反逆者は授業を受けるが、その必然性に疑問を覚える
自らを虐めてくれていた連中へと釘を刺し、その頭を抑える事に成功したシェイドは、珍しくウキウキ気分にて授業の開始前に教室へと到着する。
扉を開け放つ事により教室内部から視線が集まる事となったが、昨日の事が在ってか以前とは種類が異なっている、と言う事を何とはなしに理解した彼は、特にそれらの視線に取り合う事も付き合う事もせずにほぼ完全に無視した状態にて教室内部を進み、普段から座っている為に半ば指定席と化している席に腰掛ける。
すると、同じ教室に所属していたクラウンの取り巻きの一人が鼻息を荒くさせながら、彼の座る席へと乱雑な足取りで歩み寄ると、暴言を彼に対して吐き出しながらいきなり彼の胸ぐらを掴み上げようとしてきた。
「テメェ、良くもここに顔出せたな!?
テメェが昨日俺にしてくれやがった事や、クラウンさんにしてくれやがった事への詫びも何もしやがらねぇで、一体何様のつもりでいやがるんだ、あぁ!?」
怒鳴り声を挙げながら胸元へと伸ばされるその腕を、何とはなしにヒョイッと掴んで見せたシェイドは、その鋭くなった目元に力と殺気を込めつつ、軽く魔力を解放して見せながら掴んだ腕を握り締める。
すると、当然の様に彼から発生した圧力によって気圧された上に、物理的に骨が軋みを挙げる程の握力にて握られてしまった為に発生した激痛により、敢えなくその場で膝を突かされる事となる名も知らぬ取り巻きA。
「……ぎっ!?いだだだだだだだだだだだだだっ!?!?
や、止めろ!?放せ!!??」
情けなく悲鳴を挙げながらも、それでも何故か自らの方が上位に在る、と信じて疑っていないその様子に、彼は怒りの感情を通り越して呆れ始め、更にはその他人を自然と見下して憚らない態度に感心すら抱き始めていた。
……とは言え、彼が今まで彼に対して暴虐を振るってくれていた相手に対して、そんな程度の事で慈悲の心を掛けてやるハズも無く、そうして床へと膝を突かされてしまっているソイツの顔面を、特に遠慮したり配慮したりする事無く蹴り飛ばす。
「ぶぎゃっ!?!?」
突然の予期していなかった攻撃に、間の抜けた悲鳴を挙げて仰け反る腰巾着。
握られていた腕の方は、骨折こそはしていないながらも、当然の様に蹴り飛ばされるその時も握られたままであった為に、身体が仰け反る程の衝撃をまともに受けて関節が外れたり、筋が何本が切れたりするブチブチと言う音が彼の耳にも届いて来た。
その段に至って漸く手を離されたその取り巻きは、最早殆んど破壊されたと言っても良いであろう状態の腕を抱えて床へと踞り、シェイドに向けて『何故こんな事を!?』と訴え掛ける様な視線を向けて来る。
自らの所業を鑑みれば殆んど『当然』と言っても良いハズの扱いに対して抗議しようとしているソイツに対してシェイドは、その瞳に宿した呆れの感情を強めつつ、より放出する魔力の量を多くして更に威圧を強めて行く。
「…………テメェ、もしかして、まだ現状を理解出来てねぇ訳?
テメェが今まで俺の事をいたぶってくれた様に、俺もテメェを思う存分にいたぶれる様になったんだが、ソレをしちゃならない理由が、何処に在るんだ?あぁ?」
「そ、そんなモノ!人を傷付けるのは悪い事だなんて、どんな理由が在ったとしても悪いことに決まってるだろうが!!」
「…………はぁ。じゃあ、聞くが。
お前らが俺にやってくれた諸々は、テメェが言う処の『悪いこと』に該当するんじゃねぇのかよ?あ?」
「…………そ、それは……」
「…………はっ!語るに落ちたな。
まぁ、散々俺の事をいたぶってくれたテメェらだ。これからは、諦めて俺のオモチャになっておくんだな?
何、俺はお前らよりは優しいから、生かさず殺さず、壊しすぎない様にじっ………………くりと嬲ってやるよ。延々と、時間を掛けてゆっくりと、な……!」
「…………ひっ、ひぃ……!?」
自らが口にした理論の穴を突かれ、その上でその理論に乗っかった報復を宣言され、かつそれまで自分達がしてきた以上の事を長い時間を掛けて行う、と宣告された事により、より強度を増した彼からの圧力と放出される魔力量に耐えきれなかったのか、情けない悲鳴を挙げながらその場で失禁する取り巻きA。
彼への恐怖によって腰が抜けたのか、立ち上がる事が出来ずに這いつくばった状態にて彼の前から逃走し、教室の床に水溜まりだけでなく、自らが放出した水分によって床に線を引きながら出口を目指して逃げて行く。
そして、タイミングが良いのか悪いのか、取り巻きAが教室の扉へと辿り着いて押し開け、外へと転がり出たのと同時に、別の扉からこの教室の担任であるゲレェツが教室へと入って来る。
「授業を始める。席に着け。
…………処で、ソコの水溜まりは何だ?ソレと、ロゥスウィはどうした?欠席している様だが……?」
「……さぁ?何処ぞの誰かが水漏れして、さっき這いつくばりながら逃げ出して行ったけど、ソレ以外は知らないなぁ~」
「…………何だと……?
