校長室を後にした反逆者は、己の懐具合に悲嘆に暮れる
校長であるランドンとの対峙を終えたシェイドは、手早く運動着から着替えると、未だに残る授業を受けるべく教室へと向かう生徒達の流れに逆らう形で廊下を進んで行く。
そして、次の授業の開始を告げる鐘の音を聞きながら、校舎だけでなく学校の敷地その物から退出してしまう。
既に、この学校で授業を受ける事に対しての意義を見出だしていなかった彼は、ランドンからもたらされた提案によって完璧にこの学校に所属している事に対しての意義すらも無い、との決断を下してしまっていた。
近々、今住んでいる生家も売却する予定となっている。
かつて妹であった存在との縁を切っている為に、最早気に掛ける必要性は無いと言えるだろう。
幼馴染みであった二人の行く先が気になると言えば気になるが、あの二人が糞野郎の妾になろうが、糞野郎の種で孕もうが既に自身には関係の無い事でしかないのだし、向かって来なければ特に関わる事も無いだろう、と割りきって判断を下す。
未だに復讐を完遂はしていない以上、まだ留まる必要は在るのだが、その後の事も考え始めなくてはならないな、と歩きながら思考するシェイド。
…………取り敢えず、当座の資金、と言う意味のモノとしては、それなりに目処は立っている。
キマイラを売却した分は、未だに殆んど彼の財布から支出されてはいない。二百枚も在るのならば、上手いこと遣り繰りすれば一人の人間が生きて行くのには十分な蓄えだと言えるだろう。
それに、生家の売却額も、未だ正確な見積りが出ている訳ではないが、恐らくは金貨で千枚近くにはなるハズだ。
流石に、その全てを己のモノとするのは憚られる為に、その内の半数近くは置いて行く事になるだろうが、それでも彼の財布に五百枚近くの金貨が転がり込んで来る事になる計算となる。
「………………うん、全くもって足らんな。全然足らん」
金貨で七百枚もの貯蓄が出来る見通しを前にして、苦い顔をしながらそう呟くシェイド。
一般的な家庭であれば、孫の代まで残せるかは少し不安だが、それでも子供の代までならば余裕で遺してやれるだけの大金であるのだが、彼の顔は晴れやかなモノにはならず、どちらかと言うと明日の食費が危うい、と言う様な者のソレとなっていた。
…………では、その理由とは何なのか?
ソレは、至極簡単。何故ならば、彼が目指す冒険者とは、非常に消費の激しい職業であるからだ。
確かに、世間一般的なイメージの通りに、一定以上の腕を持つ冒険者であれば、一般的な職種では考えられない様な金額を、一度の依頼や冒険にて稼ぎ出す事も不可能ではない。むしろ、簡単にやってのけるだろう。
……だが、そもそもの話としてソレが出来るのは極僅かな一握りの冒険者だけであり、そうして華々しい活躍を見せる者以外は、そこまで稼ぎが素晴らしい、とは言えないのだ。
そんな冒険者達には、様々な場面で『必要な出費』と言うモノに直面する事になる。
日々相棒として振るい酷使する得物。
身の安全を担保して保障する防具。
出先で採る事になる食料。
依頼の品を集める為の各種道具。
討伐した獲物を運ぶ人員。
向かった先で休息を得る為の宿。
負傷した際に使用するポーションを始めとした、各種必須の消耗品。
それらは、決して安くは無い。
むしろ、必要不可欠なモノである、と言う事を盾にとって、上質なモノであればあるほど、可及的にその値段は上昇して行く事になる。それこそ、天井知らずで、だ。
それらに加え、徒党を組んでパーティーを結成した場合は、得られた報酬金の取り分やパーティー運用の為の資金をどれだけ取り置くのか、誰が管理するのか、等々の問題も大量に出てくる事になる。おまけに、人数が増えれば増えただけで消耗品はソレに合わせて量が必要になってくるし、メンバー同士での軋轢も容易く発生する様になっていく。
リーダーを務める者の精神と胃を的確に責め立て、その胃と頭髪を破壊し尽くす事となるのは目に見えているだろう。
単独で依頼をこなすにしても、パーティーで活動するよりも依頼を達成する為の難易度は格段に上がってしまうし、何より負傷した際に助けてくれる相手が側にいない、と言う事は、落命だけでなく現役からの退役の可能性を跳ね上げる事となってしまうのだ。
ソレを防ぐ為には、やはり潤沢な資金が必要となる。人心も人命も、金さえ在れば、どうしようもない事態を除けば大体はどうにかなるのだ。
……だが、ソレを成すのには、あまりに彼の手元に在る資金では心もとない。
何せ、金貨で七百枚程度では『それなりに良い装備一式』を揃えた時点でほぼ尽きてしまう。しかも、彼が全力を出せばソレに耐えられないであろう程度のモノで、である。
以前の様に、得物を一々使い捨て(※第十二部参照)て行くのであればまだしも、それでは安くない武具を消耗品扱いする必要が在る。それでは、流石に出費が激しくなりすぎる。
本音を言えば、彼の魔力にも耐えられるだけの逸品が欲しい処であるのだが、そうなってしまえば作るだけで金貨千枚以上は確定だし、何よりソレを作るための素材からして集める必要に駆られる事となる。
最終的に幾ら掛かるのか、考えたくも無い額になるのは目に見えているだろう。
…………以上の理由から、彼が彼の望むがままに冒険者として活動しようと思ったら全くもって金が足りていない、と言う事だ。
