反逆者は有象無象の悉くを、半月の嗤顔にて墜落させる
ほんの数日前の事とは言え、思考と想いを過去に飛ばしていたシェイドだったが、現在は割り当てられた小闘技場の内部にて佇み、試合の開始が宣言されるのを待っていた。
既に、開催の宣言は終わり、参加者として登録されていた者の内でこの小闘技場に割り当てられていた者は、全てここに集まって戦意を高めている。
既に、得物として持ち込んだ武具を抜き放ち、構えている者。
魔術の発動を補助し、消費する魔力を抑える為に使用される杖や指輪と言った魔導体に魔力を流し込み、魔術を発動直前で待機させている者。
ひたすらに自らの身体に魔力を巡らせて身体能力を高め、開始の宣言と共に数を減らそうと企んでいる者。
そんな、学生であったり、そうでなかったりする様々な面々が、それぞれで独自に事前準備を進める中、たった一つだけは共通している事が在った。
…………それは、彼の周囲にいる数十名のほぼ全員が、彼に向けて強い敵意や殺意の類いを向けている、と言う事だ。
考え事をしながら、とは言え、この小闘技場に入場する時に観客席から向けられ、投げ掛けられていた罵声と共に、以前クラウンの糞野郎と一緒に殴り飛ばしてやった取り巻きがここに割り振られていた、と言う事は認識していた。
同時に、そいつが参加者の間を渡り歩き、何事かを囁きかけたり吹き込んだりしている事も、把握はしていた。気にも止めてはいなかったが。
そうして、どうせ大した事は出来ないだろう、と放置していた結果が現在の、敵に周囲を囲まれている、と言う状況であったのだから、あまり笑ってもいられないのかも知れないが。
なんて事を、周囲に展開する殺意ガン決まりな連中の血走った目を見回しながら、失望の鼻息を吐きつつ考えるシェイド。
一応、殺しはアウト、と言うルールにはなっているが、同時に真剣持ち込みは許可されているので、何処まで守られるのかはイマイチ微妙なラインだろう。
おまけに、そのルールに縛られてしまっている以上、高火力の魔術を多重展開して火力にモノを言わせて強制殲滅、と言ったこともやるわけには行かなくなってしまっている。
…………実に、面倒臭い状況になって来ていた。
とは言え、流石にソレ以上に面倒な事態にはなってくれてはいないらしく、幸いにして……と言うのも少し違うが、この小闘技場に割り当てられた連中の中にクラウンの糞野郎は居なかったし、あの二人の姿も見えてはいない。
おまけに、ここに割り振られている連中の中に混じっている貴族家出身の連中は、ご丁寧に実家の家紋を装備の何処かに刻印したり、その意匠をあしらった装飾品を何処かに着けてくれているらしく、大雑把な目安として簡単に選別することが出来ていた。
「…………ふぅん。大体が『ユニコーン』で、たまに『グリフォン』ねぇ……。
『ドラゴン』が無いのは当然としても、せめて『マーナガルム』位は用意しておけよな……」
…………些か唐突だが、今まで一概に『貴族家』として扱われていた彼らにも、当然の様に階級……の様なモノが在る。
ソレは、かつて建国王が定めたモノであり、当時彼と共に戦場を駆け抜けた猛者達が必然的に賜ったモノでも在った為に、階級付けは彼らの強さを目安にされていたのだ。
下から順に『ゴーレム』『バイコーン』『グリフォン』『フェンリル』そして、最上級の『ドラゴン』。
それらは、実際にそれらを打倒した者に与えられ、その階級に属しているのであれば、最低限そいつらは倒せているぞ、と言う事を示し、彼らはソレを己の家紋の一部に取り入れて継承して来た。
尤も、時の流れと共に、不浄を司る『バイコーン』を階級や家紋として扱うのはどうなのか?と言った話題が出た為に『バイコーン』を『ユニコーン』へと変化させたり。
神話にて『神の御遣い』として描かれる事も多い『フェンリル』を倒した、として名乗り続けるのは……と言う事になって、同格で煮たような神話に於いては魔に属する事も多い『マーナガルム』へと名称と意匠が変更されたり、と言った事もありはしたが、それら以外は基本的には変わる事無く現在まで受け継がれて来た習わしとなっている。
貴族家としては最上位、と言っても良いクラウンの実家であるゲドリアス家でも、家紋に使われているのは『マーナガルム』と斧であり、武の名門として知られているカーライル家(イザベラの実家)とビスタリア家(ナタリアの実家)も、それぞれ槍と杖との違いは在るが、家紋の意匠としては『グリフォン』であり、中興の祖が立てた功績によって実質的には『マーナガルム』の階級として扱われていたりもする。
因みに、『ドラゴン』の意匠を持つ家は貴族家には無い。
が、家紋の意匠としては存在している為に、そんな御大層なモノを身に付けていれば、否応なしに目立つ事になる、と言う訳だ。
更に因みに、となるが、そうして身に付けている家紋を見れば、その家系の大体の強さは見て取れる。祖先がソレを出来た、と言うだけでしか無いとは言え、突然変異的に強くなっていたりはするし、祖先が強かっただけ、と言うパターンも在りはするが、その家それぞれでの独自のノウハウも蓄積していたりするので、大体は同じくらいの強さに収まる事になるのだ。
…………よって、シェイドの周囲を囲んでいる貴族家縁の連中は、大体が中堅処程度の実力の持ち主である、と言う事になる。
当然の様に、貴族家として中堅層、と言う事は、一般的な認識として『強くはないし弱くもない』と言った実力である……と言う訳ではない。
何せ、生まれつき安定した生活環境が用意された上に、様々な面で優れた教育を受ける事が出来る環境に在るのだ。
表沙汰にされてはいないとは言え、強いものが正義、と言う思想を国是としているこの国に於いて、支配階級に在る貴族家が弱いハズが無いと言うモノだ。
そんな、最初から優遇されていた者達に多く囲まれた状況に在るままで、闘技場に試合の開始を告げる鐘が鳴り響く。
それと同時に、まるで示し合わせた様に一斉に、彼へと目掛けて様々な魔術が降り注いで行く。
属性も階位もバラバラながらも、たった一つの目標を破壊する、と言う目的を共有して放たれたその魔術の数々は、狙いを誤る事無く次々に着弾して土煙を立てて行く。
クラウンの取り巻きに何と言われて扇動されたのかは定かでは無いし、最終的には戦う事になるハズの相手を横にしたままで土煙が晴れるのを油断無く見詰めているそれらの姿は、見ようによっては酷く滑稽なモノとなっていたが、本人達は至極真面目な面持ちのままに構えを解く事もせずに見詰め続けていた。
「……良いか!全員、油断する事無く備え続けろ!
