反逆者は古狸の提案を耳にする
「シェイド君には、是非ともこの武闘大会に参加して、優勝して頂こうと思いましてねぇ」
そのランドン校長からの言葉を耳にした時、彼が抱いた正直な感想は『何言ってんだコイツ?』であった。
先程、本人の口から説明が在ったハズだ。
王族が外部参加する、と。ソレを見に国王まで出てくる、と。
なら、幾ら強くてもその辺りの気配りを、文字通りに『するつもりが無い』為に、出場して当たったのであればまず間違いなく全力で捻り潰しに行くであろう彼の事を出場させずに、上手い事他にも調整して王族を優勝させたりするのが本来行うべき事なのでは無いのか?
そう言った諸々が彼の脳裏を駆け巡り、一体何考えてやがんだこの爺は?と言った当然の疑問と共にシェイドの口から
「はぁ?何言ってやがんだこの狸爺は?
普通に考えたら、こう言う時は『絶対に優勝するな』とか言うモンじゃねぇのかよ?」
との言葉となって放たれる。
呆れ顔から放たれた、忌憚無く遠慮も無いその言葉に、柔和な表情を保った間まで苦笑を浮かべる、と言った器用な真似を披露しながら、口を開いて説明を続け始める。
「随分な言い様だ、と言いたい処ですが、まぁそうなりますよねぇ。
取り敢えず、説明するので聞いて貰いますよぉ?
まず、前提として聞いて欲しいのですが、この『武闘大会』自体は元々は儂らガイフィールド学校が執り行っていた催し物でした。まぁ、近年はそこまで頻繁に開催していた訳ではないので、君は知らないかも知れないですけどねぇ」
「……ほ~ん?ソレで?」
「……で、その『武闘大会』を、国の方から開催する様に打診を受けたのですよぉ。断りようも無い程に、強烈に、ねぇ……」
「……ふぅ~ん?で?無理矢理横槍入れてくれやがった王族に、恥掻かせてやろう、って腹か?そんな事して、大丈夫な訳?」
「ほっほっほっ!理解が早くて何より、ですよぉ。
ですが、ソコの心配は無用です。何せ、向こうは向こうで、近代では珍しい程に強力な固有魔術を得た者を御披露目したい、と言う目論見と、近年些か力を持ち過ぎている冒険者ギルドの権威を削ぎたい、との思惑が在っての要請でしたからねぇ。
こちらも、自衛の為に強者を送り込む事くらいは、向こうも折り込み済み、と言うモノでしょうねぇ」
「へぇ?だから、ここにアイツも居る、と?
冒険者ギルドに関わる事だから、その頭が居ない事には話が進まないから、と?」
「えぇ、大まかに言えば、ですがねぇ。
尤も、本来ならばこの説明は彼女がする予定だったのですが、見ての通りに君が居る時点で彼女は使い物にならないので、こうして儂が説明する羽目になっている訳なのですけどねぇ……」
「…………まぁ、その辺はどうでも良いや。
じゃあ、次だ。だったら、何で俺なんだ?生徒なら、誰でも良かったんじゃないのか?」
「…………ほっほっほっ。ソレが、そうも行かないのですよねぇ。
確かに、君以外にも固有魔術を修得し、その上で噂に聞く王族の方と比肩しうるだけの人材にも思い当たる節が無いでも無いですが、その方々は揃いも揃って実家が貴族家の方々でしてねぇ……」
「成る程ね。貴族家の連中を当てにしてると、いざ例の王族とやらとぶつかった際に手抜きをされるか、最悪わざと負けられる可能性が在る、って訳ね」
「えぇ、早い話が、余計な忖度をされる可能性が在る、と言う訳ですよ。
貴族家には貴族家としての選民意識が根強く蔓延っていますが、ソレを保証し、彼らを貴族家足らしめて居るのは王家です。
ですので、そう言った要請が入れば、これから所属する事になる予定の組織に対してのアレコレよりも、先にそちらを立てる事になるのは目に見えています。何も言われなかったとしても、余計な忖度をしてくれる可能性も低くは無い、と予想するのは、そこまで変な話でも無いですよねぇ?」
「……まぁ、冒険者で居ても高位になれなきゃ一般的な身分しか保証してくれないが、生き残って家に帰ればお貴族様には戻れるからな。
どっちを優先するかはそれぞれとは言え、家を優先する方を選ぶ奴等が多かったとしても、咎める事は出来んだろうがよ」
「そう言う事です。
なので、そう言った心配が無く、敵対した相手であれば容赦無く叩き潰してくれる君に話を持ってきた、と言う訳です。
…………それに、君は冒険者ギルドに対しても不信感や憎悪を抱いているかも知れませんが、同じくこの国の上層部にも似た様な感情を抱いているのでは無いですかぁ……っ!?」
……その、内心を見通した様なランドン校長の言葉に、ピクッと眉を反応させてしまうシェイド。
目に見える反応としてはそれだけでしか無かったのだが、表に出してはいないだけで彼の内面では激情の嵐が吹き荒れており、それに反応する形で彼が普段から垂れ流しにしている魔力が目的も無く周囲へと干渉してバチバチと音を立て始める。
自らの言葉によって引き出された反応とは言え、予想外過ぎる程に予想外なその反応にランドン校長は顔をひきつらせ、同席していただけとは言え、そんな反応を引き出す程に彼を追い詰めた、と言う実績の持ち主であるラヴィニアは、彼に与えられたトラウマが炸裂したのかソファーの上で頭を抱えて震えている事しか出来ていなかった。