……チッ!おい、『無能』!取り敢えず、お前が掃除しておけ!良いな!?」
「は?イヤに決まってんだろう?
むしろ、さっさとテメェが片付けろよ」
「………………は……?」
シェイドからの予想外の反駁に、間の抜けた顔を晒しながら固まるゲレェツ。
普段の彼であれば、ソコは否を唱える事無く唯々諾々と従っていたのだろうが、今の彼にはそうしなければならない理由は欠片も無い為に、当然の様に突っぱねて見せる。
都合良く、昨日の彼の戦績を忘れてしまっていたゲレェツは、その額に青筋を浮かべて怒鳴り声を挙げようとするも、当のシェイドから向けられている、相手を人として見ていない冷たく鋭い視線とそこに込められた敵意を鋭敏に感じ取る事で、本能的な危機感を抱いて慌てて出掛けた言葉を飲み込んでしまう。
そこで、そう言えば昨日……と課外授業の際の事を思い出したらしいゲレェツは顔を青ざめさせると同時に、ギリギリの処で危機を逃れる事が出来た、と判断したらしく、ソレ以上彼に対して行動を起こす事をせずに、自ら掃除道具を取り出して床の水溜まりを処理して行く。
その姿を、詰まらないモノを見る目で眺めていたシェイドであったが、ソレが終わる前には途中で別れていたイザベラも覚束無い足取りながらも教室へと到着しており、浮かない顔付きにて普段使っている席へと着いていた。
あまり間を置かずに授業が開始されたのだが、その途中にも、まるで『私は貴方に言いたい事があるので声を掛けて然るべきです!』とでも言いたげな視線を、かなり頻繁にイザベラから投げ掛けられる事となってしまうシェイド。
席の位置的に、教室の後ろの方に座っているシェイドからは、比較的前の方に座っているイザベラの様子が良く見えており、特に視線を向けていなくとも、向こうから視線が向いていれば嫌でも目に入ってしまうのだ。
……正直、彼としては、鬱陶しくて仕方が無い。
彼からしてみれば、既に彼女との関係は断絶した過去のモノでしか無い。
故に、イザベラが何処の誰と交わろうが、誰に口説かれようが心が動く事は無いし、彼から関わるつもりも最早無い。
このままクラウンと付き合うなり、婚約するなりするのならば、今後あの糞野郎を潰す過程でぶつかる事も在るかも知れないが、予想される関わり方としてはその程度でしか無い。
ソレに、散々腹自ら彼の事を『どうとも想ってなんかいない』と公言して憚らなかったのだから、今更になって態度を変えられても困惑するだけだ。むしろ、困る、と言っても良いかも知れない。
もっとハッキリと言えば、ただただ面倒臭いだけ、とも言えるが、ソコは言ってやらないのが華、と言うモノだろう。多分。
「――――と言う訳で、汎用魔術にはその構築する際に必要とされる制御力、魔力量によって階級が設定されており、それらは『階位』として表される。早い話が、難易度設定だ。
『一』から『九』まで設定されているその階位は、先に述べた通りに難易度と直結しているが、同時にその魔術がもたらす影響力の強さや大きさを表してもいる。
低階位、それこそ『第一階位』に分類されるような、単体に対して発動する低威力のモノならば、複数の術式を同時起動させて幾つも放つ事で弾幕を張り、敵の足止めや牽制に使われる事も希に在る。
逆に、高階位、『第九階位』に指定されている様な魔術は大概が対軍、対都市、対国と言った風な大規模かつ広範囲に渡って作用させられる様なモノばかりであり、同時に国家によって厳密に管理されていたり、そもそもの使用を禁じられた『禁術』指定を受けている場合も在る為に扱いには細心の注意が必要になる。
もっとも、第九階位の魔術なんてモノは純後衛である魔術師の中でも最上位の連中が、複数人で魔力を死にかける程に絞り出して漸く発動だけは出来る、と言う上に制御出来るかはまた別、と言った様な代物であるが為に、冒険者としての進路を進むであろう諸君には、基本的にはあまり関わりにならないであろう域の話だから忘れても構わない。なお、一部の『固有魔術』はソレに匹敵するだけの破壊力を持ちながら、その本人にしか制御出来ない代わりに消費魔力や制御の難易度が若干下がる事もある、との事だがコレを狙って起こすのはまず不可能だから考えなくて良い。考えない方が良い、とも言えるがな。
さて、次は――――」
何故かイザベラからの視線が集中している事に思考が割かれ、授業の内容が耳から通り抜けて行き、黒板に書かれた文字の上を視線が滑って行く。
…………こうして見てみれば、基本的に糞親の片割れである母親が以前似た様な事を口にしていたハズだし、ソレ関連の論文の類いもあそこにまだ残されていたハズだ。
冒険者としての階級もあまり気にする必要は無いのだから、もしかするとあんまりこの学校に来る意味は無いのではないだろうか……?
そんな、不意に沸き起こって来た疑問に、彼の脳裏は埋め尽くされ、残りの授業の時間一杯を使ってソレが正解か否かを解析する事になるのであった……。




