呼び出しを受けた反逆者は、学舎で思いも寄らない再会を果たす
バザールに参加して、散々アレコレと買い込んだ翌日。
彼の姿は、ガイフィールド学校への通学路の途上に存在していた。
「…………まったく、あの狸校長一体何の用だ……?わざわざ、人をやって呼びつけてくれやがって……!」
一人通学路を進み、周囲から畏れの混じった視線を受けながら歩いている理由は只一つ。
先程溢していた呟きの通りに、呼び出しを受けたが故に向かっているから、と言うのみであった。
昨日、イザベラともう一人との遭遇の後、一通りバザールにて買い物を終えたシェイドが帰宅すると、扉の隙間に手紙が差し込まれていたのだ。
ソコには、簡潔に『明日の昼前位に校長室に顔を出して欲しい』とだけ書かれており、確実に厄介な事になる気配がプンプンしていた。
…………しかし、資金源としていた魔物は未だに枯渇したままとなっているし、特には予定が入っている訳でも無い。
それに、既に学校自体には見切りを付けているとは言え、何故か未だに『学籍が抜かれた』と言う話は彼の耳には届いていない以上、一応は身分としては『学生』と言う事になっている。
……幾ら恨みの類いが在るとは言え、何も無いのであれば流石に話を聞きすらしない、と言うのは取り難い選択肢であった、と言えるだろう。
未だに残されていた自らの善性を恨めしく思いながらも、そう言えばまだヤる事は残っていたよなぁ……と邪悪な笑みを顔に浮かべつつ、通学路を進んで行くのであった……。
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…………キ~ンコ~ン、カ~ンコ~ン……キ~ンコ~ン、カ~ンコ~ン……!
背後にしている校舎から、間の抜けた終業の鐘が鳴り響いて来る。
ソレを耳にしながらシェイドは、足元に倒れていたソレに対して手加減無く、無造作に足を振り落としていた。
ゴシャッ!!!
「ギガッ!?!?」
見た目にそぐわぬ重量と筋力によって繰り出された踏みつけを腹部へと受け、奇っ怪な悲鳴を挙げる生徒。
当然の様に、彼もその周囲に転がる他の生徒達も、かつてはシェイドに対して暴虐を振るい、ソレを以て娯楽としていた者達であった。
既に、かつての無力で『無能』と呼ばれていた存在では無くなっているシェイド。
そんな彼が、かつて自らを見下して嘲り蔑んでくれた相手を見逃すハズも無く、こうして定期的に制裁を下している、と言う訳だ。
別段、今まで相手を思いやって手加減してやった事は無い。
なので、これまで何人か死んでいるかも知れないし、今回地面に沈み込んでいる十数人の内、何人かは死んでいるかも知れない。
…………が、だからと言って彼がそんな連中へと情けを掛けてやる事になるハズも無く、別段死んだら死んだで構わない、と思ってやっている。
何せ、今まで彼に対して、いつ死んでもおかしくは無い、と言うレベルの暴虐を散々に振るってくれていたのだから、それが自分達に返って来ると言うだけの話だ。先にやっておいて、自分達だけは痛いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ、なんて我が儘が通ると思う方がどうかしていると言う話だ。
それ故に、と言う訳でも無いが、特に容赦も呵責も無しに、自らの都合の良い様に同じ様な連中を呼び寄せるのにも使っていたクッソにも、同じ様に自らが振るいうる暴虐を以て復讐を行って行くシェイド。
「…………ど、どぼしで……?言われだどおりに、やっでだのに……!?」
「……あ?もしかして、その程度で俺が許してやるとでも思ってた?
お前らが、俺が言うとおりにした程度で、一回でもその手を止めた事が在ったかよ?無かっただろう?
