疑念を確信へと変化させた反逆者は、校長からの呼び出しを受ける
「………………やっぱり、ね……どうやら、俺にはもう『冒険者としての進路を学習する』って言う意味合いだと、この学校に通う意味は無いっぽいな……」
運動場として設定されている場所にて、刃引きされた模擬剣を片手に一人佇むシェイドは、周囲に転がる他の生徒と、彼へと恐怖の感情が込められた視線を向けて来る生徒達に遠巻きに囲まれた状態にてそう嘯く。
この学校に通い始めてから考えても、ほぼ初めて最初から受けた昨日の授業の最中に彼が抱いた、一つの疑念。
『この学校で授業を受けていて、果たして学べる事なんて在るのだろうか……?』
その疑念は、翌日たる今日行われた実技の授業の内の一つ、生徒同士で行われる『模擬戦』の授業にて確たるモノとして結実する事となってしまっていた。
生徒同士で行われる模擬戦の目的は、各自の持ち得ている戦闘技能の向上だけでなく、冒険者として活動するに当たって、予め積んでおかなくてはならない『対人戦』に慣れさせておく、と言う意味合いも在る。
……何せ、冒険者として活動するのであれば、余程特殊な事例を除けば、街のお手伝いとして終わるのでなければ、必ず何処かで『野盗』に襲われる事となったり、『盗賊』の討伐等の依頼を受ける事となったりするのは、避けて通れないのだから。
いざ、そうやって、魔物では無い、同じ言葉を話す『人間』と相対した際に、ちゃんと自らを守り、依頼をこなす為に相手を殺める事が出来るのか。そうでなくとも、少なくとも躊躇う事無く刃を振るい、相手を無力化して捕らえる事が出来るのか。
そう言った命題に対して、実際に命のやり取りをさせる訳にも行かない学校側が出した答えが、予めある程度の『慣らし』も兼ねて、こうして授業の一環として生徒同士を戦わせる、と言ったモノだ。
なので、このガイフィールド学校では、汎用魔術その物に対してのモノや戦術的に運用する為の考え等を授ける座学や、実際に魔物との戦闘やその後の対処を教える実践授業だけでなく、こうした実技の授業が比較的頻繁に行われている、と言う訳なのだ。
当然の様に、以前であれば彼は集中的に攻撃を受ける事となってしまっていた。
何せ、これは『模擬戦』であり、その目的は『命のやり取りに慣れておく』と言うモノであったとしても、あくまでも『授業』の一環なのだ。当然、勝ち負け等の要素は、大きく彼らの成績に影響する。
良い成績で卒業を迎えれば、それだけ有力で規模の大きなパーティーから勧誘が寄せられる事となる。
必然的に、より素早く階級を上げ、より安全に名声を高める事が出来る事に直結する事になるのだ。
……故に、今までは、技術は在っても身体が貧弱に過ぎた為に、ほぼ一方的に押しきって勝つ事が容易く出来たシェイドへと生徒達が殺到し、今回も同じく彼を倒して勝ち星を稼ごうと、他の教室に所属して数日前の彼の力を直接目の当たりにしていなかった生徒の多くが、以前と同じ様に殺到したのだ。
そして、その結果が、一人無傷で運動場の中央にて佇むシェイドと、その周囲に積み重ねられた無数の生徒であった屍達(注※死んではいません)、と言う構図であったのだ。
魔力が解放された作用により、既に以前とは比べ物にならない程に体格も良くなり、技術を十二分に生かせるだけの筋力も付いた彼が、彼の事を雑魚だと認識して嘗めて掛かってくれた様な連中から一撃でも貰うハズも無く、むしろ汗の一筋すらも流す事すらせずに無双の働きを見せ、その尽くを叩きのめして見せたのだ。
……もっとも、この場合は所属した教室が異なる為に、彼の戦績を知らずにいた生徒達が、合同授業である事を幸いとして彼に群がった事が最大の不幸であり、かつ彼らはそれまで積極的に彼への虐めに関与していた訳では無かったので叩きのめされる程度で済んでいる、とも言えるのである意味『ついていた』とも言えるかも知れないが。
そんな訳で、一人で蹂躙の跡地となった運動場に佇んでいたシェイドへと、彼へと掛かる事を躊躇った連中(彼の事を虐めるのを良しとしなかった数少ない良心を持った『人間』や、イザベラの様に彼にある種の『負い目』を持った者等々)からの視線が注がれる中、彼が所属する教室の担任であるゲレェツが、自らの担当する魔術系の座学でも実技の授業でも無いのにも関わらず運動場へとその姿を現し、彼へと向かって苦々しい顔をしながら声を掛けるのであった……。
「………………シェイド、シェイド・オルテンベルク。
校長がお呼びだ。これから、私と共に来て貰うぞ。これは、強制だ」
******
「…………それで?何で俺は、わざわざ校長から呼び出しを受けたんですかね?ねぇ、ゲレェツ先生?」
「………………」
運動場から呼び出され、校長の元へと直接案内、もとい連行される事となったシェイドは、自らを先導する教師であり、担任でもあるゲレェツへと声を掛ける。
が、ソレに対して返って来たのは沈黙のみであり、あからさまなまでに彼へと対して『応えるつもりも答えるつもりも無い』と言うかの様であった。
そんな彼の様子を気にする素振りも見せず、その口元に半月の嗤顔を張り付けたシェイドは、半ば独り言を溢す様な形にてゲレェツの背中へと言葉を投げ付けて行く。
「……ふぅん?答えるつもりは無い、と?