彼に理不尽を強いた糞野郎共とは言え、奴等の遺した遺産が在ればまだ幾らかはマシであったかも知れないが、彼とてその全貌を把握していた訳では無い。
流石に、大体これくらいかな?と言う程度の予想は着くが、ソレを握っているのがクソウサギことラヴィニアのみである為に、世間的な理由からして無理矢理奪い取って取り返す、と言う手段にも中々出にくくなってしまっているのだ。
今ならば、脅し付ければ引き渡して来る可能性も無くは無いのだろうが、そうしてしまっては流石に外聞が悪い。
先の冒険者ギルドでの一件は、あくまでも『強いやつこそが正義』を標榜している冒険者共相手に、向こうが押し付けて来た理論に従って起こした行動であったが為に、他所に助けを求める、と言う事を面子とプライドから出来なくした上での行動であったのでどうにか揉み消せている、と言うだけだ。他でヤれば、流石に管警のお世話になる羽目になるだろう。
報復、復讐は大好物だが、だからと言って監獄にぶちこまれる羽目になるのはゴメン被る。
なんとも我が儘ながらも、彼本人としては最善となるであろう決意を抱いた彼は、ほぼ無意識的に足を向けていたとある施設。
つい先日にも訪れて大暴れをした冒険者ギルドの扉を、一人押し開けるのであった……。
******
ガヤガヤと騒音が支配する中、彼は一人ロビーを進んで行く。
時折、彼の存在に気が付いたらしい冒険者が、昨日の惨劇を思い出して恐怖から腰を抜かしたり、義憤に駆られて殴り付けようとしたり、ソレに気付いて必死に止めようとしたりしている様子であったが、特に気に掛ける様な事もせず、歯牙にも掛けていない、と言う態度で真っ直ぐ進んで行く。
そして、冒険者であれば、まず真っ先に向かうであろう依頼書の貼り出された掲示板をスルーすると、適当に空いていた受付カウンターへと滑り込んで行く。
「いらっしゃいませ!本日はどの様なご用事で…………っひぃ!?」
「…………近辺で確認されてる高位の魔物、その出現場所と把握している情報を寄越せ。今すぐに、だ」
どうやら、対応した受付嬢は昨日の惨劇を目の当たりにしていたらしく、相手が彼であると認識すると同時に顔を引き吊らせ、悲鳴を挙げながらカウンターの内側に尻餅を突く事となってしまう。
そんな相手の様子に対し、特に何の感慨も見せる事も無く、また貼り出されている依頼を受けるでも無く情報だけ寄越せ、と要求するシェイド。
…………何故、彼がこんな事をしているのか、と言えば、話は簡単。
手っ取り早く金を稼ぐ為、である。
彼が望むままに冒険者を全うするには、圧倒的に金が足りない。
であるのならば、稼げば良い、と言う話だ。
では、何故こうして掲示板から依頼書を引き剥がさず、受付嬢をビビらせてチビらせているのかと言うと、そこには彼の階級が絡んで来てしまっているのだ。
…………そう、今の今まで『無能』と罵られ、侮られて来た彼の階級は、登録してから一度も昇格してはおらず、最下級の『下級冒険者』に過ぎない。
彼の実力からすれば、不当甚だしい事だが、本来下級冒険者に振られる依頼と言うのは基本的に雑用に毛が生えた程度のモノでしか無い。当然、報酬金もその難易度に等しく、雀の涙程度しか出ない。
だからと言って、中級冒険者以上に振られる、世間一般的な所謂『冒険者らしい依頼』を受ければ良い、と言う訳にも行かない。
何せ、冒険者は自らと同じ等級の依頼しか受けられない、受けてはならない、と言う風にルールが決まってしまっているし、何より受付嬢が受諾する事も、報酬を換金する事も拒否するだろう。
そうなれば、ハッキリ言って骨折り損の草臥れ儲け、と言うヤツだ。
一応、パーティーを組んだりすれば、そこに所属している最上等級の冒険者のランクで依頼を処理できる、と言う抜け穴的なやり方も在ると言えば在るのだが、ソレをしてしまえばそのパーティーの手駒として扱われかねないので、余程親交の在る者か、もしくはそう扱われないだけの功績が無い限りは、取り敢えず単独でランクを上げる事を最初に目指す事となるのが普通だ。
しかし、彼にはそうやって地道にランクを上げるつもりは、少なくともこのカートゥではやるつもりは無い。そもそも、どうせラヴィニア辺りが手を回して、彼を昇格させる様な事態にはならないだろう。
……では、どうやって金を稼ぐのか?
それこそ、彼がこうして直接情報を訪ねている事に繋がる。
…………そう、冒険者ギルドは、依頼の取り扱いだけでなく、各種活用法の在る魔物の素材の取り扱いも行っている。
その為、魔物の死体は、積極的に買い取っているし、冒険者にも出先で遭遇した魔物は極力討伐して来る様に推奨している。
それ故に、彼が依頼を受けず、それでいてギルドに情報が寄せられている様な魔物を討伐し、その死体を持ち込む様な事になったとしても、ギルド側としては止められる様な事でも無いし、罰する様な規則が在る訳でもないのだ。
…………とは言え、それは本来あまり誉められる様な事では無く、その上で依頼とのバッティングを避けて行うべき行為であるのだが……
「…………その、どの程度のモノを、お持ちすれば……」
「……聞こえなかったのか?
この辺りで出現する、高位の魔物の情報。それを、在るだけ持って来い。俺は、そう言ったハズだが?」
「失礼致しました!すぐにお持ちします!!」
……なのだが、彼がそんな事を考慮するハズも無く、手当たり次第に狩って行く事を決定するのであった……。
次回、久し振り(?)に戦闘回