だから、俺はヤるよ?何度でも、言うことを聞こうがどうしようが、何度でも、だ」
「そ、そんなぁ……!?」
以前のソレに加え、今回の『お仕置き』により、殆どの前歯を失ってしまった事で不明瞭となった発音でフガフガと抗議紛いの事をしてくるクッソ。
しかし、そんな彼に対し、鋼の意思を以てして自分達の振る舞いが原因であり、かつ自分達は慈悲を見せなかったのだから見せて貰えるハズが無いだろう?と説き、再びその心をへし折りに掛かる。
シェイドの内に燃え盛る復讐と赫怒の真っ黒な焔を垣間見たからか、悲鳴を挙げて後退るクッソ。
そんなクッソに対してシェイドも、既に大体の連中には一度は制裁を加える事が出来ている為に、そろそろコイツも潰しちまっても構わないかな?とか思っていたりしており、それが彼の身から放たれている魔力と反応することで勝手に擬似的に発動した重力魔術が彼の骨格を加圧によって軋ませ始める。
メキメキと悲鳴を挙げる骨格に、とうとう殺される!?と実際に悲鳴を挙げ始めるクッソ。
ソレを目の当たりにしてか、この場で同じ様に地面に転がっている他の糞共も、意識の在る者は絶望の声を挙げ始めた正にその時であった。
「…………おい!何をしてる!?
今すぐ止めるんだ!!」
「………………あ?」
突如として彼らが居る校舎裏に、至極最近に聞いた覚えの在る声が響き渡ったのだ。
その声に釣られる形で、訝しむ様な呟きを溢しながら振り返るシェイド。
丁度、校舎の裏と判定される陰の部分と、ソコに繋がる表からの通路の処に、三つの人影が佇んでいた。
若干ながらも暗くなっている校舎裏からではハッキリとした事は分からなかったが、その三つの人影の内、真ん中のソレが真っ先に進み出て来た事で、声を挙げたのがこの三人であったのだろう、と言う事が察せられた。
肩を怒らせ、真っ直ぐにずんずんとこちらへと向けて進んでくる人影。
ある程度まで近付いて来れば、流石にその人影が誰なのか、まで確認出来る様になっていたのだが、ソコでシェイドにとっては全く以て予想だにしていなかった相手の顔が明らかになって行く。
「…………あ?お前は、昨日の……?
何で、ここに居やがるんだ……?」
「……そんな事、お前の様な卑劣漢に説明してやるつもりは無い!」
「………………あ゛ぁ゛ん?テメェ、面合わせるなり唐突に喧嘩売ってくれやがるたぁ、どう言った了見のつもりだ、あぁ?
そんなに死にてぇなら、今すぐ挽き肉にしてやんぞ?覚悟は出来てんだろうな?テメェ」
「望む処だ!
こんな、沢山の罪も無い人々を傷付ける様な卑怯者に、俺は絶対に負けたりなんかしない!!」
「ちょっと!?シェイドもシモニワ様も二人とも止めて!?」「お二人とも、そこまでです!シェイド君も、シモニワ様も、一旦引いてください!!」
「…………は?イザベラはまだしも、ナタリアも、だと……?」
「ベラ!リア!」
唐突に因縁を付け、一方的にシェイドへと詰め寄って来たのは、昨日イザベラと共にいた例の黒髪。
状況的に仕方がなかったのかも知れないが、碌に話を聞く事もせずに彼の事を『悪』だと決め付け、自らを『絶対の正義』だと定義しているその姿に不快感を露にする彼が、怒りのままに目の前の黒髪の男を叩き潰そうとするも、その間に見慣れた姿が二つ飛び込んで来た為に水を注される事となってしまう。
その内、昨日も遭遇した、目の前の黒髪の男と行動を共にしていたイザベラの存在は想定内では在ったのだが、もう一つの影として飛び込んで来た、最近久しく顔を合わせていなかったもう一人の元幼馴染みであるナタリアの姿を目の当たりにしてしまい、彼の口から思わず疑問の声が溢れ出る。
そんな彼とは裏腹に、二人の姿を確認すると、さも嬉しそうに二人の愛称を口にする、先程『シモニワ』と呼ばれた黒髪の男。
二人からの返答は成されては居なかったが、シェイドでは無くそちらに背を向けて庇い立てる様な立ち位置に在ると言う事は、やはりそう言う意味なのだろう。
彼の方からも、自分の前に二人が出て来た事を不満に思っている様な素振りを見せてはいるものの、視線や素振りから感じられる『異性に向けた好意』から察するに、恐らくは『男の自分が庇われる形になっている事が嫌だから』と言う様な事と『二人に対して格好良い処を見せるチャンスだったのに』と言う様な事でも考えていたのだろう。
その証拠として、どうにか場を納めようと割って入って来た二人が、視線でシェイドへと向けての説明をするタイミングを測っている(あくまでも『出来る』と言うだけでありシェイドが聞き届けるかは彼次第だが)にも関わらず、イザベラとナタリアの二人の横をすり抜ける形で再び前に出てくると、腰に差していたらしい片刃で刀身の反り返った得物を抜き放ち、その切っ先をシェイドへと向けて来る。
「……大丈夫!二人とも、心配しないで!