なら、俺が勝手に予想するしかないですよねぇ……?」
「………………」
「無言は、肯定と取らせて頂きますよ?
さて、こうして俺が、俺だけが呼び出された、となれば、やはり原因としての心当たりはこの前の課外授業でしょうねぇ。
何せ、それまで俺に起こった諸々は、一度も問題として取り上げられる事は無かったですからね。被害者たる俺本人が、訴え出ていても、です」
「………………」
「だけど、今回は特に何かを訴え出た覚えも無いのに、こうして呼びつけられている。しかも、教師を使いに出して、確実に連行出来るように万全の体制を整えて、ですよ」
「…………」
「で、あるならば、確実に原因としては、ほぼ確実に先日の件だと言えるでしょう。まぁ、ソレしか思い当たる節が無い、とも言えますが、ね?」
「…………」
「そして、こうして呼び出される、と言う事であれば、俺がキマイラを倒した事への賞与、と言う事もまた無いでしょうね。
何せ、そんな事をするつもりならば、もっと大々的にやらかすでしょう?その方が、この学校の更なる喧伝になるでしょうし、ね」
「……」
「それに、そうなってれば、俺に対して何らかの証拠となるモノを提出する様に迫って来るか、もしくはそう言う通達を出していたハズです。
まぁ、そんなモノまだ持っているハズが無い、と思われていただけかも知れませんけど、ねぇ?」
「…………れ……」
「で、あるのならば、可能性は一つでしょう。
恐らくは、クラウンの糞野郎が実家経由で苦情無いし、報復を求める通達をしてきた」
「…………まれ……!」
「いやはや、お仕事の素早い事ですねぇ。
俺が、幾ら『英雄』と呼ばれた両親を持つ俺が、抗議をしたとしても黙殺し、あまつさえ『誰であろうと特別扱いする気は無い。自己解決を期待する』と通達してくれやがったこの学校が、そう通達した本人を対象として狙い撃ちし、その上で加害者が報復されたらソレを罪だとして相手を吊し上げようとするとは、見上げた教育理論ですねぇ!ご立派ご立派!!」
「……黙れと、そう言っている!!」
それまで辛うじて沈黙を保っていたゲレェツは、シェイドに図星を突かれた為か激昂しながら振り返り、彼の胸元へと目掛けて腕を伸ばして来る。
大方、そのまま胸ぐらを締め上げて、教師と言う立場からご高説を垂れ流してくれやがるつもりであったのだろうが、当然の様に彼がソレを唯々諾々と受け入れるハズが無く、アッサリと弾かれただけでなく、手首を握られて捻り上げられ関節を極められ、その場で床へと組伏せられてしまう。
そして、組伏せたゲレェツの背中に乗り、決めた肩関節と手首を捻り上げ、何時でも外すもへし折るも胸先三寸で如何様にも、と言った状態に仕立て上げてから、憎々しげにこちらを睨み付けるゲレェツに対して、半月の嗤顔を深めながら、視線に殺意と魔力とを込めて圧力を加えつつ言葉を続ける。
「おやおや?おやおやおや??
これはこれは、おかしいですねぇ……?
建前とは言え、生徒の身分は関係無い、と謳いながら、生徒同士の問題は自己成長を促す為に、と理由を付けて俺からの訴えは退けておきながら、その口も乾かない内にその報復を受けたから、と相手が貴族家であったが故に問題として取り組む、と?
自分達でも、やってる事と言ってる事が矛盾している、だなんて事くらい、理解出来て無いんですかぁ?」
「…………くっ、黙れ!
教師である私に、こんな事をして只で済むと思っているのか!?今ならまだ大目に見てやるから、さっさと私を解放して土下座しろ!そうすれば、退学は免除してやる!!」
「どうぞ、ご自由に?」
「……………………え?」
思いもよらないシェイドからの反応に、思わず間の抜けた声で返事をしてしまうゲレェツ。
この学校に所属する生徒であれば、最も恐れて回避しようと必死になるであろう、その処分。
ソレを、彼は全くもって恐れてはいない、むしろやりたければやれば?と言わんばかりの返答を返すと同時に、折れるギリギリ限界の処まで更に腕を捻り上げて行く。
「ぎぃっ!?や、止め!?ソレ以上は!?
折れる!?折れてしまう!?!?」
「別に、構わないでしょう?
何せ、特段罰せられるべき事は何もしていない相手を退学に追い込もうとしているんですから、その程度の事は受けても。
むしろ、そうしておいた方が、退学にする理由付けには良いですからねぇ!
と言う訳で、取り敢えずポキッ!と行っときましょうか!」
「や、止め!?分かった、分かったから!
退学にはしないから、早く私の腕を放せ!!」
「…………放せ?」
「放して下さい!お願いします!!」
「…………ちっ、つまらん……」
恥も外聞も無く、みっともない状態にて必死に許しを乞うゲレェツの姿に、思わず食指が萎えてしまい、舌打ちと共にその手を放してしまうシェイド。
そんな彼から、捻り上げられて痛めた肩と肘を庇う様にしながらも、転がる様にして距離を取り、恐怖の色濃く宿った視線を向けて来るゲレェツ。
一見、生徒と教師の関係には見えなくなってしまった彼らは、暫くの間視線を交わらせていたが、やがてゲレェツが顔を引き吊らせて悲鳴を挙げながら逃げ出してしまった為に、その場から溜め息を吐いて踵を返したシェイドは、もう既に目前となっていた校長室の扉を一人きりでノックする事になるのであった……。




