『無能』から『反逆者』へと至った少年は、遂に望んだモノを手に入れる・後
取り敢えず、コレで本当にお終いとなります
剣呑な雰囲気を醸し出すと共に、恐ろしく長期的な目線にてアルカンシェル王国の事を締め付けて行く事を画策している、と口にしたサタニシスへと、ナタリアは恐れとも取れない感情と共に視線を向ける。
何て事は無い、と言わんばかりの態度にて彼女が口にした事は、決して彼女達魔族であれば不可能な範疇の事では無かったし、寧ろ国の上層部としては当然の様に気が付いていた事柄でもあった。
…………しかし、そうして突き付けられた要求を、軽く国その物を蹴散らす事が出来たであろう程の力を持ち、かつソレを実行する事を何故か断念している魔族から差し向けられた要求をはね除ける事は現実的、とはとても言い難い状況であった為に、実質的に受け入れざるを得なかった、とも言えるだろう。
何せ、こうして『穏便にアルカンシェル王国を弱らせた末に消滅させる』と言った手法に出る方向に目の前の『魔王』が舵を切ったが為にそうなっているが、元々彼らの戦力を以てすればアルカンシェル王国その物を地上から消し去る事も難しくは無い、と言うのが正直な処なのだから。
そして、今からでもソレを成そうと思えば出来てしまうだけの力を持つ、魔族側の最高指導者であるサタニシスを目の前にしながら、若干の命の危機とそれに伴う緊張感から来る喉の乾きを冷めかけた茶によって潤しながら、求められていた説明を果たすべくナタリアは言葉を口にして行く。
「…………取り敢えず、アルカンシェル王国と貴国との間に於ける領土権についての争い、に関しては私が預かって来ている限りではこれまで、と言う事になっております。
ですので、どうか。不満が在るから力ずくで奪い取る、と言った事態に持っていくのはもう少し後にして頂きたいのですか、よろしいでしょうか?」
「まぁ、流石に昨日の今日でそんな事しちゃったら、また私達魔族がエラい勘違いを受ける事になりかねないのは幹部級の皆も理解してるからね。
多分、当分の間はしないんじゃないかしら?もっとも、攻められて来たら、今度こそは止まって上げる理由も無い以上、どうなるかは分かってるわよね?」
「…………えぇ、それは勿論、陛下を始めとした上層部は当然として、あの戦いを直に目の当たりにしていた殿下がソレを許すとは思えませんので、大丈夫かと。
そうしようとした愚か者に対しては、殿下ご本人から直接手を下して処分する、との言質も賜っておりますので、ご安心下さいませ」
「ふぅん?
でも、ソレを大々的に、かつ嬉々として破り捨てて攻め込んで来そうなのが居たわよね?確か。
私に突っ掛かってきたり、ミズガルド翁に止め差そうとしたり。おまけに、無類の女好きで私にも目を付けていたみたいだから、あの時みたいに考えなしに突っ込んで来そうなモノだけど、その辺はちゃんと弁えてくれているのかしらね?」
「…………それは、彼、の事でしょうか?」
「アレが誰なのかは私は知らないけど、それでも自称であれ『勇者』を名乗っていたのだから、そちらが知らないはずも無いでしょう?
取り敢えず、あの場はシェイド君が取り成したから殺しまではしなかったけど、あの後の振る舞いを見る限りだと『何もしない』って事は有り得ないんじゃ無くて?」
サタニシスから差し向けられた言葉により、思わず苦々しい表情へと変じてしまうナタリア。
しかし、それも仕方の無い事だ、と言えるだろう。
何せ、今こうして話題に出された『勇者』ことシモニワは、シェイドとサタニシスの二人による戦闘が始まる前にもアレだけの醜態を晒しておきながら、戦闘が終わるや否や穏やかな雰囲気の流れ始めていた二人の元へとズカズカと歩み寄ると、シェイドへと向けては
『これから君も『勇者パーティー』の一員として活動する事になるのだから、そうやって一々スタンドプレーに走るのはもう止めるんだ!
そうでないと、パーティーメンバー達も君の行いをカバーしきれないのだからね!』
と見当違いにも程がある事を宣っただけでなく、彼の腕の中で呆れの視線を向けていたサタニシスに対しても
『さて!これで『勇者』である俺と、『魔王』である君との間には蟠りも軋轢も無くなった事なのだし、これからの事を前向きに考えようじゃないか!
魔族の象徴たる『魔王』と、人間の希望たる『勇者』が愛し合い、結ばれるとなれば両種族の間にも、これ以上無い程の架け橋となるのは間違いないからね!
