる場所の様子を確認するべく、内部へと足を踏み入れようとする。
………………が…………
「…………おい!何でお前がここに居る!?」
「………………あ?」
…………が、聞き覚えか在って欲しくは無かったし、聞き覚えになりたくも無かった声が、真っ直ぐに彼へと向けて投げ付けられる。
まるで、自らこそが正義の化身であり、自身と相対する者は須く絶対的な悪でソレを裁く事こそが全てに於いて優先される『正しい事』なのだ、と言わんばかりのその言葉に、苦々しい顔をしながら嫌々と言った雰囲気を隠そうともせずに振り返るシェイド。
…………そうして振り返った彼の視線の先には、彼にとっては嫌な予想のそのままに、顔を怒りの感情にて歪めた、黒髪黒目の男が肩を怒らせながら彼の元へとズンズンと突き進んで来る光景が広がっていた。
面倒事の気配に思わず溜め息を吐きながらも、相手にしない方が面倒な事になりそうな予感から、取り敢えずこの場は振り返る事を選択したシェイドは、自らに近付いて来る人影が一つきりである、と言う事に気が付く。
……てっきり、少し前の様に元幼馴染みの二人が帯同しているのだろう、と思っていた彼としては、ストッパーが居ない状況で人の話を聞かないコイツと二人きりか……と早くも内心でゲンナリしながら接近してくるシモニワを迎え撃つ事となる。
「…………はぁっ……で?
お前が、俺に何の用だ?言ったハズだぞ?次、俺の邪魔をするのなら殺す、と。
もしや、都合良く忘れた、とか抜かすつもりは無いだろうな……?」
「……ふ、ふんっ!そうやって、俺の事を脅そうとしても、そんな事は無意味だ!何せ、俺は誰にも負けはしないんだからな!
ソレに、お前じゃあ俺には手出しは出来ない!どうせ、その強気もただのパフォーマンスなんだろう?
実際にやるつもりも無い癖に、随分と口だけは達者なんだな!」
「…………はぁ、なんだ、ただ単に死にたかっただけか。
なら、お望み通りに殺してやるから、ご託は抜きにしてさっさと掛かって来いよ。ほら、早く」
「………………ぐっ!?」
シモニワからの挑発に、ナタリアからの懇願を思わず忘れ、本気で殺気を込めた魔力を叩き付けて行く。
このまま殺し合いに発展させても一向に構いはしない、と言う態度を実際に見せているシェイドに対し、咄嗟に伸ばした腰の得物を握ってはいるものの、ソレを抜き放って訳でも無くカタカタと身体の震えを伝達させて無様に得物を鳴かせていたシモニワであったが、目を瞑って一つ大きく深呼吸をすると、どうにか震えを納めて得物から手を離し、再び口を開いて来る。
「…………今は、その時じゃない。
ソレに、俺にはお前に言わなくちゃならない事が在る!今回は、ソレを伝えに来たんだ!」
「…………で?何を言いに来たってか?
そもそも、俺がお前の下らない戯言に付き合ってやらなきゃならない理由なんて無いんだって事位は、理解して抜かしてやがるんだろうな?」
「……関係が無いハズが無いだろう!
この際だから、ハッキリ言ってやる!彼女達は、お前に怯えているから言えないんだろうが、俺はお前の事なんか怖くは無い!だから、ハッキリと言ってやる!
お前は、もうあの二人に、ベラとリアの二人に幼馴染みだからと付きまとうのは止めろ!彼女達は迷惑しているんだ!幾ら二人に振り向いて貰えなかったからと言って、何時までも付きまとうな!ハッキリ言って、迷惑なんだよ!!」
「………………はぁ……???」
思わず、困惑のあまり間の抜けた声を挙げてしまうシェイド。
……しかし、ソレも無理は無い事だろう。
何せ、彼としてはとうの昔に関係性が切れていると認識しているあの二人に対して、目の前の男は『付きまとっている』と言っていたのだ。
ここ最近では顔すら碌に合わせていない相手であり、以前の関係性で言うのならば彼の方こそ『付きまとわれている』と訴えても間違いは無かったであろう彼に対し、あまつさえ『迷惑している』『付きまとうな』と抜かしてくれやがったのだ。
これには、流石のシェイドも呆れ返り、その見当違いな正義感にただただ唖然とするしか無くなってしまっていたのだ。
そんな彼の様子を、自信の気迫に押されて言葉を失っている、と勘違いしたらしいシモニワが、それまで若干気圧されていた勢いを取り戻すかの様な姿勢にて、畳み掛ける様に言葉を投げ付けて行く。
「……良いか?二人は、優しさから何時までもお前の事を突き放せなかったし、迷惑だと直接言う事も出来ていなかった!それに、幼馴染みとして一人にするのにも、躊躇いが在ったんだろうさ!
だが、二人にはこれからは俺が居る!俺と言う存在が、お前の事を不要だと、二人に認識させられるんだ!
だから、お前はもう二人には不要なんだよ!ハッキリ言って、お前が何時までも二人の側に居るのは、二人の、ベラとリアの為にならないんだ!だから!お前には、もう二人に近付くのは止めて貰う!!」
「…………で?それが、どうかしたか?
そもそも、俺からあいつらに近付いた事は無いし、当然付きまとう様な事をした覚えも無い。
奴らが自分の意思でソレを言葉にしていたのなら喜んで姿を眩ませてやるが、俺からすればお前が勝手にそう言っているだけ、としか思えないのだが?本当に、あいつらがソレを自らの言葉で口にしたんだろうな?」
「……だとしたら何だ!?俺は、俺には分かる!
二人の悲しみが!二人の涙の気配が!俺には分かるんだよ!
男なら、女性が悲しんでいるならその原因をどうにかしてやろうと思うのは、当たり前の事だろうが!!」
「……あぁ、かも知れんな。
だが、ソレはあくまでも相手と親しい仲であって、尚且つ直接頼まれたか、もしくは被害に遭っている場面を目撃した場合、の話だろう?
残念だが、既に俺とあいつらとの縁はもう一月は前に切れてるし、お前が居る時に何かした覚えも無いんだが?それでも、まだ俺の事を不必要に排除しようとしてくれやがる、と?」
「…………ぐっ、だが……!?」
どうやら、彼の独断と偏見によって口にしていた言葉であったらしく、シェイドからの温度を伴わない反論によって呆気なく言葉を失うシモニワ。
そんな彼の姿に対し、もう見るべき処は無さそうだし、そろそろ殺しても構わないんじゃないだろうか……?と思い始めた正にその時。
「………くっ!?な、なら!お前、俺と勝負しろ!!」
……本当に唐突に、彼の事を指差しながらシモニワが、そんな事を言い出したのであった……。