時間と共に次第に収まって行ったものの、それでも時折バチッ!バチッ!と弾ける音と火花が散っているし、彼本人からも強大な魔術を前にした時に感じられる魔力圧にも似た圧力の様なモノを放っており、その様子に冷や汗を流しながらもどうにか場を納めようと視線をさ迷わせ、ラヴィニアは相変わらず頭を抱えてソファーの上で丸まり、恥も外聞も無い状態で震えるばかりであった。
そんな二人の反応を目の当たりにした為か、溜め息を一つ漏らすと同時に深呼吸を行い、どうにか内心で荒れ狂っていた激情を納めて行くシェイド。
そして、ある程度自身の内側に納めておける程度には静める事に成功した時には、ランドン校長もラヴィニアも外見上は取り繕う事に成功していたために、彼自ら口を開いて行く。
「…………あぁ、そうだよ。確かに、俺は『冒険者ギルド』と言う組織その物にも、この『アルカンシェル王国』と言う国その物にも恨みを抱いている。むしろ、憎悪していると言っても良い。
何せ、この国が国是として掲げる、例のクソッタレな『強者は弱者を好きにしても良い』だなんてモノが無ければ、俺があんな地獄を見る必要なんて無かったんだ。
……そして、俺の事を勝手に弱者だと定め、見下して嬲り者にしてくれなやがった事が、何よりも不愉快だ!反吐が出る程にな!!」
「…………ならば、こそですよぉ。
そんな君であれば、例え相手が王族だったとしても、不要な忖度をしたり、手を抜いたりする事は無いでしょうからねぇ。
そうであれば、学校の名誉と必要性は保たれますし、冒険者ギルドの必要性にも翳りが出る事は無くなりますからねぇ」
「…………まぁ、話は分かったよ。
現状、打てる手の中で、俺を刺客に仕立て上げる事が最上なんだろう、って事はな。
だからこそ聞こうか。俺が、その話を受ける事で、一体どんなメリットを受けられると言うつもりだ?」
「…………これは、困りましたねぇ……メリット、ですかぁ……」
余程彼からの返しが予想外であったのか、再び浮かべていた柔和そうな表情はそのままに、一旦は収まったハズの汗を再び拭い始めるランドン校長。
……大方、憎い国是を利用して一泡吹かせられるのであればソレで良い、憎たらしい王族に吠え面掻かせてやれるのならばソレこそが最上の報酬だ!とでも言うと思っていた口なのだろう。
どうせ、自らの復讐心さえ満たしてやればソレで良い、その後の事は考えてはいないだろうから、適当に口車に乗せて良いように使い潰してやれば良い、とでも企んでいたのだろう。
…………確かに、彼の中にて『復讐』と言うモノに占められている割合はかなり大きい。それは、確かだ。
しかし、ソレこそが全て、と言う訳ではない。むしろ、そうして復讐を成し遂げた後の事こそを憂慮しており、確実に『その後』の事を見越して行動しているのだ。
故に、彼は『その後』の無い様な復讐には興味が無い。
国にも王族にも一矢報いてやれるのであればそれに越した事は無いが、だからと言ってソレに対しての報酬も無ければ、彼自身のその後を保証するモノが何も無いのであれば、ソレは成すだけの価値が在るモノである、とは見なされないのだ。
ソレを、後れ馳せながら悟ったランドン校長は、表面上はどうであれ、内心は激しく焦っていた。
何せ、何も要求して来ないだろう、と高を括っていた相手から、明確なまでに報酬の要求をされたのだ。何も考えていませんでした、何も用意していませんでした、では済まされない。
最悪、自らが持ち掛けた計画の一切を先に暴露されてしまい、学校もギルドも双方ともに権威を地へと失墜させられる、と言う事態になりかねない。何せ、相手は国にも恨み辛みの類いは募らせているが、自分達にも等しく募らせているハズであるのだから。
自分達が取引を持ち掛けようとしていた相手が、とんでもない怪物であった、と言う事に今更になって気が付いたランドン校長は、苦し紛れの悪足掻きとして、偶々手近に置いて在った武闘大会のパンフレットを手に取ると、その賞品のページを開いて彼の方へと流して行く。
「…………取り敢えず、優勝者には、その中からの幾つかをお渡しする予定でしたので、何か欲しいモノが在るのでしたら優先的にお渡し出来ますよぉ?
一応、準優勝者までは賞品を渡す事になっていますので、全部、とは行きませんけどねぇ。
まぁ、そこに目当てのモノが無い、と言うのであれば、追加で取り寄せる事も――――」
「…………いや、別に良い」
「――――何ですと?」
「だから、ソコに載っているモノで良い、と言っている。
まぁ、確実に渡す事と、現物はちゃんと在る事だけは約束して貰うが、報酬はソレで構わない」
「………………でしたら、その様に。
まだ少しありますが、本番ではよろしくお願いしますよぉ?」
そう言って、ランドン校長は額に伝った汗を拭い、安堵の溜め息を漏らしてソファーに深く腰掛けるのであった……。
「…………あっ!そう言えば、一つ聞きたい事が在ったんだった」
一応言っておくと、ちゃんとここで切る様に書いているので書き損じとかでは無いのでご安心を
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