君も、君に対して暴力を振るってくれたソイツよりも、当然俺の事を選んでくれるだろう?』
と、本人的には爽やかで煌めきが宿っている、と信じているのであろう満面の笑みを浮かべながら、あろうことかシェイドの腕の中から彼女の事を奪い取ろうとしたのだ。
流石に、ソレにはサタニシスも動かない身体で最大限に抵抗したし、それまでは一応守る様に動いていたシェイドもキレて殺そうとしたものの、先の戦いで疲弊していた事と、シモニワが所持していた(与えられていた?)『稀人』特有の能力によって妨げられる事となってしまい、命を奪うまでには至らなかった、と言う訳なのだ。
もっとも、その場面はアルカンシェル王国の次期女王となる事が確定しているレティアシェル王女にもバッチリと目撃されてしまっているし、尚且つ魔族側との講和条約の最初期案にも『『勇者』の引き渡し・もしくは公開処刑』と言う文言が盛り込まれていた程である、と言えば、どれだけ彼らが腹に据えかねているのかは理解して頂けるかと思われる。
とは言え、流石にソレにはアルカンシェル王国も難色を示す事となっていた。
理由としては、人間としては数少ない『素で魔族に対抗しうる戦力』である事もあったが、やはり自分達の都合で呼び出し、色々とやらせていた、と言う事に思う処が無かった訳でも無いらしく、流石にソレはちょっと……と言う風に、もう少し穏便に済ませてやって欲しい、と要求して来たのだ。
実際問題として、シモニワがキレたシェイドと交戦した際に、彼の手によってサタニシスへと触れようとしていた方の腕は切り落とされており、同時に片足も通常の手段による回復(汎用魔術やポーションと言った手法を用いた回復)では修復不可能な迄に破壊されてしまっている状態にあり、同時にやらかした事の重大さを鑑みたレティアシェル王女の手によって、最も厳重な警備が敷かれている王城の地下牢に叩き込まれていると言われている。
当然の様に牢に繋がれる事となっている為に治療の類いは最低限であるし、彼が時折垂れ流す『勇者なのだから~』と言う妄言の類いも、周囲の看守や世話人達は耳を貸す事は無い為に脱走やテロを企てられる危険も今の処は無い、と言う事らしい。
それらの処置を承知した上で、サタニシスはシモニワの処刑か引き渡しを求めていたのだ。
曰く、生かしておいて何をされるか分からない状態となるよりは、サッパリと殺してしまった方が何かとやり易いし私怨的にも殺してしまいたい、との事であった。
故に、今こうしてナタリアに対してその答えを求めている、と言う訳なのだ。
「…………彼でしたら、流石に『公開処刑に』と言う訳にも行きません。
こちらとしましても、彼には半ば無理矢理この世界へと喚び出してしまった、と言う負い目が在る以上に、彼にはそれなりに『勇者』としての名声が既に在ってしまいます。
ですので、処する、となりますと、それらを打ち消すに足りるだけの罪状を犯した、としなくてはならなくなり……」
「…………現状、アレがやらかした事だけだと、そうするには軽すぎる、って事かしら?
なら、色々とでっち上げちゃえば良いんじゃないの?そう言うの、貴女達は得意でしょう?彼にそうしていた様に、ね?」
「……っ!
ですが、ご存じの通りに既に彼は戦う力を失っております。そして、彼では例え弱っていてもお二人を害する事は出来ない、と証明されております。
ですので、と言う訳では無いですが確実に留めておく事を誓いますので、どうか命だけはお許し頂けないでしょうか……?」
「………………ふぅん?
じゃあ、そっちが責任とって一生閉じ込めておいてくれる、私とシェイド君との蜜月を邪魔させず、迷惑は必ず掛けさせない、と誓えるなら、それでも良いけど?」
「それ、は……」
「喚び出され、利用されただけの存在なのだから許せ、と言うのならば、やはり責任は喚び出した貴女達にこそ在る、と言うモノでしょう?
最後の最後に私達に向けてくれた、あのへばり着く様な粘っこい視線は確実に何かやらかすハズよ?そんな事を企ててくれている相手を引き渡すか、もしくはそちらで引導を渡せ、と要求するのが、そこまでおかしな事かしらね?」
そう言って視線を向けるサタニシスに対して、言葉を返す事が出来ずに黙り込んでしまうナタリア。
国の思惑に踊らされただけの愚者にそこまでの仕打ちは……と言う中途半端な優しさとも同情とも取れない感情の滲むその対応に、溜め息を吐きながらサタニシスは目の前のお茶を飲み干してから席を立ってしまう。
「…………貴女の、その『優しさ』や『思いやり』ってモノを勘違いした対応が、この国の窮状と彼との関係の悪化をもたらした、って事に、何で気付かないのかしらね?