こんな悪党に、俺は負けない!何せ、俺には勝利の女神が二人も付いてくれているんだから!」
「…………シモニワ様……」「……ですから、シモニワ様。これ以上の事は止めて下さいと……!?」
「…………なぁ、お前ら。
そろそろ、その馬鹿殺しても良いか?
さっきから、そいつ見てると無性に苛つくんだ。いい加減黙らせるなり、引かせるなり、その光り物下ろさせるなりしないのなら、こっちで勝手に潰させて貰うが構わねぇよな?」
「なんだと!?」
「二人とも、ちょっと黙って!?」「……シェイド君。お願い、ここは堪えて?今はちょっとした事情で君にも説明出来ないのだけど、必ず後で説明するから、ここは堪えて貰えない?」
「…………はぁ?
まったく、お前ら一体何がしたい訳?昨日から、やれ『話せない』だの『説明出来ない』だの『でも信じて欲しい』だのと宣ってくれただけでなく、この期に及んで『後で説明するから堪えろ』?
既に、信用値って意味じゃ底値を超えてるお前らの、何を信じて待てってか?何を以てして堪えろと?
残念だが、俺は既にお前らにとって都合の良かったお人形さんじゃねぇんだぞ?そうホイホイ、テメェらの都合で動かせるだなんて、思い上がってくれてるんじゃねぇだろうな……?」
彼の言葉と共に、敵意を乗せられた魔力の奔流が周囲へと迸る。
目的を以て放たれたモノでは無いにしても、十二分に物理的な圧力として周囲に影響を与えるだけのモノであった為に、周囲で今だけ地面に転がされていた連中は当然としても、間近にて受けたイザベラは小さいながらも悲鳴を挙げ、シモニワと呼ばれていた男も得物の切っ先をカタカタと震わせていた。
…………しかし、その最中であっても、ナタリアだけは普段と変わらぬ様子で毅然として立っており、その瞳に強い光を宿して彼の事を見詰め続けていた。
ソレを正面から受けたシェイドは、内心にて『これは引かないな』と、彼女が以前から絶対に自らの意見を曲げようとしなかった時にしていたのと同じ表情を浮かべていた事から理解し、溜め息を一つ溢すと同時に、周囲へと放っていた魔力を霧散させる。
そして、呆気に取られて固まっている二人とナタリアの横をすり抜けながら
「……取り敢えず、今回はこの程度にしておいてやるよ。
但し、次は無い。その時には、何がどうしてこうなってたのか、きっちり全部吐いて貰う。
そうでないとか抜かすなら、それ相応の覚悟を決めるか、もしくは二度と俺の前にその面晒さない事だな。死にたくなければ、の話だがね」
と三人に対して言い残すと、今回登校してきた本来の目的を果たすべく校舎へと向けて歩き去ってしまうのであった……。
…………周囲に、地面へと転がる無数の怪我人や重傷者を、残したままで……。