そいつだけは、ここで必ず仕留めて脱落させなくてはならない!これは、ゲドリアス家のクラウン様からの直命である!
ソレを成し遂げた暁には!彼のお方からの報奨が、後の結果に関わらず贈られるモノと認識し!確実に目の前の怨敵を確実に仕留める様に励むのだ!!」
言外に、ここで自分の指示に従っていればゲドリアス家からの覚えも良くなるぞ、と言うモノが含められている指示に従い、土煙によって隠されている標的に向かって魔術を放ち続ける後衛系の参加者達。
とうの昔に消し炭になっていないとおかしい火力に晒されている目標に、得物を抜き放って構えていた前衛系の参加者達は緊張感を欠いてダレ始め、観客席は一方的に一人を多数で囲む様な展開に不満が膨らみ、いつしかブーイングが巻き起こる様になっていった。
暫し、そうして攻撃が続けられていたが、クラウンの取り巻きが合図を出した事により、それまで放たれ続けていた攻撃が中止される。
ソレにより、ほぼ闘技場の中央部分に居た彼の立ち位置に立ち込めている土煙が、徐々に晴れ始めて行く。
…………流石に、あれだけの攻撃を叩き込んだのだから、あの化物でも、最低でも戦闘不能にはなっているハズだ。今回起きた事はゲドリアス家が揉み消してくれる手筈になっているのだから、最悪殺してしまっても構いはしない……!
なんて事を思いながら、晴れ行く土煙に視線を注いでいると、突如として内側から発せられた『魔力圧』にて土煙が吹き散らされ、内部から無傷な状態にて目標とされていたシェイドがその姿を顕にする。
死ぬ寸前までは最低でも行っているハズだ!?と思っていた参加者達は驚愕から言葉を失い、前衛系の者達も予想外の展開に咄嗟の反応を示す事が出来ずに呆然となってしまう。
多数の敵に対する逆転劇を望んでいたハズの観客席すら、予想だにしていなかったその展開に言葉を失う中、ただ一人可能性としては『あり得る事態』だと認識していた取り巻きが新たな号令を下そうとするが、流石にソレをシェイドが見逃すハズも、むざむざ受けてやるつもりも無いらしく、何かしらの動きを見せられる前に展開していた結界を解除し、とある汎用魔術を無詠唱にて発動させる。
「……流石に、お前らの『お遊戯』に付き合うのはもう飽きた。
見せてやるよ、コレが、お前らが限界としている階位の差だ。
【アビス・スパティム・スデプラサ】
…………天から堕ちる気分て言うのは、一体どんなモノなのか、教えてくれよ」
「………………え?
う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!?!?!?」
ソレにより、彼の足元から広がり、周囲に居た参加者達をすっぽりと取り込んでしまっていた魔法陣が黒い輝きを放つと、彼らは突如として目の前の光景が変わっていた事に先ずは驚きの声を上げた。
……そして、自分達の立ち位置が、つい先程までの闘技場内部の地面から、そっくりそのまま上空に移動していて既に落下が始まっていた事に気が付き、絶望の悲鳴を口々に挙げ始める。
本来ならば、こんな速度で、こんな範囲で使われる事は有り得ないハズの『第七階位』の汎用魔術。
ソレを、目の前の存在に意図も簡単に扱われた事により、ソレが出来ると認識していなかった事により、彼らは彼らの目の前で、口元に半月の嗤顔を浮かべるその存在へと無様に悲鳴を挙げつつ涙等を垂れ流しにしながら、次々に闘技場の地面へと墜落して行く事になったのであった……。
【アビス・スパティム・スデプラサ】
闇属性の第七階位汎用魔術
早い話が『空間転移魔術』
本来ならば、対象として指定したモノを上空に転移させて墜落破壊を狙ったり、水中に転移させて水死させる事を目的とした魔術だが、基本的には対象と出来るモノは一つのみである