彼、言っていたわよ?最初から自分が望んでいた事はたったの一つ、自分の事を愛し、そして自分の愛を受け止めてくれる相手と暖かな家庭を作り上げることだ、って」
「………………っ!?」
「既に認識すらされていない方のあの娘だとか、家族としての振る舞いも許されていない妹ちゃんだとかとは違って、貴女にはキチンとチャンスが在ったんだよ?
でも、貴女はソレを掴まなかった。全て、無駄にした。
そして私はソレを掴み取った。彼との愛を交わす事が出来た。その果てに、私は彼からの誓いの証として指輪を贈られたの。
…………それが、唯一にして絶対の結果、なのよ。お分かりかしらね?」
「………………それでも、そうだったとしても、私は、彼の事は、もう諦めません。
例え国がどうなろうと、友と呼んで下さっている殿下や幼馴染みがどうなったとしても、私は彼を二度と諦める事は、ありません。
それだけは、絶対です……!」
「………そう。じゃあ、精々頑張ってね?
狙い目は、私が子を宿した後、だろうけど、ソレは多分そんなにしない内に巡ってくると思うから、その時は諦めちゃダメよ?
本当に、彼が欲しいのなら、だけどね?」
既に『勝利』をその手にしている女はその場で視線を見下ろす形を崩す事無く言い放ち、これから『勝利』を手にしようと画策している女もコレだけは諦めるつもりは無い、と身分も立場も飛び越えて誓いを立てるかの様に宣言して行く。
そして、最後の最後に半ば助言めいた言葉を残し、颯爽と背を向けてその場を後にして行く。
━━━こうして、後に『既に『最愛』の座に着いている者』と『新たに『最愛』へと至らんとする者』として幾度と無く顔を合わせ、時にぶつかり合い、時に笑い合う関係へと至る二人の初顔合わせは、ここに終わりを告げるのであった……。
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アルカンシェル王国の首都カートゥーにて、サタニシスとナタリアが顔合わせをしていたのと同じ頃。
同じくカートゥーに在りながら、全ての面に於いて最早『別世界』と言っても良いであろう状態となっている場所の最奥に、とある青年が一人で囚われの身となっている……ハズであった。
何故、その様な形容となっているのか?と問われれば、その答えは『捕らえられているハズの青年がその場に居なかったから』では勿論無い。
真なる回答は、その場に存在しないハズの人物が存在しているから、である。
本来、幾ら囚われている、とは言え、シモニワに対しては常に監視の目が光っている、と言う様な状態にはなっていない。
それは、彼がそう易々と脱走できるだけの状態では無い、と言う事もそうだが、曲がりなりにもそれなりの期間『勇者』として活躍し、かつその活躍を王家が『『勇者』のモノである!』と認めてしまっていたが為に、幾らその言動と性根が下劣その物であったとしても、扱いとしては『貴賓』のソレか、もしくはソレに準ずる扱い方をしなくてはならなくなっていたのだ。
故に、幾ら罪人とは言えある程度のプライバシーは尊重しなくてはならない為に、世話人等が定期的に入ってくる時以外は彼の居る地下牢にはシモニワ以外には誰も居なくなる、そう言うハズなのだ。
しかし、そうであるハズなのに、シモニワは現在一人きりと言う訳では無く、別の人間と共に牢内に在り、首を締めながら掴み上げられてぶら下げられている、と言う状態に在ったのだ。
当然の様に、見覚えの在る下手人に対して抵抗を試みるシモニワ。
仮にも『勇者』として活動していた為に、そこらの暗殺者程度であれば片手片足でも軽くあしらえるハズであったのだが、目の前の存在にはそんな抵抗は意にも介しては貰えなかったらしく、特に嫌がる素振りも見せずに彼の事を拘束し、声が出せない様に、と意識が飛ばない程度に首を締め付け続けて行く。
必死に抵抗を見せ、時には魔術や『稀人』特有の能力によって拘束からの脱出を試みるシモニワの行動を物ともせずに
「お前、まだ俺の女に対して執着してくれてるらしいな?
散々聞いたぞ?『勇者』である自分は近々この場所から出て『勇者』である自分に相応しい相手である『魔王』と結ばれる事になっている、そうする事でこの国は更なる栄華を極める事にも可能となる、とかなんとか、ってよぉ。
そんな風に気持ちの悪い妄想垂れ流しにしてくれるヤツを、これ以上生かしておいてやらなくちゃならない理由は欠片も無いよな?」
と、彼を吊り下げていた相手はその口許に半月の嗤みを浮かべながら、静かで在りながらもその内面に荒れ狂う激情をそのまま形とした様な言葉を、一方的にシモニワへと叩き付けて行く。
その最中に在っても、万力の様な握力は緩む事を知らず、人一人を片手でぶら下げながらも、徐々に掛ける力を増して行く程の余裕と殺意とを覗かせていた程であった。
絶対の死が迫る中、シモニワは声なき叫びを視線にて目の前の下手人へと向けて放つ。
『自分は勇者なのだぞ』『自分にこんな事をして只で済むと思っているのか?』『近い内にこの国の『王』になる存在に不敬だ!』『今なら、まだ許してやらなくも無いぞ!』
そう言った、自身の妄想にのみ従った、シモニワにのみ至極都合の良い考えの元に産み出された妄言(視線のみ、だが)を向けた事によって直ぐ様解放されるに違いない、その後身体を治して目の前の『コイツ』を討ち果たしてレティアシェル王女と魔王サタニシスの目を覚まし、自分は今度こそ『主人公』として栄華を極めるんだ!と意気込んでいたシモニワの腹部へと、一際強烈で貫く様な衝撃が迸る。
ソレが、如何なるモノなのか?
それを彼が確かめるよりも先に耐え難い激痛が走り始めると同時に、シモニワの耳元にて
「…………だから、ソレがどうかしたか?
お前、まさか忘れたなんて事は無いだろうな?
俺は、『反逆者』だぞ?
なら、お前程度が力を握ったとしても、ソレに従ってやらなくちゃならない理由は無いよな?」
との囁きが、何やら柔らかくて水気の多いものを握り潰した様な音と共に聞こえたと同時に、シモニワの意識は激痛によって真っ赤に染め上げられてしまう事となるのであった……。
━━━━そして、それから数時間の後、シモニワの身の回りを世話する為に付けられていた世話人がその牢へと訪れた時には既に、そこには『肉塊』と呼ぶには細かく、『挽き肉』と言うには些か粗すぎる、まるで肉の塊を素手で挽き肉にしようとしたかの様な程度にグチャグチャにされた『謎の物体』が鎮座しており、辺りには濃厚な血臭が漂っていた、と言われている。
そして、その件の犯人は結局判明する事は無く、一説によれば『魔族の犯行か?』とも言われた様であったが、次第にそう言った噂話の類いも出回る事は無くなって行き、最終的には人々の間に正体不明の恐怖を残して風化して行く事となるのであった……。
…………さて、割りと変な終わり方をした、と思わなくも無いですが、取り敢えずコレでこの物語は『お終い』となります
彼らが今後どの様な関係になって行くのか、今後どの様な冒険をするのかしないのか、ソレはここまで読んで下さった皆様の想像にお任せしたいと思います
……一応、『やっぱりザックリとで良いから知りたい!』と言って頂けるのでしたら、簡単な『その後』を添えた人物紹介……的なモノも書いてみるつもりではありますので、もし『読みたい!』と仰って下さるのでしたら当日中(29日中)に感想欄までお願い致しますm(_ _)m
その場合、頑張って年を越す前までには更新出来る様に努力してみます
割りと初期から『似ている作品がある』『○○のパクりじゃないのか?』等のお言葉を頂く事も在りましたが、作者的にはあくまでもオリジナルだ!と思って書いていましたし、どうにか書ききる事も出来ました
なので、最後に『面白かった』『次も読んでやっても構わんぞ!』『お疲れ』等のお言葉を頂けるのでしたら感想・評価等にてそっと投げ付けて下さると作者が大喜び致しますm(_ _)m
それと、次回作以降の話になりますが、そこら辺はまだ未定です(--;)
前作、今作と無駄に長く書いた上に、ソレまでに積もっていたダメージが予想以上に多かったらしく未だにネタ以上にお話が膨らませられていない状態にあります
なので、そんなにしない内に書き始める、とは思いますが具体的に『いつ頃から』『どんなモノを』と言うのは完全に未定です
作者の作風が好き、と言って下さる読者様には申し訳ございませんが、今暫くお待ちいただきたく(え、そもそも居ない?そんなー(。・ω・。))
さて、最後になりましたが、こんな面白いんだかそうでないんだか、読んだこと在るんだか無いんだかすらも良く分からない、無駄に過ぎる程に無駄に長い話に最後まで付き合って頂き有難うございましたm(_ _)m
また、何処かでお会い出来る事を切に願っておりますm(_ _)m
あ、そう言えば一二三大賞で今作を含めた三作品が一次選考を突破していました
応援しても良いぞ?と言う数奇にして酔狂な読者様には是非とも応援よろしくお願い致したい所存に御座いますれば……(揉み手揉み手)




